見出し画像

まほうがとけるまで #7

19時04分 アンナ・ウェルフェア

◆ましろ地区/キャッスルビル/ナレーション:リエフ

 男性アナウンサーが淡々と読み上げる速報は、アンナ・ウェルフェアさん【女性/40歳/資産家】のお部屋に静かに反響します。
 電動車いすに乗ったアンナさん、痛ましそうな表情でニュース画面を眺めています。
 旦那様を病気で亡くし、ご自身も病に伏せるアンナさん、たまに来るお客さんがいなければ、広いお家を持て余すように暮らしています。ニュースチャンネルを見る機会も、以前よりずっと増えました。

『速度上限が外され、ホバーボードと同様の速度で行動しています。また、カメラ認識機能が作動していないため、物や人を巻き込む可能性が大変高くなっています』
『ご自宅のサンドリヨンが誤作動を起こしている場合、速やかに胸部の操作パネルから強制的に電源を切る、あるいは胸部を破壊するなどして物理的に止めてください。その後必ず、バッテリーを抜き取ってください』

 キャッスルビルには、サンドリヨンがいません。生身の労働力を使うことが、OZでは上質な暮らしを表します。お掃除も、宅配も、お料理も、労働者の手によるキャッスルビルは、今回の事件から隔離された、最も安全な場所です。
『サンドリヨンの暴走の影響による停電および火災、車両事故など多発しています。交通情報、オズ市警管制センターのミゾレさん、お願いします』
 アンナさんの表情は悲しげですが、それはどこか遠くの悲しい出来事を同情するようでした。
『衝突事故などによる渋滞が各所で発生しています。また、混雑緩和のためイエローラインが全車走行可能となります。すいぎょく地区へ渡る橋は両側閉鎖されているため、通行には気を付けてください。環状モノレールについては……』
『こんばんは。お夕飯のお届けです』
 アンナさんが見つめるモニタ、赤い×印が置かれたオズ交通網の左上に、玄関のカメラ映像が差し込まれました。清潔そうな白い服のボーイさんです。上階のレストランから、頼んでいたお夕食を運んで来たようです。
「ありがとう。少しお待ちくださる?」
 アンナさんは、車椅子備え付けのパネルを操作し、玄関を開錠します。
「どうぞ」
「失礼します」
 ワゴンと一緒にアンナさんのお宅へやってきたボーイさんが、暖かい食事の入ったお皿をテーブルに並べてゆきます。
 ボーイさんが、モニタのニュースに目を止めました。
「“外”は大変なようですね」
「そうみたいで……知ってる方もいらっしゃるし、巻き込まれていなければ良いけれど」
「ウェルフェアさん、こちらにお住まいで良かったですね」
 悪気ないボーイさんの言葉に、アンナさんは曖昧に微笑みました。
「……ええ、そうね」
「それでは」
 ボーイさんが退出されて、アンナさんは再び一人になりました。
 アンナさんは、お食事の席に着く前に、亡くなった旦那さんの物理写真を手に取りました。
「……良かったのかしらね。本当に」
 写真に話しかけると、アンナさんは写真を食卓の傍らに置きました。
「私にも何か、できることがあるかしら。ねえ、あなた」


【関連エピソード】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?