1回戦結果発表
8名のジャッジの採点により、2回戦進出者が以下のように決定しました。
A 「アボカド」金子 玲介
B 「飼育」雛倉 さりえ
C 「天の肉、地の骨」北野 勇作
D 「その愛の卵の」齋藤 優
E 「私の弟」大前 粟生
F 「遠吠え教室」蜂本 みさ
G 「夏の目」吉美 駿一郎
H 「鳩の肉」齋藤 友果
ジャッジ
笠井康平、QTV、道券はな、仲俣暁生、橋本輝幸、樋口恭介、元文芸誌編集長 ブルー、帆釣木 深雪(50音順・敬称略)
2回戦組み合わせ
評詳細
1)[]内は勝ち点の票数、投票者
2)数字はジャッジの採点。以下の順番。
笠井 QTV 道券 仲俣 橋本 樋口 ブルー 帆釣木
3)()内は得点数
Aグループ
「読書と人生の微分法」大滝瓶太[2票 笠樋]52443434 (29点)
「愛あるかぎり」冬乃くじ[2票 道橋]23545133(26点)
「あの大会を目指して」鵜川 龍史[2票 仲帆]33454325(29点)
「アボカド」金子 玲介[2票 Qブ]45335444(32点)○
Bグループ
「飼育」雛倉さりえ[4票、笠道橋帆]53533445(32点)○
「インフラストレーション」大田 陵史[2票 樋ブ]21333544(25点)
「宇宙が終わっても待っている」後谷戸 隆[0票]33332123(20点)
「伝染るんです。」竹花 一乃[2票 Q仲]45442324(28点)
Cグループ
「天の肉、地の骨」北野勇作[3票 仲橋ブ]44354444(32点)○
「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子[1票 Q]35343333(27点)
「来たコダック!」蕪木 Q平[2票 笠樋]55243424(29点)
「愚図で無能な間抜け」植川[2票 道帆]23432225(23点)
Dグループ
「その愛の卵の」齋藤優[3票 笠道橋]53435434(31点)○
「甲府日記 その一」飯野 文彦[1票 ブ]34332444(27点)
「逆さの女」正井[2票 Q仲]24343333(25点)
「殺人野球小説」矢部嵩 [2票 樋帆]42235525(28点)
Eグループ
「私の弟」大前粟生[3票 笠仲帆]54444435(33点)○
「抱けぬ身体」原 英[1票 ブ]44433344(29点)
「立ち止まってさよならを言う」 栗山 心[3票 Q道橋]35534224(28点)
「月と眼球」式さん[1票 樋]22333534(25点)
Fグループ
「手袋」珠緒[0票]24443223(24点)
「天空分離について」伊予 夏樹[0票]43432423(25点)
「遠吠え教室」蜂本 みさ[7票 笠Q道仲橋ブ帆]55554245(35点)○
読書感想文「残穢」一色胴元[1票 樋]34332534(27点)
Gグループ
「跳ぶ死」伊藤なむあひ[3票 道橋帆](30点)24435525(30点)
「夏の目」吉美 駿一郎[3票 Q仲ブ](33点)45354534(33点)○
「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合 大祐[1票 笠]53344534(31点)
「パゴダの羽虫」中島 晴[1票 樋]34343524(28点)
Hグループ
「鳩の肉」齋藤 友果[3票 橋樋帆]44345535(33点)○
「ハハコグサ」磯城 草介[1票 ブ]34332143(23点)
「くされえにし」林 四斜[2票 笠道]54443144(29点)
「ハワイ」貝原[2票 Q仲]25353423(27点)
採点まとめサイト
http://dog-and-me.d.dooo.jp/bfc_judge001.html
ジャッジによる作品評
※レイアウトは評をいただいた形をだいたい反映しています。
笠井 康平
総評:リテラシーはなぜ争うのか
笠井 康平
書きたいことを書くのに、よりふさわしい言葉が選ばれたかだけを読みます。好き嫌いでは評価しません。分野ごとの作法も問題にしません。そこで、全作全文を添削し、加筆・省略すべきところの字数で集計し、最大80点の基礎点としました。また、推すべき一文があれば、1か所あたり3点の技術点として加点しました。両方を足して総合点を出し、本大会に規定の5段階評価を最終点としました。
非の打ちどころが少なければ基礎点は上がるけれど、配点の大きい技術点の積み重ねで取り返せます。どちらもそのテキストが採用したモードに即して採点しました。その一文がなぜそこに書かれるべきかを問いました。たとえば「なるべくダサく」というモードで書かれたテキストなら、「ダサさ」が際立つところを評価し、「かっこよさ」はむしろ減点する。
言うまでもなく、この採点方式には「傾向と対策」があります。ひとつの語りのモードを一貫して守ったテキストは減点されにくい。細部で攻めると加点されやすい(語りの切り出し、場面の立ち上げ、話運び、描写の切れ、叙事の密度、構造の提示…etc.)。これが最終評点を左右するでしょう。ただし、低得点は、持ち味を活かせる書き方や、加筆の余地があるだけで、書き手の嗜好や、着想の正否には関わりません。高得点は、スタイルの切り換えが利きづらいことの裏付けでもあります。それはかえって本人の不自由かもしれません。
この採点法を運用するうえでの注意点も分かりました。定型の短詩は、自由律の散文と比べ、字数が少ない分、よりシビアな語句の吟味が求められる。とはいえ、やはり添削の影響を受けやすい。一方で、ゆるさを志向した散文も、配点を伸ばしづらい。着想の奇抜さ、語りのトーン、文体のモデレーションも評価しづらい。どれもこの採点法が規則として持つ不備です。くれぐれも鵜呑みにしてはいけません。そのことは明記しておきます。
判定の透明性を高め、審査員の恣意を抑えるためだけではありません。書かれるべき言葉が書かれ、読まれるべき言葉として読まれるには、分かりやすく、使い勝手のいいゲームルールが、再利用できるかたちで明らかに示されなければならない。そう考えるからです。
