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小説『緑の魔女』

1月2日。
平和な街、テルエルメロス。
 街中が一年の再来に心躍らせていた。街はお祭り騒ぎに包まれていた。
 そんななか、福袋を売ることに、デパートの店員はいそしんでいた。
「もうすぐ開店の時間だ!皆さまに福袋と笑顔をご用意して!」
「福がどうか皆様に当たりますように!」
店員がそんなことを言いながら、門を開けようとする。
一方、外ではたくさんのお客様が、今か今かと開店を待ち望んでいた。
ところが。
「皆様、大変申し訳ございません!わがデパートの福袋が何者かに盗まれました!どうかそのことご了承願います!福袋をお買いに来られた方は、誠に残念ですがお諦めください!」
福袋を乗せていた移動台には、もう何も乗っていなかった。
ただ一つ、「夢をいただきました 緑の魔女」というカードを残して。

1月3日。
「おお、来たか」
 平和な街だった、テルエルメロスに、バスは降り立った。
 そこのバカラ刑事と共に、今回の怪盗騒ぎの解決に乗り出すのであった。
「この地域の事件を取り扱うことになった、バカラ刑事だ。よろしく頼む」
「バスです。しろがくの准教授をしております」
「今回は君のような優秀な人材に来てもらった。ほかでもない。例の怪盗騒ぎを鎮めるために一役買ってほしい。期待している」
「わかりました。ご期待に添えるよう、なるべく頑張ります」
現場に来る刑事とバス。現場で受けた報告でも、福袋がごっそりとなくなっているようだった。
「何かわかりますか」
「緑の魔女という人。本当に女性なんでしょうか」
「と言いますと?」
「福袋が全部運び出されている。犯行前夜、車の往来はなかったと見聞係より報告を受けています」
「それが何か?」
「どうやってこれだけの福袋を運んだのでしょうか。一気に持って行ったのか、少しずつ分けて急いで盗んだのか。どちらにしてもかなりの重労働です」
「なるほど。犯人は男だと思われる理由はそれですか」
「いや、男でも不自然なんですがね。これだけの福袋だと、男性でも持ち出しは難しい。ただ、女性よりは考えられるという意味です」
「なるほど」
「あと盗まれたものは?」
「あとは、キャンディだ」
「飴ですか」
「なぜ飴なのか。私たちもよくわからないのだ」
「飴を持っていく目的は何か。こんな大量に」
「配りでもするつもりか?」
「もしかしたら孤児院などに配るつもりかもしれません」
「よし。この地域の孤児院や幼稚園などをあたって、めぼしい人物を探してくれ」
「はっ」
「バカラ刑事」
「なんだ?」
「こんなものが、先ほど見つかりました」
「ん?」
「ポストカードですね」
「緑色だな。『バレンタインに、街の真ん中の星をいただきにまいります』だと!?」
「街の真ん中の星、ですか」
「何のことだ?」
謎が深まるばかりの三が日であった。
カラスが一声鳴いた。夕方だ。カラスはそのままバサッバサッと警察の上を旋回し、どこかへ消えていった。

2月3日。
バスはこの街に滞在している。怪盗の件でバカラにいてほしいと頼まれたからだ。
そして町の中心を行ったり来たりしていた。
「やっぱりここしか考えられない」
 そう言って、とある別のデパートの看板を見た。
 True Hope。その文字の右端には、大きな流れ星がロゴとして電光掲示板になっていた。
 なんとなく電光掲示板を見つめる。でも、どこにも持っていけそうな気配はない。
 緑の魔女は、どうやってこれを運ぶつもりなのか?
 やはり違うかもしれない。そんなこと可能だとは思えない。
 しかし、これ以外に星は見当たらない。
 もう一度洗いなおすか。そう思った時だった。
 どん、とぶつかってきた黒装束の女性がいた。
「あ、すみません」
「大丈夫ですよ。そちらは?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう言うと、公園に入っていく。そこで豆をまき始めた。なんとなしに見ていたバスは、そこに無数の鳥がやってくるのを見て、眼を疑った。なんだ、あの女性は、鳥にモテモテじゃないか。世の中は面白いことが転がっているものだ。
また、バスは目を星に戻す。
バスは思った。面白いことが起きるのかもしれない。この怪盗のやり口が面白いのなら、きっと何か起きるはずだ。そうでないのなら、それは大した怪盗ではないのだから、賭けてみるのもいいかもしれない。
バスは、バカラに魔法電話をかけた。

