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1回戦ジャッジによる作品評 竹中 朖


ジャッジにあたって
竹中 朖

私は批評を生業とする者でもなく、批評言語を内在させてものを見ているわけでもありませんが、長年に亘って文章を書く人と並走する仕事を出版の現場で続けてきました。
文章とは人格そのものでもありますから、ときにこの並走作業(片々たるものであっても)は深刻な対立や、人間関係の抗いがたい陥穽へ落ち込む事態をも惹起します。むしろそれを前提になにものかを生産する稼業であるという覚悟めいたものを持って、他人の生産する文章と対峙する日々を過ごしています。いや、これは履歴に基づく愚痴ではなく、今回の愉しきイベントにあたっては、できるだけ加点法で望みたいという立場を表明しておくための前振りとして一応。予選での落選、今回の選別、様々な意見や誤解が生じるでしょう。私や他のジャッジのコメントや判断も、全く受け入れられないという方もおられるはずです。しかし今回は、私の場合、積極的に各作品の輝く部分を見つめるのが前提でのコメントを述べていることは御理解いただきたいと思います。蹴落とすためにアラを探すことはしない(仕事ではそうではない時もある)。その上で勝ち抜けの決断において判断が困難を極めた場合、完成度に依るよりも、次回にどのようなものを見せてくれるのかという期待値を基準に判断することを心がけました。

今回は「お祭り」における「殴り合い」とは言うものの、そのような乱暴な表現にまったくそぐわない、一見して尊い創作物に溢れているのが見て取れます。この多幸感はもちろん西崎さんの醸し出す「ブンゲイ」の香りによるものと思われます。振り落とす、という作業がここまで可視化されるということが、逆に幸福な結実を生むであろうという逆説的なステージ、これは上記の如くのある種陰惨なところもある当方の記憶とは全く隔絶する文章の楽園です。楽園、というのはまあちょっと言い過ぎかな。世に見る各種の勝負が悔しくも愉しきものとなるのは、いつも奇跡的な事態ではあるかと思いますが。
さて、しかしながら編集者の心得として「物わかりのわるい読者」となって文章にゼロ位置から接することは変わりなく務めました。書かれたものの解釈において過剰に作者に肩入れはしませんが、このような心躍る体験を与えていただいた全てのファイターの創作力には、尊敬を込めて感謝いたします。ともかく、この美しい場を充実させたいという意志のもとに参加したのは確かですので、自らの経験をもとになんとか皆さんの成果を十全に見届けたい。そう考えています。


【Aグループ】

・「青紙」竹花一乃
デストピアもののリアリティあるアイデアは、もっぱらうっすらとした絶望とでもいうもので成立すると思われるが、そのようなニュアンスをうまく摑んでいるように思う。終わり方の処理は上手いが、絶望が乾いた印象のものではあっても、主人公の中にもう少し印象的な深淵を見せればさらに良かったのではないか。
・「浅田と下田」阿部2 
現在の文芸創作の一局面においては、まさに本作のような作品世界を自然に手繰り寄せられるかどうかが勝負となっているとも言える。ある意味そのお手本のような一作。さり気なさが秀逸な筆致。置き去った自分のかけらの成長を改めて読んでみたいと思わされる。
・「新しい生活」十波一
他の短歌・俳句勢の方々も同様の印象を繰り返さざるを得ないのだが、小説に挟まれてこのようなトーナメントを勝ち抜くのは、定めとは言えもとよりハンデがあるのはむろん否めない。それを承知で小説勢を刺す覚悟、一閃の光のようなものが感じられる。短詩型のみが為し得るのびのびとした視点の転換の自由と、軽いユーモアが知性を感じさせ、まことに好ましい。
・「兄を守る」峯岸可弥
ファンタジー仕立ての世界に引き込む手腕に、二人称の語りともどもまったくわざとらしい作為がない。喪失の痛みというものは永遠に文芸のテーマとされ続けるだろうが、この道具立てでそれを提示して見せるのには感服する。最後の一種の逆転も印象的に成功しており、このようなポイントがお話を構築させる最終要素だということをわきまえた扱いになっている。
・「孵るの子」笛宮ヱリ子
幼さを主体とした語りは容易なようで難しく、作者の姿が覗き見えてしまいがちだが、危ういところで回避されており、全体に統一された描写の繊細さが光る。テーマや文体としてはもちろん先行作で語り尽くされ、試みられた感のあるものだが、ここであえて挑戦した気概を買う。