採点法の設計に用いた参考書は挙げきれないものの、手に入れやすいのは、『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』『「分かりやすい文章」の技術―読み手を説得する18のテクニック』『ストーリーの解剖学』『ドキュメンタリー・ストーリーテリング』『シナリオの基礎技術』『論文作法─調査・研究・執筆の技術と手順─』『企業価値経営』『テキストアナリティクス』『JIS X 25000:2017 システム及びソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)』などです。基礎点はこれらで説明がつきます。それと、もしよかったら、最近ぼくが書いたテキストも読んでもらえたらうれしいです。技術点の判断基準を示す傍証として。『私的なものへの配慮No.3』と、「10日間で「作文」を上手にする方法」といいます。
なお、32作すべてに200-300字ずつの個別評を付しました。途中まで、1200字×8ブロック分だと勘違いしていたからですが……。ぼくのnoteに掲載しておきます。すべての原稿の添削履歴は残してありますが、公表しません。著作者人格権を侵しかねないから。それでも読みたい方は声をかけてください。
すべての候補作を読みながら、落選した数百作と、その背後にある、言語表現だとすら見なされない、ありとあらゆるテキストのことを思いました。文芸(Literal Arts)とは、言語操作技術のすべてを指すのであって、特定の流通区分や表現ジャンル、芸術様式、執筆作法に限られないはずです。実勢としての寡占や、現にある偏見、野放しの差別、避けがたい見落としがこの世からなくならないとしても、せめて、姿勢として、そうありたいと望むくらいは許される場が、いつか日本語圏にも生まれてほしいです。ぼくはそのために戦いたい。
通し番号ブロック題名勝敗最終点(※編集者が簡略化しています)
読書と人生の微分法 ★ 5
愛あるかぎり 2
あの大会を目指して 3
アボカド 4
飼育★ 5
インフラストレーション 2
宇宙が終わっても待っている 3
伝染るんです。 4
天の肉、地の骨 4
期待はやがて飲み込まれる草 3
来たコダック!★ 5
愚図で無能な間抜け 2
その愛の卵の:5
甲府日記 その一:3
逆さの女:2
殺人野球小説:4
抱けぬ身体 4
立ち止まってさよならを言う 3
月と眼球 2
私の弟★ 5
手袋 2
天空分離について 4
遠吠え教室★ 5
読書感想文「残穢」 3
跳ぶ死 2
夏の目 4
ニルヴァーナ 川柳一〇八句★ 5
パゴダの羽虫 3
鳩の肉 4
ハハコグサ 3
くされえにし★ 5
ハワイ 2
QTV
「殺すな」
「人物が死ぬ/死んでいる」ことに
あまり必然性を感じなかった作品へ
厳しめの点数をつけています。
それらの作品は
「殺さなければ傑作になるんじゃないか」
と思うものでもありました。
私は幼馴染の友人と映画を作っていて
深夜、ファミレスで脚本を見せあっては
作品がどうやったら傑作になるか
お互い不機嫌になるまで話をします。
浪人生のときに初めて小説を書きました。
日芸「文芸学科」試験対策の夏期講習で
恋人が交通事故で死ぬ、1200字くらいの物語。
そのとき初めて他人の講評をうけました。
「殺すな」
その夏、赤ペンで書かれた
〈殺すな〉が心に刺さったまま
ここからファミレスで、
テーブルをはさんだ感じで。
■■■「読書と人生の微分法」■■■
〈数式の書かれた[鏡]が最後に割れる〉
このイメージ。詩的で美しい。
んだけど、数式のくだり難しいでしょ~。
数学苦手だから、ぜんぜん入っていけなかった。
それって〈死んだ叔父さん〉と〈数式〉について
主人公が「理解」しすぎてるからじゃないかな。
ここはひとつ、
〈いなくなった息子の鏡〉について
〈数式を理解できない母親〉が思う物語はどうだろう。
理解できない息子の
〈理解できない数式〉を母親が理解した瞬間
もしくは〈理解をあきらめた〉瞬間
鏡が割れたらとっても切ないよね。
とにかく、
「もう会えない家族と残された暗号モノ」として
村上春樹「午後の最後の芝生」
坂口安吾「アンゴウ」に並ぶ傑作になる可能生、
あると思う!
■■■「殺人野球小説」■■■
や〜、ちょっと単調で味気なくて、
きついな〜と思ってたけど、
最後に「死んでほしくない」
そう思える人がでてきて、
すごく良かった〜!
これはさ、
もっと早く「絹子」を登場させたいね。
〈入院してる女性〉と
〈読んでいる小説〉の主従関係が
中盤からどんどん反転していくと切ないと思う。
もう後半は場面が切り替わると
〈殺人野球小説〉が入院してて、
〈絹子〉がグラウンドで
ドンパチ戦闘していくラストで。
入院で油っぽい髪が、
汗でさわやかに濡れていく感じで。
傑作になると思う!
■■■「月と眼球」■■■
左目と月が入れ替わっちゃう設定すごい最高。
でも宇宙飛行士を簡単に殺しちゃったの、
もったいないと思ったな~。
設定に対して主人公が困っているだけで、
アクションを起こしてないのも、もったいない。
主人公が自分を取り戻そうとして
物語の謎がさらに深まるといいよね。
たとえば、
左の眼孔の月面にいる宇宙飛行士に
恋をするのはどうだろう。
主人公が努力して宇宙飛行士になって
宇宙に浮かぶ自分の眼球にロケット飛ばして
そいつを助けに行こうよ。
左の眼孔に月を秘めたまま
月の位置に浮遊する自分の眼球に
飛んで行ったらどうなるのか。
ぶん殴っていこう、
小説にしか成しえない三半規管の揺らし方で。
傑作になると思う!
■■■「インフラストレーション」■■■
インフラ+フラストレーション…?
〈彼女〉が3人でてくる…?
箱崎ジャンクションたしかに複雑だけど…?
人物は誰ひとり死んでないのに
前向きなハテナマークが浮かんでこなくて
評価「1」にしちゃっているけど
むしろ敗北感のあらわれです。
よろしければ、ファミレスで話しませんか?
