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対数への道

船乗りのぼやき

始まりは船乗りのぼやきでした
とにかく計算が多い。しかも大きな数のかけ算が……
計算間違えしたら漂流や最悪難破することに……
ということで、なんとか計算が楽にならないかと考え出されたのが、三角関数の公式『積和公式』の利用です
 $${\displaystyle \sin\alpha\cos\beta=\frac{1}{2}\{\sin(\alpha +\beta)+\sin(\alpha-\beta)\}}$$
 $${\displaystyle \cos\alpha\sin\beta=\frac{1}{2}\{\sin(\alpha +\beta)-\sin(\alpha-\beta)\}}$$
 $${\displaystyle \cos\alpha\cos\beta=\frac{1}{2}\{\cos(\alpha +\beta)+\cos(\alpha-\beta)\}}$$
 $${\displaystyle \sin\alpha\sin\beta=-\frac{1}{2}\{\cos(\alpha +\beta)-\cos(\alpha-\beta)\}}$$
ちなみに積和公式も元になる加法定理も1世紀には発見され利用されていたようです(プトレマイオス)

積和公式の利用

4つありますが、最後の $${\displaystyle \sin\alpha\sin\beta=-\frac{1}{2}\{\cos(\alpha +\beta)-\cos(\alpha-\beta)\}}$$ の式を使って $${5592\times 3584}$$ を計算してみましょう
(実際にこの公式がよく使われていたようです)

$${\begin{matrix*}[l]{} &{}& 5592\times 3584 \\ {} &=& 0.5592\times 10^4 \times 0.3584 \times 10^4 \\ {} &=& 0.5592\times 0.3584 \times 10^8 \\ {} &=& \sin34^\circ \times \sin 21^\circ \times 10^8 \\ {} &=& -\frac{1}{2}\{ \cos(34^\circ +21^\circ)-\cos(34^\circ -21^\circ) \}\times 10^8 \\ {} &=& -\frac{1}{2}( \cos 55^\circ-\cos 13^\circ )\times 10^8 \\ {} &=& -\frac{1}{2}(0.5736-0.9744)\times 10^8 \\ {} &=& 0.2004 \times 10^8 \\ {} &=& 20040000 \end{matrix*}}$$

直接計算すると
 $${5,592\times 3,584 = 20,041,728}$$
なので、誤差は $${\frac{1}{10,000}}$$ 未満ということになります
有効桁4桁以内で収まっていますね
実際の船乗りたちの計算精度は8桁らしいので、
 8桁×8桁
を選ぶか
 8桁+8桁
を選ぶかは火を見るより明らかですね

ただし、表の使い方が複雑なのでなんとかならないかと考えた人がいました

ネイピア登場

彼の名はジョン・ネイピア
16世紀半ばに生まれた彼は26歳のときに『積和公式』のようなものがもっと簡単な形にできないかと考えたようです
少し前から元の数 $${2^n}$$ と指数 $${n}$$ の関係は知られていたようでネイピアもこれを基にあれこれ試行錯誤をしていたようです

40年ほどかけて彼は $${\displaystyle x=10^7\left(1-\frac{1}{10^7}\right)^y}$$ という式にたどり着き、これを基に船乗りたちが計算で苦労していたものを払拭できるよう数表として出版したのでした
logarithms とはネイピアの造語です
logos(神の言葉)とarithmos(数)を組み合わせたものです
彼は対数に人間では得られなかった力というものを感じていたのかもしれません

Mirifici Logarithmorum Canonis Descriptio (1614)

ネイピアとブリッグスの出会い

1615年、運命的な出会いがありました
ネイピアと彼の本を手に入れていたヘンリー・ブリッグスです
1615年夏にネイピアの元を訪ねたブリッグスは1ヶ月ほどネイピアと語り研究したそうです
このとき底を10にすることを提案したブリッグスはそれを基に常用対数表を出版することになります (1617年)
この年はネイピアが生涯を閉じた年でもありました

Logarithmorum chilias prima (1617)

この本は1〜1000までの常用対数を14桁の精度で求めていました
ただし、まだこの頃は小数の概念が広がっていなかったため $${y=10^{10}\log_{10}x}$$ というかたちでした
小数と小数点が広まるのは1619年のことになります

ブリッグスはさらに研究を進め、今の形の常用対数の表を作り発表することになります
このときは1〜20000と90000〜100000までの常用対数を14桁で出しています
『Arithmetica Logarithmica』(1624)

こうした一連の対数の発展に、ラプラスは「対数は天文学者の寿命を2倍に延ばした」とまで言っています

常用対数を使った積の計算

対数の公式は次の3つです
 $${\displaystyle \log_a MN =\log_a M + \log_a N,\ \ \ \ \ \log_a \frac{M}{N} =\log_a M - \log_a N}$$
 $${\displaystyle \log_a M^r = r \log_a M}$$
 $${\log_a a=1}$$
これらを使って $${234 \times 285}$$ を計算してみましょう
 $${ \begin{matrix*}[l] {\log_{10}(234 \times 285)} &=& \log_{10}(2.34 \times 2.85 \times 10^4) \\ {} &=& \log_{10}2.34 + \log_{10}2.85 +\log_{10}10^4\\ {} &=& 0.3692 + 0.4548 +4 \\ {} &=& 0.8240 +4  \\ {} &=& \log_{10}6.67 +\log_{10}10^4 \\{} &=& \log_{10} (6.67 \times 10^4)    \end{matrix*}}$$
となるので
 $${234\times 285=66700}$$
となります
直接計算すると
 $${234\times 285=66690}$$
となるので良い精度を出していると思います

補足

ネイピアが考えた対数は $${\displaystyle x=10^7\left(1-\frac{1}{10^7}\right)^y}$$ でしたが、オイラーはこれを変形して
$${\displaystyle \frac{x}{10^7}=\left(1-\frac{1}{10^7}\right)^y}$$
$${\displaystyle \frac{x}{10^7}=\left\{\left(1-\frac{1}{10^7}\right)^{10^7}\right\}^{\frac{y}{10^7}}}$$
$${\displaystyle \left(1-\frac{1}{10^7}\right)^{10^7}\fallingdotseq \frac{1}{e}}$$ ですから

$${\displaystyle \Large \therefore \frac{x}{10^7}=\left(\frac{1}{e}\right)^{\frac{y}{10^7}}}$$

と解釈できること=ネイピアの考えた対数は自然対数的なものであることと理解したようです


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