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ガソリンスタンドのおじちゃんへ

地元のガソリンスタンドに、とても素敵なスタッフさんがいた。歳は、見た感じ60代後半から70代あたり。眼鏡の奥の目がやさしそうな雰囲気のおじちゃん。

昔、チワワが目をうるうるさせてるCMがあったと思う。おじさんは、そのCMのお父さん役の俳優さんにちょっと似ていた。

ある日の仕事帰り、ガソリンが少なくなっていたので、職場の最寄りのガソリンスタンドに寄った。その時に対応してくれたのが、冒頭の素敵なおじさんだった。

ガソリンを入れてもらって帰りぎわ。お金をお支払いする時だった。
「お客さま、やさしい話し方されますね」
おじさんは、わたしにそう声をかけてくれた。
いきなり褒められてびっくりしたけど、嬉しかった。

「そうですか?ありがとうございます」
おつりを受け取り、ガソリンスタンドを後にする。それだけなんだけど、帰り道、わたしは気持ちがぽかぽかしていた。
次から、あそこのガソリンスタンドを使おう。
また、あのおじちゃんに会えるといいな。

それから、給油の時はそこのガソリンスタンドに行くようになった。セルフで安いところもあったんだけど、わたしはあの優しいおじちゃんの顔が見たかった。

仕事終わりに給油に行くと、だいたいおじさんも働いていた。
「お仕事帰りですか?」「寒くなりましたね」
お会計の時に時々言葉を交わして、帰宅する。

お仕事で疲れたときも、ガソリンスタンドでおじさんと一言二言話すと、なんだかいい日になったような気がした。わたしは、すっかりおじさんのファンになっていた。

そんなおじさんとの日々にも、終わりがやってきた。結婚が決まり、夫の地元に引っ越すことになったのだ。

引っ越しの何日か前。わたしは、いつものガソリンスタンドに寄った。あのおじさんも、いつものように元気に働いていた。

おじさんに、さよならした方がいいかな。
おじさん、わたし、引っ越すんです。だから、ここに来るのも、今日が最後です。

頭の中で、さよならのシミュレーションをしたけど、結局引っ越しすることは言えなかった。

いきなりそんなこと言われても、おじさんだって困っちゃうよな。わたしたち、お友だちじゃないんだし。ここで、ほんの少しお話するだけだもんな。そんなことを考えてしまって、わたしは何も言わないまま、おじさんとお別れした。

結婚しても、たまには帰省するんだし。
また会えるかもしれないし。そしたら、おじさんに声をかけよう。おじさん、お元気そうでよかったです。実は、わたし結婚して引っ越したんです。

そんないつかを想像していたけれど、結局、今でもおじさんには会えないままだ。

わたしが急に来なくなったこと、おじさんは別に気にしていないかもしれない。
いま、あの時に戻れたとしても、わたしは同じように何も言えないだろうな、とも思う。

でも、もしも、ちゃんとさよならしていたら。
あのおじさんなら「お元気で」と、暖かく見送ってくれたんじゃないかな。
わたしの想像でしかないけど、そんな気がするのだ。



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お題は「あの日言えなかった言葉」

おじさん、元気にしてるといいなあ。
そっちは寒いから風邪ひかないでね。







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