2月14日。
「緑の魔女は来るのか?」
バカラはそう言ってバスの様子をうかがった。
「来ると思います。これしかもうあり得ません」
バスはそう言った。
「電光掲示板なんかどうするんだ?」
「わかりません。何かしたいことがあるのでしょう」
深夜になる。あらゆる角度から警備が成されていた。
 時計の長針と短針と秒針が鉢合わせした時だった。
「わわわぁ!」
 警察官が一人、緑の装束の何物かに担がれていた。
 気を付けて持てよというように、勢いをつけて、その担いだ警察官をバスの方に放った。
「わわわ!」
バスはそれを抱えて一緒に倒れるのが精いっぱいだった。
警察官が一人、電光掲示板の上を警備していたのを担いで放ったので、星が無防備になる。
そのあと、緑の装束、もとい、緑の魔女なる者は、驚きの行動に出た!
星を無理やりむしるように担ぎ上げると、そのまま飛び降りたのだ!
「捕まえろ!相手は一人だ!全員でかかれば捕まえられる!」
バカラがそう言い放つ。
しかし、すごい立ち回りで警察官を次々に、緑の魔女はなぎ倒していった!
「なんて力だ……」
あっけにとられるバカラをよそに、まんまと緑の魔女は逃げおおせた。後に残ったのは、壊れた電光掲示板と、倒れてどうするか困っているバスと、あっけにとられているバカラ、警察官だけだった。

 2月15日。
「やられたな」
 バカラが悔しそうに顔をしかめながらそう言った。
「どうやってあんなことを……」
 バスもちょっと困惑気味だ。あんな力があったらとてもじゃないが対応しきれなかったのは当然だった。
 よく考えてみれば最初の事件からもうおかしかったのだ。大量の福袋をどうやって持って行ったのか、もう少しよく考えるべきだった。いや、考えても、あんな事態は分からなかっただろうが。
「あの力、何とか対応しないと次の事件を招くことになるぞ」
バカラは焦っていた。自分の進退に関わる事態になってしまったことを非常に悔やんでいた。
「それで思ったのですが、あれは明らかに人の所業ではありません。何か魔法を使ったのではないでしょうか」
 そうバスはバカラに問いかける。
「魔法?どんな魔法だ?あんな強化魔法見たことがないぞ」
「何か強力なマジックアイテムだと考えられないでしょうか。あるいは強力な魔術師の線もありますが、今はそんな人いませんし」
「魔法道具か……。そういえば、昔私が着任する前に、ここで盗難事件が起きてな」
「盗難……魔法道具のでしょうか」
「そうなんだ。確か盗まれた道具の名前は……エメラルドの眼鏡」
「そのエメラルドの眼鏡はどういう……」
「わからん。魔法の効力が難しくて解析できないんだ。というか、ここの伝統ある魔法道具だったからな、解析を許してもらえなかった」
「ふむ」
「はた目からは何が起きているかわからないんだ。ただ、気分が良くなったケースがいくらか存在する」
「こちらの警備の手薄なところをついたのも気になります」
「もしかしたら内通者かもしれん。それはこちらで洗っておこう」