10月26日(土)、
15時に〈サイゼリヤ〉の渋谷宮益坂上店はどうでしょう。
目印として
ビールジョッキがプリントされた
黄緑色のTシャツを着て行きます。
大きなビールジョッキの底に沈む〈死神〉。
その死神をレスキューするために
タンクトップの〈太ったおじさん〉が
黄緑色の空からビールの水面へ飛び込んでいく。
短編小説のようなTシャツに
あの夏、赤ペンで書かれた
「殺すな」というメッセージをこめて。
■■■勝ち抜け■■■
A「アボカド」金子 玲介
B「伝染るんです。」竹花 一乃
C「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子
D「逆さの女」正井
E「立ち止まってさよならを言う」栗山 心
F「遠吠え教室」蜂本 みさ
G「夏の目」吉美 駿一郎
H「ハワイ」貝原
■■■各グループ採点■■■
【A】
2「読書と人生の微分法」大滝 瓶太
3「愛あるかぎり」冬乃 くじ
3「あの大会を目指して」鵜川 龍史
5☆「アボカド」金子 玲介
【B】
3「飼育」雛倉 さりえ
1「インフラストレーション」大田 陵史
3「宇宙が終わっても待っている」後谷戸 隆
5☆「伝染るんです。」竹花 一乃
【C】
4「天の肉、地の骨」北野勇作
5☆「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子
5「来たコダック!」蕪木 Q平
3「愚図で無能な間抜け」植川
【D】
4「甲府日記 その一」飯野 文彦
4☆「逆さの女」正井
2「殺人野球小説」矢部 嵩
3「その愛の卵の」齋藤 優
【E】
4「抱けぬ身体」原 英
5☆「立ち止まってさよならを言う」栗山 心
2「月と眼球」式さん
4「私の弟」大前 粟生
【F】
4「手袋」珠緒
3「天空分離について」伊予 夏樹
5☆「遠吠え教室」蜂本 みさ
4読書感想文「残穢」 胴元一色
【G】
4「跳ぶ死」伊藤 なむあひ
5☆「夏の目」吉美 駿一郎
3「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合 大祐
4「パゴダの羽虫」中島 晴
【H】
4「鳩の肉」齋藤 友果
4「ハハコグサ」磯城 草介
4「くされえにし」林 四斜
5☆「ハワイ」貝原
道券はな
主題に問題提起もしくは祈りがあるか、表現に実感もしくは必然性が感じられるか、従来の価値観を転換しようとしているか、の3点を軸に評価した。「愛あるかぎり」は、時間を守るのが苦手な人をタイムトラベラーとすることで、短所を夢のある特性に転換しているところが新鮮だった。また、生きづらい者同士が出会い愛しあう筋書きに、愛情への切実な希求が感じられた。待つ女と遅れて向かう男の様子が小刻みに交互に描かれる表現も、期待と不安を煽って巧みだった。「飼育」は、同じものに圧倒されることを夫婦の絆と捉えなおす発想の転換が面白かった。他者とオリジナルな繋がり方をしたいという祈りも感じられた。三人称と妻の独白が地の文で入り乱れる文体は、夫の内面が描かれない分、自分では気づいていない妻の身勝手さ、夫という他者のままならなさを伝えるのに効果的だった。「立ち止まってさよならを言う」の、主人公にあなたと呼びかけ、主客を逆転させる文体は、語り手の立ち位置を曖昧にするリスクがありながら、読者にこれは自分の物語だと意識させる効果を上げていた。惹かれあった相手との別れを、自分らしく言葉へのこだわりをベースにして考える主人公が一貫した姿勢から、自分らしいままで他者と関わりたいというこだわりが感じられた。「遠吠え教室」は、遠吠えを習うという非現実の題材で繋がった人間関係を描き、他者との繋がりへの関心が感じられた。淡々とした文体で野崎、はやとくん、あこちゃんとの関係を追い、特別な関係がそれぞれの人生を変えることはない様子を冷静に描きつつ、自分だけはまだ遠吠えに腐心しているところに、他者と特別に繋がっていた時代への懐古が感じられた。「天空分離について」は、架空の現象を架空の参考文献等で限りなく本物らしく描く発想の転換と、虚実の本質に迫ろうとする意志が感じられた。論文調の文体が、その意志を達成するのに効果を上げていた。「跳ぶ死」は、死を生物のように描く発想の転換が鮮やかで、動物番組のような文体も効いていた。
全体を通して見ても、叔父の人生を自分に重ねる「読書と人生の微分法」、自分とは成長速度や傷つき方の違う弟に寄り添う「私の弟」、ナルシスティックな性愛を虚しく描いた「抱けぬ身体」、手首を切断した同級生の手首を拾ってしまう「手袋」、怖い話を使って通じて作家と繋がろうとする久保さんを考察し、自分もイタコのように久保さんと一体化しようとする「読書感想文「残穢」」、ままならない他人との不快な関係を描いた「くされえにし」など、他者への繋がりに関心のある作品が目立った。アベンジャーズのような選手団への期待とボランティアのオチでオリンピックを風刺した「あの大会を目指して」、世の中の女性への抑圧を軽妙に描いた「伝染るんです。」、自分が自分であることの絶望を内省的に描いた「愚図で無能な間抜け」など、社会的関心に裏打ちされた作品も魅力的だったが、少ない字数で作者や読者自身の問題や祈りとして作品にまとめることの難しさを感じた。
4「読書と人生の微分法」大滝瓶太
5「愛あるかぎり」冬乃くじ○
4「あの大会を目指して」鵜川 龍史
3「アボカド」金子 玲介
5「飼育」雛倉さりえ○
3「インフラストレーション」大田 陵史
3「宇宙が終わっても待っている」後谷戸 隆
4「伝染るんです。」竹花 一
3「天の肉、地の骨」北野勇作
3「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子
2「来たコダック!!」蕪木 Q平
4「愚図で無能な間抜け」植○
4「その愛の卵の」齋藤優○
3「甲府日記 その一」飯野 文彦
3「逆さの女」正井
2「殺人野球小説」矢部
4「私の弟」大前粟生
4「抱けぬ身体」原 英
5「立ち止まってさよならを言う」 栗山 心○
3「月と眼球」式
4「手袋」珠緒
4「天空分離について」伊予 夏樹
5「遠吠え教室」蜂本 みさ○
3 読書感想文「残穢」一色 胴
4「跳ぶ死」伊藤なむあひ○
3「夏の目」吉美 駿一郎
3「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合 大祐
3「パゴダの羽虫」中島
3「鳩の肉」齋藤 友果
3「ハハコグサ」磯城 草介
4「くされえにし」林 四斜○
3「ハワイ」貝
仲俣暁生
ブンゲイファイトクラブ1回戦 講評
文学作品を単体として批評するのではなく、複数作で優劣を競わせるというのは無粋なことのようで実は文学の本質に見合っているのかもしれない、と思いつつ全作を楽しく読んだ。