「青紙」竹花一乃     3
「浅田と下田」阿部2    5*
「新しい生活」十波一   4
「兄を守る」峯岸可弥   5
「孵るの子」笛宮ヱリ子  4

【総評】
初っ端からこのようなかなり完成度の高い作品群、選択するのは困難極まりないが、勝ち抜けは阿部2「浅田と下田」、とする。完成度の高すぎる全員の手の内はわかった上で、この方は次に何を書くのかを見届けてみたい。この味はどう展開するのか。叱責されても仕方のない表現をあえてすれば、本グループにおいて、他の作者はあまりに上手いということは既にわかってしまった、とでも言うしかない。


【Bグループ】

・「今すぐ食べられたい」仲原佳
飄々としてユーモラス、春風駘蕩とでもいう筆致には好感が持てる。まことに楽しい。多少終わりに持っていく手付きが強引だが、最初の調子でそのまま纏めてしまった方が完成感の高い印象になったかと思える。
・「液体金属の背景 Chapter1」六〇五
実験的だけれどもサスペンスがある。確実に作者の世界に引き込まれる。アイデアを文章に定着させる腕と、世界観を説明するような態度は取らないという覚悟は窺える。それを理解し評価した上で、あえてやはり前後の部分のない生なストーリーを、もうちょっと読んでみたい。
・「えっちゃんの言う通り」首都大学留一
本作もユーモアの鎧に隠された一種のデストピアものだろう。確実に笑えるゆるい描写は細部の丁寧さに支えられていて、侮れない。話の成り行きである空間のムードが転換していくところなどは説得感がある。終末部、ある種の虚無感に満ちた描写には無常というか、諦観のようなものすら感じられる。単純な笑い話ではないものを読み取らせるのところには才気を感じる。
・「靴下とコスモス」馳平啓樹
シンプルで衒いのない文章が、内容が素直に読者に届く率直な筆致と照応して好感度を上げている。ミニマムな話を組み立てるお手本のような作。過去のエピソードと重ねるように描かれているが、ここを核として評価すべきと理解はできるものの、結局は語り手の内面を描く素朴な内容なのでそちらは省き、現在の生活と心象に集中した方がさらにこの味が深まったようにも思う。
・「カナメくんは死ぬ」乗金顕斗
この息継ぎのない文体実験のような書きっぷり、誰しも一度は憧れ、挑戦してみるもので──いや、私だけがそう思っているのかもしれないが──いずれにしろこの枚数制限の中でこの挑戦は無理なく見事に成就している。饒舌体に必然も感じられ、上々の仕上がり。最後のぐっと見栄を張るところ、ここの悲しみのニュアンスがもう少し強ければ、言うことはないように思う。

「今すぐ食べられたい」仲原佳       3
「液体金属の背景 Chapter1」六〇五    4*
「えっちゃんの言う通り」首都大学留一   4
「靴下とコスモス」馳平啓樹        3
「カナメくんは死ぬ」乗金顕斗       4

【総評】
寓話のようなストーリーと、実験的な文章がまとまったグループになったようでもある。実験であれば反証実験や追試も見てみたいのが人情というものだ。このテンションを保つことができるのならば、もっと高みを遠望することができる、そういう方が複数おられるので悩みに悩むが、当グループでは六〇五「液体金属の背景 Chapter1」を選ぶ。やはり、この先をどう戦うのか、さらにオリジナルなものが出てくるのかを見届けてみたいという思いからである。