 3月3日。
 公園で、バスはカラスがこちらを見つめているのを見た。
「どうしました?カラスさん、こちらへおいで」
 そう言う黒の装束の人間は、豆をまいた。しかしカラスは、ぴょんぴょんと跳んでどこかへ行ってしまった。
「前にもお会いしましたね」
「あら、あの時ぶつかった……」
そう言うと、黒装束はその装束を脱いだ。中からは丸い眼鏡の三つ編みの女性が現れた。
「ツァイと申します。あの時はごめんなさいね。豆まきを早くしたかったものですから」
「いえ、全然。大丈夫ですよ」
「あられ食べます?美味しいですよ」
「いただきます」
ベンチに座ると、二人はあられを食べだした。カリカリしたそのお菓子は、歯の圧迫に負けるかと頑張ると、二人のストレスをいやした。美味しい。こんなにおいしいものは、いつもできれば食べていたいものだと思った。
「いつもここで鳥たちに豆をやっているんですか?」
「ええ。それが趣味みたいなものですわ」
「ずいぶん変わった趣味ですね」
「あとは詩とか」
「詩。ずいぶんと知的ですね」
「いえいえ。大したものは作れませんのよ」
そう言うと、ノートを鞄から取り出して、バスに見せてくれた。

待って待って もう時間が来てしまう
私の王子さまは来なかった
せめて私は 赤いおじいさんを待って
一緒に暮らすことにしよう

奇妙な詩だ。不思議な詩を作って時間を過ごしているようだ。
「さ、豆もまいたし、今日は素敵な男性にもお声をかけてもらったわ」
「もう行くんですか?」
「ええ。楽しかった日は、帰って日記の代わりに詩を」
「そうですか。いい詩が書けるといいですね」
そう言うと、バスはツァイを見送った。

 4月23日
 またあのカラスが来ていた。いつもバスの周りをうろついている。バスはカラスに近寄ろうとすると、カラスは逃げていった。刑事のバカラが来たのだ。
「また緑の魔女から挑戦状が来ている」
 そうバカラは言うと、バスにカードをよこしてきた。不器用そうに受け取るバス。
「今度は何を?」
「わからん。知恵の実のなる木を。それも一番大きな。そうある」
「ほう。そんなもの隠せますかね」
「奴は魔法を使うと踏んでいるんだろう?きっと魔法で隠すに違いない」
「まあ、そう思いますよね」
「いったい何のことだと思う」
「別に大したことではないのでは。要するにあれです」
そう言うと、バスはそこの家に成るリンゴを指さした。
「リンゴ?」
「西の国では、知恵の実とはリンゴのことを指すと言われています」
「そう言えば、そうだったな」
「一番大きいリンゴの木とは、どこですか?」
「わからん。警察で調べるほかあるまいな」
「お願いしますね」
「やれやれ。私は面倒くさいよ。この一件が」
「次こそ捕まえましょう。バカラさん」
「なんだ?」
「せっかくだから、おごらせてください」
「ん、うん……」
おごってもらえると聞いて、バカラは気をよくしたようだ。
 カラスはまだ、二人を遠くから見ていた。

 5月5日
「鯉美味しかったですね」
「あんなにうまいものだとは思わなかったな」
「ここの公園の木で、間違いないんですね?」
「ああ、間違いない。ここのが一番大きなリンゴの木だ」
 バスとバカラはそんな話し合いをしていた。
 今度こそ、緑の魔女を捕まえなくてはならない。その気力で、二人はリンゴの木を見ていた。
 深夜0時という刻限が迫る。そのとき、バカラは急にそわそわし出した。
「すまん。バス。後を頼めるか。私はちょっと用事を思い出した」
「え!?」
「数分だけ抜ける。これだけの警備だから、たぶん大丈夫だろう。どうしても、頼む」
「数分ならまだ刻限にはなりませんが……大丈夫ですよね?」
「急ぐので……すまん!」
そう言うと、バカラはどこかへ行ってしまった。
あらあら。バスはどこか他人事のようにそう思って、刻限を待った。
無理もない。厳重な警備が敷かれて、リンゴの木は周囲を全く包囲されていた。これではあの怪力で引っこ抜いているうちに捕まるのがオチだ。
しかし、刻限が来て、バスは度肝を抜かれることになる。
なんと、リンゴの木の生えていた床が。
どーーーーーーーーーーん!
と抜けたのだ!
「なあ!?」
気付いた時には、地中に大きな穴が開いていて、リンゴの木は実一つ残っていなかった。
バカラが戻ってきた時には、もう泣いている警察官がたむろしているにすぎなかった。