「文学の本質に見合う」というのは過去に歌合という古式ゆかしい前例があるからだが、今回の試みは詩歌と小説が入り交じるフリースタイルの異種格闘技戦であり、ジャンルの約束ごとに縛られない。その困難さに奮い立ちつつ評価に望んだ。
トーナメント戦という形式がとられたために、ある組で勝者として認定した作品と、他の組で惜しくも敗退した作品とにほとんど遜色がないケースもある。5段階での採点を義務づけられたため勝者と敗者は1ポイント以上の差がついているが、ほぼ同点といえるものも多かった。レフェリー全体での評価がなされることによりフェアな結果が出ることを祈る。
以下、各組の勝者として私が推す作品についてその理由を述べ、それ以外でも強い印象を残した作品についてもコメントしたい。
A組はハイレベルの激戦だったが「あの大会を目指して」を推す。掌編小説としてより洗練された作品が他にもあるなかで、乱暴にみえて繊細な、馬鹿馬鹿しくみえて実はきわめて知的なこの作品に冒頭から魅せられてしまった。これはアニメーションや映像で見ても少しも面白くない。文芸だからこそ楽しめる作品であることも重要視した。
B組は全体にやや低調ななかで「伝染るんです。」を推した。吉田戦車の有名な作品から借りたタイトルはよくないが、ストレートなフェミニズム小説のように思わせて最後に男どもに問いを突きつけ、その先の地獄を垣間見せたところを買った。
C組も激戦だった。4点をつけた二作のうち一つを勝者認定しようと考えたほど上位三作で悩んだ。最後に「天の肉、地の骨」を選んだのは喚起されるイメージの圧倒的な大きさゆえである。「期待はやがて飲み込まれる草」はショートショートとして決まりすぎ、「来たコダック!」は破壊的に見えるがむしろ構築的すぎて最後まで推しきれなかった。
D組もやや低調。「逆さの女」はワンアイデアだし学園ものとしてきわめてオーソドックスだが、この短い文字数で槙と杉浦のキャラクターを浮かび上がらせているところを買った。このまま長編にしてもいいのではないか。
E組も低調。「私の弟」はいかにもショートショート的ではあるが、最後の一文が光った。これがなければ結果は違った。
F組の「遠吠え教室」は全作のなかで最も好きになれた。これですよ、小説の自由とは。魂が震えた。自分も遠吠えをしたくなった。この一作と出会えただけでこの試みに参加したことを幸福に思う。
G組も激戦。洗練された作品が競ったが「夏の目」のねっとりした質感にもっとも惹かれた。 H組。激戦を制した「ハワイ」も好きな作品。テキストの中を風が吹き抜ける。小説とはそういうものだと私も考えている。
「読書と人生の微分法」大滝瓶太4
「愛あるかぎり」冬乃くじ4
「あの大会を目指して」鵜川 龍史5 ○
「アボカド」金子 玲3
「飼育」雛倉さりえ3
「インフラストレーション」大田 陵史3
「宇宙が終わっても待っている」後谷戸 隆3
「伝染るんです。」竹花 一乃4 ○
「天の肉、地の骨」北野勇作5 ○
「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子4
「来たコダック!」蕪木 Q平4
「愚図で無能な間抜け」植3
「その愛の卵の」齋藤優3
「甲府日記 その一」飯野 文彦3
「逆さの女」正井4 ○
「殺人野球小説」矢部 3
「私の弟」大前粟生4 ○
「抱けぬ身体」原 英3
「立ち止まってさよならを言う」 栗山 心3
「月と眼球」式3
「手袋」珠緒4
「天空分離について」伊予 夏樹3
「遠吠え教室」蜂本 みさ5 ○
読書感想文「残穢」一色 胴3
「跳ぶ死」伊藤なむあひ3
「夏の目」吉美 駿一郎5 ○
「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合 大祐4
「パゴダの羽虫」中島 4
「鳩の肉」齋藤 友果4
「ハハコグサ」磯城 草介3
「くされえにし」林 四斜4
「ハワイ」貝5 ○
橋本 輝幸
ブンゲイファイトクラブ 一回戦作品 全体評
橋本 輝幸
【評価プロセス】
まず作者名を隠し、順序をシャッフルして読んで、後述の三要素を評価した。グループによって平均点はばらついたが、全作の平均点は三.五にほどよく落ちついた。
【評価の三要素:巧みさ、ユニークさ、好み】
「巧みさ」では文体、題名、構成、誤記などを減点方式で評価した。韻やグルーヴ感は、朗読して検討した。逸脱や破綻は必ずしもマイナスではなく、優れた効果をもたらしていればもちろんプラスだ。
「ユニークさ」はテーマやアイディア、雰囲気など、ファイターが表現したかっただろうことへの評価である。独創性や着眼点、戦略を加点方式で評価した。ネタの重複を減点することはないが、他の人と同じネタだと力量差がわかることはある。「肉体の一部」「有機的な月」「大会/大会前夜」は偶然にも競合していた。また、子供、お年寄り、伴侶、死をめぐる話が多かった。いずれも身近で普遍的だが、ときに異物感がある存在。独自の味付けを見せてほしい。
最後に「好み」である。巧くてユニークだが好みではないケースも、その逆もある。好みの作品には以下の特長があった。この他に「読者への親切さ」も大いに「好み」に影響している。
a いい意味で引っかかりがある。えっ、とふいに読者を前のめりにさせる。
b 解釈の余地があるもの。幾通りかに読める。あるいは書かれていない部分に想像力がふくらむ。
c 読んでいて楽しい文章はそれだけで強力な武器である。たとえ本文に意味や筋すらなくても、読者を踊り狂わせる。
【グループ別の特色】
最終的にグループごとに読み直したところ、不思議とそれぞれテーマ性を感じられた。Aはテーマや法則性が一貫している。Bは身近な日常から非日常へ。Cは異様な論理。Dは恐怖や夢の訪れ。Eは身体にまつわる作品ぞろいの一方で言葉と概念にこだわったものも。Fは奇想。Gでは生と死のサイクルに涅槃が立ち向かう。Hは生活とその快や不快のムード、といった具合だ。アンソロジーからイチオシを挙げる気持ちで勝者を選んだ。
【首位が同点の場合の勝者】
「もう一作ぜひ読みたい」と思ったほうに軍配を上げた。今のパンチは偶然か計算か知りたい、他の技も見たいのでもう一度打ってくれという意図だ。
【五点と二点について】
五点の作者には厳しい戦いを勝ち抜ける可能性を感じた。二点の作品にはなんらかの弱点があり、このメンバーの乱戦を勝ち抜くのはきびしいと判定した。意図せずにどちらも六作選んでいた。
文芸作品は鵺(ぬえ)のようなものだ。人によって猿の眼の充血、蛇の尾の鱗のつや、脚の速さなど見るところはまったく異なる。シルエットを見て「ネコチャン!」と叫ぶ人もいるだろう。そういうものだ。ファイターの皆さんには、あなたの考える最高の鵺を見極められるジャッジを残してもらいたい。
Aグループ
勝者 「愛あるかぎり」冬乃くじ