【Cグループ】

・「おつきみ」和泉眞弓
小さな、いとけない存在に触れたことのある者だけが知っている真実があちこちに定着されている、ごくシンプルだが深い感情の揺らぎがみごとに定着されている。優しさと悲しさを作為に陥らず描くことができるのが作者の美質だということが見て取れる。呼びかける文体もわざとらしくなく、豊かで説得力あるもの。
・「神様」北野勇作
奇想に次ぐ奇想、宙ぶらりんで終わらせるのだがが、決して小説として中途半端ということではないのが憎いところ。しかし読めば読むほど実は何を読まされているのかわからなくなってくるというのも事実で、この乾いた奇妙な味は作者独特の境地だろう。平易な表現が真似できそうでいて、真似をすると全く見当外れの遠いところに落ちてしまうような。さすがの独自性を買う。
・「空華の日」今村空車
私は何を読まされているのか。完全に一本取られた。このような名状し難い感情が、時にそのようなものを狙って作られることもある漫画やアニメーションではなく、紛れもないこの短い文章からもたらされていることに感嘆する。私はしばらく笑いが止まらなかったのだが、これは喜怒哀楽を超えたものに出会った局面で仕方なく感情処理をせねばならぬ場合の笑いかもしれない。すました顔をしたプラクティカル・ジョークとして見てしまったが、全く見当違いなのかもしれない。そのような不安をも誘うところが見事。
・「叫び声」倉数茂
因果と応報が物語の始原のひとつではなかったか。強い印象を残す骨太な構造の一作だと思う。ゾッとするのだが、どこかにノスタルジックな柔らかさもある。まさに独自のセンスだろう。始まりと終末の円環、呼応するような話柄は俗っぽいとも言われかねないところだが、ここには手垢のついたお話を読まされるような感はまるでない。クールなエンディング。切れ味で始末し、うじうじと処理に拘泥しないところが良い。
・「聡子の帰国」小林かをる
人物造形が秀逸で、不愉快な、異常とも言える存在の強い印象がむくむくと読み手の内部に広がる。語り手の内面が語られないのも効果を上げている。文章の細部にところどころ気になる点や描写の目的がわかりにくい箇所が見られるので、もう少々ブラッシュアップの余地はあるかと思われる。しかしながら、それをものともしない強い印象を定着させている。登場人物に読み手が嫌悪や意見を持ってしまう、力のある作だと思う。

「おつきみ」和泉眞弓   4
「神様」北野勇作     5
「空華の日」今村空車   4
「叫び声」倉数茂     5*
「聡子の帰国」小林かをる 3

【総評】
力量ある書き手が安定感ある作品を並べ、またもや平凡ながらごく素朴に、難しい、としか言いようがない。他のグループとは多少基準を変え、次の手口はどうなるのか、ではなく、もう一度この安定した力を味わってみたい、それを他とぶつけてみたらどうなるのか、という興味で倉数茂「叫び声」を選ぶ。「神様」も対抗として捨て難いが、如何せんどうにも。まことにこれは辛いところ。


【Dグループ】

・「字虫」樋口恭介
奇想を語るにあたって慌てて読者に納得を強いるような性急さもなく、一見硬い論文調を装っているがゆとりある筆致で、心地よく独自の世界に誘う。すでにオリジナルな領域を持っているのが見て取れるのは安心して推せる有利な点。地中に本を埋めるエピソードが描かれる理由はいまひとつピンとこないが、そこも話のふくらみを見せるワンポイントか。ここは本作では検討点かとも思う。
・「世界で最後の公衆電話」原口陽一
冷たい空気感、雰囲気がある。アイデアは斬新とは言い難いが、読み進ませる力がある。新聞報道という大々的な話とごくパーソナルなエピソードとの整合性に多少疑問点があることと、人称の使い方に小さなケアレスミスが見えることを除けば、残された「声」の印象で美しい落着点を描けている佳作である。
・「蕎麦屋で」飯野文彦
余裕の筆運び、心地よいリズム。終末部「よくないな」の一言が効いているが、それ以降の部分に何を見るかは解釈が分かれるだろう。おそらくこれは計算の内。鼻息の荒い作品群の中で作者独自の文章感覚はきわめて練達の感を見せるが、このムードと不可思議な結末部の一種の不整合感はさらに計算の内かと思わせる。そこに勝負を仕掛けた点は見事。
・「タイピング、タイピング」蜂本みさ
導入部はアイデア過剰に思える一歩手前で踏みとどまり、流れるような叙述は無理ない感情移入を誘って上手さを感じる。小手先でない小説を読んでいる実感が持てる点は高評価したい。ただし、本作はこの主人公の長い生活譚の一部のように思える。その先、で真の勝負があるような隔靴掻痒感もある。この文章のリズムではこの先を読みたくなるのが難しいところか。
・「短歌よむ千住」元弊社、花筏かな?
ブンゲイファイトクラブ、という枠組みに唯一疑問を感じたのはこの方の今回の一群の歌を拝読した折である。作者の才気は隠しようもないが、どうやってこのグループから勝ち抜けさせればよいというのか。ともかく、ここで埋もれさせるには惜しい存在感ある詠み手である。今回勝ち抜いてきた歌人のなかでは最も作為なく「歌のみが表現できる瞬間」を捉えているのではないか。