7月7日
天の川が出てきた。夜、バスは星を見に外に出た。すると、黒装束眼鏡の女性、ツァイが星空を見ていた。
「天の川は銀河のうち星の密度の濃い箇所がそう見えるらしいですね」
「まあ、博識でいらっしゃいますね」
「銀河は広いです。我々の世界なんか、銀河に比べれば小さくてみっともないくらいだ」
「……そうかもしれませんね」
「?」
「私たちの生きている世界は、戦争がなくなりませんし。戦争までいかないところでも、いがみ合いや、やっかみなどが沢山あって……。銀河の裁定でも、そのうち下るんでしょうね。隕石がいずれ落ちてきて、私たちの星は木っ端みじんになってしまうんでしょう。私たちは、罪深い種族です」
「……。ツァイさんがどういうつもりでそれを言ったのか、私にはわかりかねますが、私たちは、そんなに悪くないと思いますよ。自然界の荒波にもまれた結果、戦う心を勝ち取った私たちは、それの力に飲まれているのですよ。きちんと使う術もわからないうちからナイフを持たされた子供のように、よたよたしながらあちらの木に刺したり、こちらの地面にたたきつけたり。でも、そうやっているうちに、だんだんわかってくると思うんです。人はそのうち平和の手段を勝ち取りますよ」
 ツァイはそこまで聞くと、少し晴れやかな気分でベンチを立った。
「バスさんにもっと早くお会いしたかったわ。なんか希望をもらった気がします」
すぐにツァイは姿を後にした。バスは夜空をまだ見続けていた。

7月15日。
夏が始まった時、バカラは気落ちしてろくに外に出てこれなくなった。
バカラががっくり来るのも無理はない。刻限に間に合わなかったバカラは、警視総監にこっぴどく大目玉を食らっていた。盗まれたのは自分の落ち度とは呼び難いが、刻限に現場の監督がいなかったのは失態だといちゃもんを付けてきたのだ。しかし、気が真面目なバカラはこれをもろに食らっていた。
「バカラさん!スイカ持ってきました!」
そうやって、もう何度もバカラのところまで来ているバスだった。そりゃ心配でならない。バカラとはもう半年も一緒にやっているのだから。
「うちのバカラがすみません。やっぱり会いたくないって」
母親が出てきて対処する始末である。
バスは思った。バカラさんって、意外と拗ねるタイプの人なんだ。
「お母さま。バカラさんの趣味をご存じですよね?」
こうなりゃ最終手段だ。バカラの好きなものを明かしていっしょに付き合ってやろう。そうバスは思った。
「ええ、知っていますよ」
「お教え願えませんか」
「フェンシングです」