3「読書と人生の微分法」大滝瓶太
5「愛あるかぎり」冬乃くじ
4「あの大会を目指して」鵜川 龍史
5「アボカド」金子 玲介
Bグループ
勝者 「飼育」雛倉さりえ
3「飼育」雛倉さりえ
3「インフラストレーション」大田 陵史
2「宇宙が終わっても待っている」後谷戸 隆
2「伝染るんです。」竹花 一乃
Cグループ
勝者 「天の肉、地の骨」北野勇作
4「天の肉、地の骨」北野勇作
3「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤 左知子
3「来たコダック!」蕪木 Q平
2「愚図で無能な間抜け」植川
Dグループ
勝者「その愛の卵の」齋藤優
5「その愛の卵の」齋藤優
2「甲府日記 その一」飯野 文彦
3「逆さの女」正井
5「殺人野球小説」矢部 嵩
Eグループ
勝者 「立ち止まってさよならを言う」 栗山 心
4「私の弟」大前粟生
3「抱けぬ身体」原 英
4「立ち止まってさよならを言う」 栗山 心
3「月と眼球」式さん
Fグループ
勝者 「遠吠え教室」蜂本 みさ
3「手袋」珠緒
2「天空分離について」伊予 夏樹
4「遠吠え教室」蜂本 みさ
2 読書感想文「残穢」 一色 胴元
Gグループ
勝者 「跳ぶ死」伊藤なむあひ
5「跳ぶ死」伊藤なむあひ
4「夏の目」吉美 駿一郎
4「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合 大祐
3「パゴダの羽虫」中島 晴
Hグループ
勝者「鳩の肉」齋藤 友果
5「鳩の肉」齋藤 友果
2「ハハコグサ」磯城 草介
3「くされえにし」林 四斜
3「ハワイ」貝原
樋口恭介
■総評
【評価方法】
・小説と思われる作品についてはまずは次の「作品評価観点」に従い評点付を行う。基本的には評点に従い次に進むべき作品を選定する。
・評点付の結果判断に迷った場合は完全な主観によって、次に進むべき作品を選考する。
・ただし、明らかに詩歌と思われる作品については最初の過程を省略し、いきなり主観を選考基準とする。
【作品評価観点】
・新規性:新しさ、驚き、いわゆるセンス・オブ・ワンダーを喚起する作品になっているか。
・娯楽性:普遍的な読みどころを作り、作品を広く読者に開こうとしているか。
・構築性:主題・構成・叙事・修辞・描写がそれぞれ有機的に連動し、一個の作品世界を構築しているか。
・論理性:読みどころに対して、開示する情報の段取りは適切か。また、提示する情報にムリ・ムラ・ムダはないか。
・実験性:何らかの実験があり、勢い、圧、既成の言葉では言語化できない何かがあるか。
【評価結果】
Aグループでは大滝瓶太「読書と人生の微分法」と金子玲介「アボカド」にそれぞれ4点をつけた。どちらにするかとても悩んだが、偶然が味方して作品に重層性を与えている大滝瓶太の作品にすごみを感じ、最終的には推すことになった。
Bグループでは大田陵史「インフラストレーション」に5点をつけた。複数世界間の噛み合わなさの徹底という実験性において、32作品中群を抜いていた。
Cグループは北野勇作「天の肉、地の骨」と蕪木Q平「来たコダック!」に4点をつけた。「来たコダック!」には改稿の余地があると思ったが、難しい目標を掲げる勇敢さと、ある程度までそれを達成していることのポテンシャルも含めて評価し、次の作品も読んでみたいと思った。
Dグループは矢部嵩「殺人野球小説」に5点をつけた。ラストは勢いを殺しており、蛇足だと思ったが、他をぶっちぎりで圧倒していた。
Eグループ。式さん「月と眼球」に5点をつけた。SFの話の運び方としてとてつもなくうまい。むろん科学的であるはずもないが、設定と物語が複雑かつ不可分に絡み合っているという点では、ある種のハードSFを読むときと同様のカタルシスを覚えた。
Fグループ。一色胴元「読書感想文「残穢」」に5点をつけた。全32作品中もっとも新しさを感じた。あまりの興奮から、「真顔でしょうもないギャグを言い続ける中卒のボルヘスが現れた」というような意味不明な感慨を覚えた。
Gグループでは全ての作品に5点をつけた。伊藤なむあひ「跳ぶ死」は涙なくしては読めないし、吉美駿一郎「夏の目」は完璧な小説だった。さらに川合大祐「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」では展開される324もの世界の多元性に圧倒させられた。しかし、最後に推したのは中島晴「パゴダの羽虫」だった。この作品は、完璧な掌編でありつつも長編のような広がりがあり、また、個人的にも忘れていた子供の頃の感覚を思い出させられた。正直この判断で正しいのかどうかは今もわからないが、仕方ない。申し訳ない。
Hグループは齋藤友果「鳩の肉」に5点をつけた。僕はこの作品で描かれた、終えられることのない無限のサスペンス/延伸/緊張の感覚に、今もとらわれたままだ。
■採点結果一覧
【Aグループ】
・「読書と人生の微分法」大滝瓶太 4点○
・「愛あるかぎり」冬乃くじ 1点
・「あの大会を目指して」鵜川龍史 3点
・「アボカド」金子玲介 4点
【Bグループ】
・「飼育」雛倉さりえ 4点
・「インフラストレーション」大田陵史 5点○
・「宇宙が終わっても待っている」後谷戸隆 1点
・「伝染るんです。」竹花一乃 3点
【Cグループ】
・「天の肉、地の骨」北野勇作 4点
・「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤左知子 3点
・「来たコダック!」蕪木Q平 4点○
・「愚図で無能な間抜け」植川 2点
【Dグループ】
・「甲府日記 その一」飯野文彦 4点
・「逆さの女」正井 3点
・「殺人野球小説」矢部嵩 5点○
・「その愛の卵の」齋藤優 4点
【Eグループ】
・「抱けぬ身体」原英 3点
・「立ち止まってさよならを言う」栗山心 2点
・「月と眼球」式さん 5点○
・「私の弟」大前粟生 4点
【Fグループ】
・「手袋」珠緒 2点
・「天空分離について」伊予夏樹 4点
・「遠吠え教室」蜂本みさ 2点
・「読書感想文「残穢」」一色胴元 5点○
【Gグループ】
・「跳ぶ死」伊藤なむあひ 5点
・「夏の目」吉美駿一郎 5点
・「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合大祐 5点
・「パゴダの羽虫」中島晴 5点○
【Hグループ】
・「鳩の肉」齋藤友果 5点○
・「ハハコグサ」磯城草介 1点
・「くされえにし」林四斜 1点
・「ハワイ」貝原 4点
元文芸誌編集長 ブルー
【Aブロック】
3点①「読書と人生の微分法」大滝瓶太
3点②「愛あるかぎり」冬乃くじ
2点③「あの大会を目指して」鵜川龍史
4点④「アボカド」金子玲介