「字虫」樋口恭介           5*
「世界で最後の公衆電話」原口陽一   3
「蕎麦屋で」飯野文彦         4
「タイピング、タイピング」蜂本みさ  3
「短歌よむ千住」元弊社、花筏かな?  5

【総評】
上記したように、このようなトーナメントを設定した時点で当然ながら宿命のようなものが生じるが、とは言え「字虫」樋口恭介の優位は動かないように思える。要するに、次の戦いの「別の作戦」を見てみたいと思わせるのである。想像力の幅に対する期待である。「世界で最後の公衆電話」「蕎麦屋で」も無論捨て難いが、次の手を読むという欲求には至らず、満足してしまった。そういった意味では、「タイピング、タイピング」がむしろ続きを読んでみたいと思わせる。これはトーナメントの趣旨とは逸脱してしまうので、申し訳ない感想ではあるのだが。


【Eグループ】

・「いろんなて」大田陵史
シンプルなワンアイデアストーリーだが、そこに持っていく手並みは丁寧。本作は絵面が浮かぶところが生命かと思うが、そのように意識を起こさせておいて、ふっと笑えるユーモアに落着させるとことも嫌味がない。それ以上に世界を求めるのは酷だと思うが、このようなトーナメントではもう少し引っ掛かりが出るとさらに強かったかと思われる。
・「地球最後の日にだって僕らは謎を解いている」東風
トリックやその解決は特に問題ではなく、木星による重力変化という事象が多少戯画的なイメージで描かれるムードの方が大事なのだろう。そういった意味では良い読み物に仕上がっているが、その先に特に目指した境地が感じられないところがもったいないところか。センチメンタルな情感が盛られていればさらに読めるものに仕上がるだろう。
・「地層」白川小六
独特の読後感。うっすらとした未来感とユートピア感覚で、空間と時間の広がりを感じさせる物語が紡ぎ出されている。素朴な言い方だが、良いものを読んだという満足感がある。凝った道具立てがなくてもこのような話が組み立てられるというお手本かと思う。発想は一見地味だが、小説の筋肉を鍛えているのがよくわかる。
・「ヨーソロー」猫森夏希
多重に世界がループするというテーマ。話の筋立てには意外感はないが、語り口や運びには安定感もあるし、ムードも豊か。欲を言うなら、この文体があるなら、もう少し話に仕掛けを設けて膨らみがあれば万全であったか、と思う。
・「虹のむこうに」谷脇栗太
かなり複雑な意味が重ね合わされた、味読できる平行世界譚。「イヌ」もダブルミーニングが施されるし、思弁的な小説ではあるが可笑しみもある。多方向に読み応えあり。それでいて、この短さでほどよい。完成度が高い作品。

「いろんなて」大田陵史              3
「地球最後の日にだって僕らは謎を解いている」東風 3
「地層」白川小六                 5*
「ヨーソロー」猫森夏希              4
「虹のむこうに」谷脇栗太             5

【総評】
他にもまして選択に困難を極めるグループ。小説としてウェルメイドな作品が多く、点数ほどの差はない。「虹のむこうに」と「地層」を比較することになったが、この小説世界を勝ち抜けさせ他作とぶつけてみたいという感覚は白川作がわずかにまさった。「ヨーソロー」の味も当然ながら捨てがたいところだが、このストーリに多少の既視感があることについて引き算せざるを得なかった。