「もう一丁!」
「もう……勘弁……」
「ほら!そんな弱腰だと女の子にもてないぞ!」
ヘロヘロになりながらバカラの相手をするバス。もちろん、バスは基礎的なフェンシングは練習したが、そんなにうまいものではない。すぐにいなされ、かわされ、痛めつけられてしまった。
「かんべんねがいます」
「仕方ないな……一回休憩だ」
そう言うと、バカラは水の補給に入った。
「やっと話しできますね」
「話などない」
「そんなこと言わないでくださいよ。あの時は私もびっくりしましたよ」
「……話したくない……」
「穴が開いて、リンゴの木がごっそりと」
「聞きたくなあい!」
「あれは、地下にトンネルを掘っていたんですね。あまりに深いので、追跡はできませんでしたが、あれだけ大きい穴です。遠くまで入っていないと思い、近くを探索しました」
「それがどうした!何もなかったではないか!」
「結構遠くまで見に行ったんですよ。近くの空き地に埋めなおした跡が」
「何!?」
それが何を意味するか、わからないバカラではなかった。何か痕跡があるかもしれないことくらいはわかる。
「何が!何があった!」
「ちょっと、落ち着いてくださいよ……」
「……すまなかった。君は優秀な学者だな。教えてくれ」
「はい。緑の装束が汚れて置いてありました。ただ、多分ここに痕跡は残っていないかと。全力で鑑定をしていますが、そもそもこんなものに痕跡を残すわけがないので。多分自分がやったという自己顕示欲の表れだと思われます」
「それで?他には」
「はい。特になかったのですが、ただ、魔法の使った様子が残っていまして」
「やはり魔法だったのか」
「ええ。そのようです」
「よし……これで一歩前進だ。相手は魔術師か何かか?」
「いやあ、そこまでは何とも……」
「なんという魔法を使っていたんだ?それはわからないのか?」
「それなんですけど……どうやら強化魔法のようで」
「またか!あいつは穴を自力で掘ったのか!」
「そのようです」
「前に出たときも強化魔法。今回も強化魔法!あいつは馬鹿か!一つ覚えのように強化魔法強化魔法……」
「なぜなんでしょうね。ほかに手段はいくらでも同じ方法であったはずなのに」
「下らん魔法なんぞ使いおって!許せん!今度こそハヤニエにしてくれる!」
そう言うと、バカラは振り回していたフェンシングをこの道場の板につきたてた。板はぱっかりときれいに割れた。
「いくぞ!もう一度周辺の洗い直しだ!」
「え?これから?もう疲れた……」
その後、地獄のように周辺の聞き込みをしたバカラとバスであった。

 8月11日。
 刑事のバカラは、カラスにちゅっちゅっと声をかけた。ずっと後をのこのことついてきていたからだ。かあとカラスはお辞儀をすると、バカラは可愛らしい顔でにやけた。
「何やっているんですか?」
 バスが声をかけると、びくっとして、バカラは恐る恐るバスの方を向いた。
「別にカラスの声をかけても、犯罪ではないですよ」
「すまん。誰にも言わないでくれ」
「いや、言いませんよ」
「お願い。誰にも言わないで」
そう言うメリッサの眼は、少女漫画に出てきた姫の思わずすがるそれに近かった。
しかし、それをさらりとかわし、バスは本題に入った。
「この前来た挑戦状の件ですが」
「ん?あ、ああ。高級靴下12足の件な。すでに手は打ってある」
「『最近足が寒くて仕方がない。それをぬくむ方法をいただく』ですってね」
「やつめ。人をどこまでコケにすれば気が済むのだ」
「よく靴下の情報なんか手に入りましたね」
「女子力は私にだって、あるぞ」
「疑っていませんよそれは」
「今度こそ星を捕まえるぞ!」
「おう!」
バスもそう答えるしかなかった。まだバカラの首の皮がつながっていることに、バスは感心していたのだ。よほど信頼されているとしか思えなかった。
 バカラの本名は、メリッサ=ヴィータ。れっきとした敏腕女性刑事である。

 9月22日。
「靴下の配置は大丈夫か?」
「はい!建物のあらゆる部屋に片足ずつ隠しました!」
「ようし」
「これなら時間が稼げるでしょう」
「賢いな、バス准教授は」
「力技では今度こそ無理ですよ」
 バスたちは、大きなホテルを貸し切って、靴下を12足×2片方=24片足に分け、警備を試みた。
「さあ、いつでも出てこい、緑の魔女」
「今度こそお縄につかせるぞ」
刻限の0時になった。
……。
なにやらホテルの正面から入ってくる人影がある。警備する警察官を次々ちぎっては投げているようだ。
「来たか。各員配置につけ!」
「はい!」
警察官は各部屋に二人ずつ配置についた。バスとバカラもペアで片足の警備をした。
と。
「バカラ殿!わあわあという声と共に、各部屋から警察官がなぎ倒されて、部屋の外に放り出されているようすです!」
「何!?」
「あの数をなぎ倒していっている?」
「しかも秒で靴下のありかを見つけている模様です!」
そう言うと、次の伝言を警察官幹部は聞いた。
「もうこの階に向かっている模様です!この部屋が最後の部屋!突破されたら終わりです!」
「出るぞ、バス」
「はい」
二人はレイピアを構えた。
警察官幹部が部屋のドアの前で配置につこうとしたときだった。
ばあん!
ドアが蹴破られ、幹部はあっという間にドアの下敷きになった。
「ぐええ……」
それが幹部の最後のセリフだった。
二人して一気に攻めかかる!
かきぃん!
バスのレイピアをあっという間に緑の魔女はぶんどった!
「あれ?」
「こちらが本体だ、緑の魔女!」
バカラはレイピアをぶんぶんと振ると、しかと緑の魔女と対峙した。
きぃん!かきぃんかきぃん!
いい勝負だ!いや、少しだけバカラが押している!
「取った!」
レイピアを肩に差し込もうとした、その時!
そばにあったクローゼットをぐいとつかんで、緑の魔女はバカラにたたきつけた!
「うわあ!」
倒れそうになるバカラ。
「危ない!」
それを間一髪で助けるバス!
ぎりぎりクローゼットの下敷きにならずに済んだ……。
呆然としているすきに、バカラのポケットから靴下を拝借する緑の魔女だった。
敵は去った。すべての靴下を奪って。