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】④ ① ② ③
①「読書と人生の微分法」大滝瓶太
♣「数学」を使った設定はすごく丁寧に考えられ、文章も練られています。「僕」が生きる「小説世界」は見事に立ち上がり、その主人公の「声」も感じられました。
♠「叔父の生きかたを、親族はみな孤独と呼んだ。/しかし果たしてそうだろうか? とぼくはおもう」の、このシンプルな一文の重さの追求が少々物足りなかったです。
*「叔父」の視点で描いたものが読みたい。
②「愛あるかぎり」冬乃くじ
♣良質な青春小説です。気持ちよく読めましたし、「自分が自分のことを知らないように、他人の事も知らない」という、この時代で忘れられがちなことを大変上手く入れています。
♠「立派な大人」「孤独」など、この社会においてレッテルを貼られた「言葉」たちを解放してあげることも小説には重要です。「言葉」の「意味」に疑いを持って、長いものを書いてみるといいかもしれません。
*「比喩」をもう少し丁寧に。「寄せては返す波」「雪に閉ざされた夜」「海の底でゆらめく光」などは、安易に使わない方がいい。
③「あの大会を目指して」鵜川龍史
♣新しい何かを立ち上げようとしているのはわかります。エンタメ的で勢いもあるし言葉に力がある。オチのための助走、というだけでなく、個々よく考えていると感じます。
♠短篇集の中の1作とすれば輝くかもしれませんが、この作品だけで評価するともう少し長さが必要だった気がします。
④「アボカド」金子玲介
♣「文体」がまず素敵です。「、」の使い方も大変上手いし、文章に「雰囲気(色気)」がある(自意識を感じない、ギリギリのラインがいい)。
♠&*会話文の中から二人の関係性の「物語」が生まれているが(同時に「小説」の幅を広げている)、次に進む場合は「物語」を感じる「小説」を読みたい……さらに尖ってももちろんいいのだが。
【Bブロック】
4点①「飼育」雛倉さりえ
4点②「インフラストレーション」大田陵史
2点③「宇宙が終わっても待っている」後谷戸隆
2点④「伝染るんです。」竹花一乃
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】② ① ④ ③
①「飼育」雛倉さりえ
♣情景描写が大変上手い。全体的に、ピンと張りつめた空気とテンションがしっかりと描けています。
♠「夫婦」でなければならない必要性がイマイチ伝わらなかったのと、「わかりあえること」「やりなおせること」の本質をもう少し描いて欲しかったと感じました。
*ラスト「水槽から〜」の一文は、トル方がこの小説は締まるはず。
②「インフラストレーション」大田陵史
♣一見拙く見えるかもしれません。しかし「小説/小説家」に必要な空気をと纏っている作品です。「僕」のことをもっと知りたい、読みたいと思いました。
♠&*ラスト、まだまだ考えられるはずです。短篇ゆえ仕方ないのですが、「設定」の前にこの小説は存在したはずです。もっと「小説」を解放してあげて欲しい。
*長い作品を読みたいです。駅員が、よかった。
③「宇宙が終わっても待っている」後谷戸隆
♣既視感のある設定なのですが、淡々とした文体の中に切なさが上手く編み込まれていました。
♠繰り返しになりますが、やはり既視感はプラスにはなりにくいです。だからこそ、「白んだ町を目覚めはじめた〜期待に胸を膨らませていた」などの比喩は、その言葉を自分が何処で知ったのかを意識しすぎるぐらい注意して使って欲しいと思います。
*ラスト、それでもやはり「待っているべき」だと思う。
④「伝染るんです。」竹花一乃
♣明確なテーマを持って描かれている小説で、そこはすごくいいと思います。逃げていない。文章も、この小説に合っていて、力は感じました。
♠短篇で描くなら、レッテルを貼られた「単語」に頼らずに(もちろん頼らないわけにはいかないのですが)伝える、伝わる部分をもう少し意識してもらいたい。
【Cブロック】
4点①「天の肉、地の骨」北野勇作
3点②「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤左知子
2点③「来たコダック!」蕪木Q平
2点④「愚図で無能な間抜け」植川
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】① ② ③ ④
①「天の肉、地の骨」北野勇作
♣短篇の見本のような作品。語り手の主語を省くことで、小説世界と読み手の距離がぐっと近くなる。「とにかくそんな事情だから」という強引な一文すらも、著者の意識下にあるのがわかるいい作品でした。
♠贅沢を言えば、せっかくの「ファイトクラブ」なので、「剥き出し感」をもっと感じたかったです。
②「期待はやがて飲み込まれる草」伊藤左知子
♣冒頭の設定から、「どうなるんだろう?」と期待感を読み手にもたせる作品でした。「世界での事象」と「個人」を一部重ねながらも、しっかりとこの短さの中で書き分けたのは見事です。
♠既視感が少し強いのと、(漫画の)「絵」がいちいち思い浮かんでしまうのが残念でした。あと「、」の使い方が独特なので、音読してみた方がいいかもしれません。
*でラスト「ごっくんと〜それから、」「それでお終いだった。」はトル方が締まる。
③「来たコダック!」蕪木Q平
♣このような小説世界を立ち上げる人は、小説的な瞬発力があると思います。文章も意識的で「しっかり読まなければ」と読み手を構えさせます。
♠&*言い方が難しいのですが、♣のような作品を書く方は、書き手の自意識が文章から漏れてくることが多いです。編集者としてのこれまでの経験からいえば、設定重視の作品の場合、それがあまりいい方向に行かないことが多い気がします。
④「愚図で無能な間抜け」植川
♣6枚の中で、ひとりの人生を描くことに挑戦した部分はよかったと思います。文章もこの小説によくあっています。
♠ただ、この著者こそ、「愚図で無能な間抜け」のことを分っていなかったのではと感じました。もしかしたら「それこそ」がこの小説のテーマなのかもしれませんが、そうだとしても(そうだとしたらなお)、この小説を私は肯定しづらいです。
【Dブロック】
4点①「甲府日記 その一」飯野文彦
3点②「逆さの女」正井
2点③「殺人野球小説」矢部嵩
3点④「その愛の卵の」齋藤優
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】① ② ④ ③
①「甲府日記 その一」飯野文彦
♣設定が重視される作品が多い中、「小説」のプリミティブな魅力に触れることができました。人間が生きる上で、かけがえのない何かを伝えてくれる小説。
♠次が読めるなら、「その二」でないものを是非読ませて欲しいと思います。
*「ずずずんずずず」で時間も空間も「小説」は飛び越えることができる。いや、改行だけで。