【Fグループ】

・「馬に似た愛」由々平秕
知的に構築されたパスティーシュ。このような手法をとると微かな遺漏が全体をぶちこわしかねないが、結末まで緩みがない。手法と内容の一致ぶりは見事と言うしかないが、冷静な運びの中にさらに奇妙なポイントがじわじわ広がってくるようなムードが出せれば、もう一段とこの種の話を読む手応えがあったかと思える。
・「どうぞ好きなだけ」今井みどり
きちんとしたお話を読んだという安心感がある。語られる材料は素朴な道具立てだが、しっかりストーリーがある。さりげない異物がいつのまにか世界を一変させ、軽んじていた者たちが復讐されるという古典的な話柄にも、いくらでも新たな切り口があるものだと実感させる。戦略のある手練れの作。
・「人魚姫の耳」こい瀬伊音
意表を突く展開。作者の中には確かな詩情があるが、それが後半部にこのようにつながるのかという驚きがある。これを歴史小説的な枠組みで見ると多少の瑕疵はあるが、この場合それは大きな問題ではないだろうと思わせる描写力がある。
・「ボウイシュ」一色胴元
様々な謎の提示。いや、謎しかない。展開と事実関係は読み取れるが、正直なところ私にはその奥の暗示的なものを読み取れない点が多い。ただし、ここに作者ならではの創作感覚があることは確実に感じられる。何作かを並行して見せてもらいたい作者。当方の勝手な印象だが、今回はこれが勝負の場であることが少々惜しい。
・「墓標」渋皮ヨロイ
奇想をリアリティにつなげる腕には読んでいて安心感を持てる。文章がしっかりしているので、このような材料を語っても無理がない。話の運びも味わいのあるものだが、最後の落着点がこれでよかったのか、もう一捻りがあれば、今回の他の奇想をもとにした作品にも勝てる骨太さが得られたかと思う。少々もったいないと思わざるを得ない。

「馬に似た愛」由々平秕       4
「どうぞ好きなだけ」今井みどり   5*
「人魚姫の耳」こい瀬伊音      3
「ボウイシュ」一色胴元       3
「墓標」渋皮ヨロイ         3

【総評】
才気で最終点まで突っ走る感のある書き手の中で、今井みどり「どうぞ好きなだけ」は少々地味な作にも見えるが、完成度の高さを買う。この手腕で、他グループから勝ち上がってきたスピード感ある書き手と組み合わせてみたいと思う。ここではその一点で選んだ。


【Gグループ】

・「ミッション」なかむらあゆみ
地力を感じさせる。皆が特に普段は口に出すことはない、ふと癖になってしまうあの中途半端な「ミッション」とでも呼ばざるを得ない行為をつまみ上げる手付きが繊細で、独自性を感じる。さらにその語り手の意識の内部の動きをしっかりした形にしてお話に乗せてしまう腕が秀逸。マイナスの感情を単にストレートに描写するのではなく、どこか世間離れした位置から、しかし冷静に描くところに注目した。会話部分が多いので、この分量では軽く見えてしまうのが惜しいところかと思う。
・「メイク・ビリーヴ」如実
ハイセンスなひとかたまり。全体でひとつの現代美術を見るような思いがする。あるいは、詩の核心を摑み取ってそのまま散文化したような。言葉そのものがテーマになっている、訴えるもののあるお話。孤独な話だが、実は依頼者との関係で成立しているお話になっているのが逆説的で興味深い。このスタイルのまま、他人と関わるストーリーが読んでみたい。
・「茶畑と絵画」岸波龍
まさに直球の歌であろう。作者の位置が明確になっているのが清々しい。おそらく他の文芸にはない、歌の独自の機能というものをよく摑んでいる作者。ある種の子供っぽさや投げつける感情の断片が素直に像を結ぶところが美質か。このまま、ストレートに溢れるほど自我の露出を大量に読んでみたいと思わされる。
・「ある書物が死ぬときに語ること」冬乃くじ
素朴に考えて、物語を書く、という作業には読む者の感情を何らかの方法で動かすことに大きな目的があると思うが、本作の廉潔な文体と簡素なストーリー、無駄なくその目的に向かう純粋さには好感が持てる。しかし言いがかりめいて気が引けるが、むしろ純粋すぎて、この種のストーリーが備えるべき陰影のような部分が多少薄く、語りが堂々とし過ぎているところが気になる点。
・「Echo」奈良原生織
概念谷、逆発電所、1行目からなかなかの語彙に撃ち抜かれる。よくおわかりで……と呟きながら読み進める。ジャンル感を前提とした作とも言えるが、おそらくこれは一発芸の類でなかろうことは全体の構成から読み取れる。生態系、というギリギリ、それこそ概念で文芸内に成立しているアイデアを買う。また「ネットフリックス」等の身近な固有名詞を使うのはおそらく意図あってのことだろうが、この場合必要であるかどうかは疑問なしとしない。