 10月10日。
「先の事件の分析が終わりました」
「うむ……」
バカラはまた、何かしおらしくなってしまった。
もう、何度も怪盗を逃がしてしまっている。次やったらクビだ。そう上司に言われた。慕ってくれる部下のためにも、今辞めるわけにはいかないのに。
「バカラさん。気を確かに持ってください。今回は有益な情報があります。まず内通者の線は消えました」
「……本当か」
「はい。あの時、緑の魔女は、すべての部屋の警察官を倒していきました」
「うむ」
「つまり、おそらく『彼女』は、『どの部屋に靴下があるかまではわからなかった』ということになります」
「……ということは……」
「内通者の言葉に乗じて犯行を行ったのなら、すべての部屋を探すという行為は不適切なものです」
「なるほど」
「次に、彼女はおそらく本当に女性です」
「なぜわかる」
「クローゼットを倒した時です」
「うむ」
「クローゼットを倒した時、力の入れ方が不自然でした。あれは普段力を入れていない人間の力の入れ方です。つまり女性の可能性が極めて高い」
「おお。半分の人間に星が絞られたな!」
「そうです!そして彼女は恐らく、目視で靴下を見つけていた」
「また強化魔法か!」
「そうです。おそらく強化魔法しか使えません。ということは……」
「マジックアイテムの可能性がある!」
「そうです!だとすると、エメラルドの眼鏡の線が浮かんできます」
「おお!おお!」
「わたくし、一生懸命調べました。エメラルドの眼鏡は強化魔法のマジックアイテムである可能性が高いです!老人の初級魔術師が眼鏡をかけて力こぶを作ったというケースがあったそうです」
「そうか!それで?」
「友人の今、バカンスに行っている、魔法探知をパソコンでできるウィトーに頼んで、魔力探知しました。具体的なデータに基づいて、魔力を色分けしました」
「それで!?」
「100%の確率で、やつの魔力はこの街の中だけにあります!」
「街の住人の半分を調べれば……」
「きっとリンゴの木を隠し切れないはずです!」
「よし!すぐにリンゴの木を探せ!遠くに運んでいたと思ったら、まだ街の中だったとは!よし!やる気でてきたぞ!」
そして、リンゴの木を探す人海戦術の火蓋が、切って落とされたのでした。

 11月3日。
「もうすぐ、リンゴの木の探索が終わるんだが……」
「はい」
「一向に出てくる気配がない」
「え?」
「しかし、バス。ありがとう。最後に希望を、君は見せてくれた」
「そんな、まだ終わっていないんでしょ?もしかしたら……」
「もう、いいんだ」
「……」
「最後に私のわがままを聞いてくれるか?」
「最後ではないと思いますけど……なんですか?」
「その、一緒に、スケートリンクに行ってくれないか?ちょっと早いが、もうやっているらしいから……」
 ぎくっとさすがにバスもした。これは……。