②「逆さの女」正井
♣既視感はあります。ただ、(古い表現ですが)槙と杉浦のすごく「青い物語」が生まれそうなのを感じただけで、この作品を読んでよかったと思いました。そして、おそらくそれは、この小説が生まれた理由です。
♠やはり少しマンガ的なのが残念です。この二人に生まれる空気は明らかに「小説(文学)」なのですが、そこから見える「絵」は、マンガです。「絵」を超えた、言葉だけの強さを感じてみたいと思いました。
*ラスト、もう少し考える余地がある気がするが、「真上は見にくい」は、潔くそして才気を感じさせるいいラスト。
③「殺人野球小説」矢部嵩
♣別のブロックでも同じようなことを書きましたが、すごく考えて書かれてるのだろうな、ということは感じます。新しいものを生み出そうという熱量は伝わります。
♠&*(また同じことを書きますが)2点を付けましたが、私はこの小説のいい読み手ではないと思います(ただ、書き手の自意識はそこまで強く感じない)。他の方の意見を訊いてみたいです。
④「その愛の卵の」齋藤優
♣読み手の足元をすごく不快にさせる力を持った作品です。排水孔からでてきた生き物が「意欲的に泳ぐ」、「グリセリンの涙」など言語感覚がすごくいいと感じました。
♠二人の関係が、足元の不快を超えることができないのが残念だと思いました。
*前後があり、その一部を切りとっているように感じます。だとすれば、やはりこの作品は長いものとして書き直す(書き上げる)べきです。
【Eブロック】
4点①「抱けぬ身体」原英
2点②「立ち止まってさよならを言う」栗山心
3点③「月と眼球」式さん
3点④「私の弟」大前粟生
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】① ④ ③ ②
①「抱けぬ身体」原英
♣4点としましたが、正直不勉強で判断しかねます。ただ、どの俳句も(読み手である私の感情を揺さぶるものから、他人の心情を覗き見している感覚にさせるものまで)「物語」を想起させる作品でした(上手く言葉に出来ないのですが、「文」にしっかりとした「肉」を感じる)。
*この作品が応募され本戦に残っていることが「ブンゲイファイトクラブ」ならではの面白さですね。
②「立ち止まってさよならを言う」栗山心
♣人称を意識しながら語られる個々のエピソードは好感を持って読みました。
♠書き手の興味の問題は多分にあると思いますが、もう少し「物語」を意識して欲しい気はします(=そういう作品を読んでみたいと思わせる力はあります)。
③「月と眼球」式さん
♣大変興味を惹く「設定」で思い切りよくスタートしており、読者の心を摑むのは大変上手い作品だと思います。
♠出落ち感があり、それは残念でした。
*個人的には「設定」を超えた「実体」を感じた時に「小説」となるのだと思っています。その意味でこの短篇はまだ冒頭の「設定」を超えられていないかと。
④「私の弟」大前粟生
♣いつしかこの作品世界のように、リアルは拡大していくのでしょう(私が知らないだけで、もう来ているのかもしれません)。その意味では、すごく恐いことを(淡々と)書いている小説で、面白かったです。
♠私見で恐縮ですが、著者の「得意」の中で書かれ、終わっている印象があります。文章から切実な感じが伝わってこないのが残念でした。
【Fブロック】
2点①「手袋」珠緒
2点②「天空分離について」伊予夏樹
4点③「遠吠え教室」蜂本みさ
3点④ 読書感想文「残穢」 胴元一色
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】③ ④ ① ②
①「手袋」珠緒
♣「どうなるのだろう?」という物語的な興味を読者に持続させる力を持った作品でした。
♠「謎」が先行して、最終的に「形式的なオチ」となっている気がしました。この小説の持つ「意味」を感じたかったです。
*この作品に限らず、「書き手」が「小説」に対してどう向かい合っているかは、気になるものです。
②「天空分離について」伊予夏樹
♣学術論文的な書き方(?)で立ち上がる世界は大変興味深く読みましたし、著者の独自性を感じました。
♠&*評価が難しかったです。勝手なことを承知で申し上げれば、語り手に対して私(読み手)がいまいち興味を持てませんでした。単に好みの問題かもしれません。
③「遠吠え教室」蜂本みさ
♣大変エモーショナルな作品だと思います。文体もこの作品によくあっています。ノスタルジーが小説全体をまとい、同時にラストの1文は、この社会の「常識」として人々の身体にこびりついている「何か」を、少しだけ剥がしてくれます。
*この小説をベースにした長い作品を読んでみたい。
④読書感想文「残穢」 胴元一色
♣3点を付けていますが好みの問題で、4点でもいいと思います。メジャーな作品ではありませんが、誰かとこの作品について話してみたい欲求に駆られました。構造的にすごくよく考えられていながらも、しかし「すべて書いてある」作品。
♠&*この方向の作品の重要性は理解しますが、もし次に進むなら、是非「構造」に寄りかからない作品を読んでみたいです。
【Gブロック】
2点①「跳ぶ死」伊藤なむあひ
3点②「夏の目」吉美駿一郎
3点③「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合大祐
2点④「パゴダの羽虫」中島晴
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】② ③ ① ④
①「跳ぶ死」伊藤なむあひ
♣冒頭の一文(「東京都江戸川区にある〜死は生まれました」)は、シンプルながらも惹き付けられました。
♠実験的な面白さはありますが、「死」の本質にどこかで向かい合ってくれるのかな、と思いながらもそこは感じることが出来なかったのが残念でした。
*もっともっと「死」を、客観的に描いた方がいいです。現状、語り手が「死」の上位にいる。
②「夏の目」吉美駿一郎
♣奇想としてのレベルは高いと思います。小説世界の立ち上げ方、キャラクターの創り方も大変上手く、面白く読みました。
♠ラスト、もうひと工夫あってもいいかな、とも。「死から戻ってこなくなる」の一文と響き合うラストがあるはずです。
*Gブロックの中では、4点に近い。
③「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」川合大祐
♣&♠&*読んでいて楽しくはありました。ニルヴァーナ(&108)といいながらも消えることなく随所に見える欲望にニヤリとさせられます。ただ、川柳の作法を知らない身としては、これ以上の感想がいえず、よって3点、も、私の感情を揺らす文章があったからです。
④「パゴダの羽虫」中島晴