「ミッション」なかむらあゆみ        4
「メイク・ビリーヴ」如実          4
「茶畑と絵画」岸波龍            3 
「ある書物が死ぬときに語ること」冬乃くじ  5*
「Echo 」奈良原生織             4

【総評】
様々な様相の作品が集まり、安定感のある作が並ぶグループとなっている。当たり前だが、これはこれで難しい。「ミッション」の細やかな悪意の描写と語り手の存在感、「メイク・ビリーヴ」の分類しがたいが確固たる強さがともに捨てがたい印象である。特に「メイク・ビリーヴ」については次の手がどのように準備されているのかが気にはなるのである。が、ここは冬乃くじ「ある書物が死ぬときに語ること」のまことに素直な物語を展開させる力、お話を作ろうとする手付きを選び、上位での戦いを見てみたいと思う。


【Hグループ】

・「量産型魔法少女」佐々木倫
得も言われぬ安定感のある純文学。この短さの中でみごとに人間関係を映し出して、極めて手練なテクニックを感じる。登場人物各人の影が深く、描かれていない部分の余韻も深い。一瞬にして語り手への感情移入を誘う語り口は見事。世界が閉塞感で終りを迎えず、小さな光を灯しているのが本作の小説としての良質な構えを持ったところだろう。あからさまなタイトルと内容の違和感も、すでに計算のうちかと思われる。         
・「PADS」久永実木彦
アイデアをストーリーに定着させる落着点が冷静に見極められている。あざといとさえ言えるこのアイデアだが、単なる思いつきのようにそれだけが突出したメモにはなっていない。あっさりした文体、抑えめの筆運びにもかかわらず、奇想をそのまま泣かせるところに持っていく。練達の腕を感じさせる。おそらくこの書き手に対してはただ思うところを書いてもらえばよいだけで、完成されている個性にさらに注文するところはない。
・「voice(s)」蕪木Q平
文章のドライブ感が力強い。このような構成は得てしてどことなく息切れするポイントがあるものだが、みごとに突っ走って落着している。一筆書きの才気には感服する。このスケールでのみ充実するタイプの書き手なのでは、というおそれも当然あるが、ここまでの統一された饒舌体の選択は背景の文章力あってのことだろう。鉤括弧の装飾も失敗した場合は恥ずかしい気取りに過ぎないものにしか見えないだろうが、この場合は効果として意味あるものとして納得できる。
・「ワイルドピッチ」海乃凧
独自の長めの文体が描写するシーンと話者のキャラクターとよく合っている。情景は細かく浮かぶし、描写力もあるので、さらに具体的なストーリーが見えてくるとすばらしく完成度が上がるのではないか。
・「盗まれた碑文」吉美駿一郎
話が美しくスタイリッシュで、ある種の陶酔感を誘う。幻想味を具体的なお話に定着させる狙いは成功しているが、神聖文字の見つかる細部の段取りがうまく整理されていない印象もある。この部分が簡明にわかりやすくなっているとさらに良かったと思う。このような高踏的な幻想味を味わうには文章がところどころ荒いところも見受けられる。今後の改良点のように思われる。

・「量産型魔法少女」佐々木倫   5
・「PADS」久永実木彦       5
・「voice(s)」蕪木Q平     5
・「ワイルドピッチ」海乃凧    3
・「盗まれた碑文」吉美駿一郎   5*

【総評】
最後に異様な点数となってしまったが、やむを得ない。ここに至って多少、他のジャッジにも下駄を預けざるを得ないような気分である。「量産型魔法少女」は小説としてこれ以上の長さであっても戦える強度だが、他の短距離走の勝者と戦えるかどうかと考え込む。「PADS」のあっさりとしているが簡明な絵柄の強い印象、「voice(s)」の文章の才気走った強さ、拮抗してまことに苦しいが、全てを飲み込んで、注文は多いが吉美駿一郎「盗まれた碑文」の作り込まれた世界観をここでは選んでみようと思う。難しいが、次に良い戦いが期待できるだろう。

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