 11月23日。
「ゆっくりだぞ。ゆっくり……」
わたわたしているバカラ、もとい、メリッサを引っ張って、スケートリンクの端を歩かせていたバスがいた。
一通り慣れてきてすべり終わると、メリッサはアイスクリームを所望した。こんな寒い中そんなもの食べなくてもいいだろうとバスは思ったが、一応彼女の「最後の」頼みなので、買って持ってきた。
「ありがとう!バス!……んんっ、おいしい!」
とても笑顔が今日の日のように晴れやかなメリッサ。そんなメリッサを見て、バスは、とりあえず元気そうでよかったと思っていた。
あれ?あの影は……。
黒装束の女性を見かけると、バスは屈託なく声をかけた。メリッサは嫉妬していたが、紹介すると、一応紳士(メリッサが、である)に対応してくれた。
「滑らないんですか?」
「ちょっと、手首をひねってしまって」
「どれどれ」
「いえ、左の手首なんですけど……」
「あ、そうなんだ」
「多分、大丈夫です」
「今日は何をしに?」
「この近くに、ストーンサークルがありますでしょ?」
「ええ」
「そのパワースポットに行くと、時を司れると聞きまして、未来の平和を願いに」
「ふうん」
「バス!今日は私のために!」
バカラが文句を言った。
「わかりましたわかりました。また、ツァイさん」
「はい!また!」
すると、カラスが出てきて、かあと鳴いて、二人の間のへりに留まった。
「今日はカラスさん」
「ご存じなんですか?このカラス」
「ええ、よく知っていますよ。では」
バスは、ツァイのことをいつまでも後ろから見ていた。
もちろん、メリッサにその後、食事まで付き合わされた。

 12月24日。
 バスはストーンサークルまで来ていた。
「やっぱりあなたが犯人でしたか」
静かにエメラルドの眼鏡が光る。
「ツァイさん」
「なぜ、あなたがここに?バスさん」
「あなたは、左の手首をひねったと言っていた。クローゼットを持った手は左手でした。そこでカラスにあなたの様子を追わせたのです」
「そう。あのカラスちゃん、敵だったのね」
「でも、わかりません。リンゴの木はどこへ?」
「それは今お見せします」
 すると、空間がゆがむような感覚を受け……。

7月7日。
バスは暑い夏にやってきた。
「ここは、来年の七夕です」
「なるほど、時間転移か。ストーンサークルの」
「正確には、そういうふうに見せているのです。このエメラルドの眼鏡とストーンサークルをもってすれば、造作もないこと。隠していたリンゴの木はあそこです」
「今までの道具を使えば、クリスマスツリーができますね」
「一つ足りません」
「なんですって?」
「モールが足りません。私はモールを、この七夕の天の川を使って作ります」
そういうと、エメラルドの眼鏡は大きなはさみに。
おおきなはさみに!なって!天の川を!
ちょっきんと……!
かあ!かあ!

 12月24日。
「よくやった!ノワール!」
 バスはカラスの名を呼んだ。カラスのノワールはツァイの邪魔をして、鋏を地に落としたのだ。
「くっ、邪魔しないで!私はおじいさまと一緒に天国に行くの!」
「そんなことしないでください」
そう言って、バスは手を伸ばした。
「だめ。私は何も感じ取れない」
「手を取りたくなったはずです」
「……あ」
「手を取りたくなったのは、あなたですよ」
そう言うと、元に戻ったエメラルドの眼鏡が光った!
どくん。
動かない心臓が、跳ね上がって、ツァイは動揺した。
そして、次の瞬間、喜んだ。
「私の心が……。今のって……」
「おめでとう、ツァイさん。私が、あなたの初めての友達です!」
「バスさん……」

 12月31日。
「お別れだな」
バカラは無事首の皮一枚つながった。
「よかったですね。まだ、結婚は早いかな?」
「茶化すなよ」
「ふふ、すみません」
「君と仕事できて、とても楽しかった」
「私もです」
「そうか?……また、会えないかな」
「また、会えますよ」
そう言って、バスは旅立った。自分の街で正月は迎えられそうだ。

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