♣「ナイン」という名前や「手の甲から虫が出入りする」ことなど、おそらくは意味があるのでしょうか(なくてもいいのですが)、それを深く考えずとも読ませる力はあります。
♠&*文体にもう少し特徴(力)があるとよかったと思います。現状だと、一読して通り過ぎてしまう。
【Hブロック】
3点①「鳩の肉」齋藤友果
4点②「ハハコグサ」磯城草介
4点③「くされえにし」林四斜
2点④「ハワイ」貝原
【評価(感想)】♣…よかった点。♠…気になった点。*…「追伸」的なもの。
【ブロック内順位】② ③ ① ④
①「鳩の肉」齋藤友
♣なかなかな狂気を含んだ小説でした。主人公が自身の行動、思考にまったくの疑いを持たないことも狂気ですが、文間から著者の思考も漏れて来ないこともよかった。
♠印象に残る手前、で、小説が提出されている気がします。ラスト付近の「しかしときどきは〜わたしの座を奪ってしまう」の「説明」が、不穏なものを匂わせつつも、しかし単なる「説明」になってしまっているのがもったいなかったです。
②「ハハコグサ」磯城草介
♣ベタではあります。しかし、強さも弱さもやさしさも身勝手さもすべてが混在した矛盾した存在=「人間」の本質がしっかりと書かれています。そして読後、私たちは誰かに合いたくなります。
♠&*とはいえ、少し綺麗すぎるかもしれません。書き手がもう少し、この小説と距離をとると、さらに「言葉(特に主人公の)」が重くなると思います。
③「くされえにし」林四斜
♣「実感」が伴っている力のある作品です。ありがちな「特別な一瞬」を切りとるのではなく、具体的なエピソードを通じて「生きる事の普遍」が描かれています。
♠安定はしているのですが、新人としての才気は、というと……という部分が物足りないかもしれません(とはいえ「短篇」なので、長いものを読みたい)。
*内部(=語り手)に問題があるのでは、という疑いを「書き手」が持つことも、この手の作品では重要。
④「ハワイ」貝原
♣気持ちのいい作品でした。同時に、身体のどこか懐かしい所を刺激されます。それはこの小説の文体の気持ち良さ、なのだと思います。
♠「パンケーキからそよ風が吹く」という設定が、少しこの小説を軽くしてしまっている気がします。
*このブロック内だと少し弱く見えてしまいますが、他のブロックならもう少し上の点数でもいいかもしれません。
帆釣木深雪
窓の外で銃声が鳴り響いている。どっかの乱闘騒ぎだと割り切り、同居人を起こさぬよう、布団に潜り込む。眠れない。noteの記事はたまに消えてしまうから、魚拓を取っておこう。いつの日か取り組む書評のためにも。
*
ブンゲイファイトクラブ 第一回戦 総評
帆釣木深雪
2019/10/09 03:51
迷子になる不安を振り払い、推薦作を挙げる。
最大の縛りとなっているのは「掌編」という枠組みである。句読点・括弧・改行のテンポの良さ、的確な設定の省略や語り口の妙が求められる。また、「ネット上に漂うことを決定づけられたテクスト」という〈流通〉の側面も踏まえて考えてみたい。以下、寸評。
「あの大会を目指して」
混沌とした飛行機内の状況を徐々に提示しつつ、ハキハキとした改行と会話文の畳みかけにより、とぼけたサゲまで一気にドライブしていく。特に、序盤の「ない」の繰り返しが、つかみとして大きな効果を上げている。
「飼育」
〈心中語/通話/対話〉における表記の繊細な使い分けに目を瞠った。括弧の効力が遺憾なく発揮されている。大瀑布・夫婦の変化・切り詰めた文体が層状に重なりあい、独特のリズムを生む。ひらがなに開かれた擬音の湿っぽさも効いている。
「愚図で無能な間抜け」
フレーズの反復が突き抜けている。呪詛として、執拗かつ強迫的な重たい一文が積み上げられていく。ネット上にUPされた錯乱的日記を深夜に読み込む際に訪れる〈電波/伝播〉的不気味さが宿る怪文書。
「殺人野球小説」
白鳥央堂の名が出てきたときに、一篇の掌編を飛び越えてしまう合法的ハッキングを目の当たりにし、驚愕した。(SNS上で検索してみてほしい。)解説者の支離滅裂な単語群を、七五調も使って縫合してみせるアクロバティックさに慄く。
「私の弟」
倫理性を簡潔な文体で包む際にキーとなっている固有名詞の選定が独特な歪さを持ち合わせており、読んでいて落ち着かせてくれない。数値による視覚的イメージの立ち上げと異様な切実を湛えた最後の一行で、終盤を引き締めている。
「遠吠え教室」
郷愁的な児童文学のような題名でありながら、少年少女たちの「遠吠え」をリテラルかつリリカルに描き出す。「群れ」の語とともに明示される人称「ぼくら」と、最終段における「ぼく」の距離はあまりにも遠く、それゆえに、寂しい。
「跳ぶ死」
Eテレ教育番組的なナレーションと、〈死〉の生態提示の組み合わせが「死の誕生」という大飛躍を可能にしている。臨場感を失速させない呼びかけや、昆虫の異常繁殖を想起させる「大量発生」の位置付けが鮮やか。
「鳩の肉」
身辺雑記的な冒頭から、語り手と鳩の尋常ならざる関係へ移行する硬質かつ滑らかな筆致。「首の切断」や「緑色の活字」といった諸要素が、語り手の不安と〈彼〉の嫌悪感情と結びつき、不穏だ。ドバトならではの土着性も背後に蠢く。
最後に。いくら作者や評者が殴り合おうと、最終的に残されるのは、46篇の掌編と15の評だ。文藝は魔法ではない、でもノノ。
*
「私の書いたものを読む暇なんてない。今すぐ書いて。あと、〆切厳守。さもないと」
気が付くと、いつの間にか起きていた同居人に銃口を向けられていた。書かないと。
ブンゲイファイトクラブ 第一回戦
〈勝敗(以下、選抜リスト)〉
A:「あの大会を目指して」
B:「飼育」
C:「愚図で無能な間抜け」
D:「殺人野球小説」
E:「私の弟」
F:「遠吠え教室」
G:「跳ぶ死」
H:「鳩の肉」
〈全作品 採点リスト〉
A「読書と人生の微分法」4
「愛ある限り」3
「あの大会を目指して」5
「アボカド」4
B「飼育」5
「インフラストレーション」4
「宇宙が終わっても待っている」3
「伝染るんです。」4
C「天の肉、地の骨」4
「期待はやがて飲み込まれる草」3
「来たコダック!」4
「愚図で無能な間抜け」5
D「その愛の卵の」4
「甲府日記 その一」4
「逆さの女」3
「殺人野球小説」5
E「私の弟」5
「抱けぬ身体」4
「立ち止まってさよならを言う」4
「月と眼球」4
F「手袋」3
「天空分離について」3
「遠吠え教室」5
読書感想文「残穢」4
G「跳ぶ死」5
「夏の目」4
「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」4
「パゴダの羽虫」4
H「鳩の肉」5
「ハハコグサ」3
「くされえにし」4
「ハワイ」3
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