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何を選択しないかを決める

こんにちは。ピヨッペです。あらゆる場面における選択の話をします。

何か一つを選択した時

私たちは、複数ある選択肢の中から何かを選択したときに、それ以外を選択しなかったと言い換えることが出来ると思います。何かを選択するということは、何を選択しないかを明確に決めることです。何かを選択した際には、捨てなければならない選択が必ず生まれます。

優先順位を決めたい

その場、その都度によって、自分は何を優先するべきかを考えていきたいです。これも言い換えれば、何を優先しなくていいかを考えることになります。現時点で選択の為のノイズになるものや不必要なものを極力切り捨てていくモノサシを持って推し測る感覚が重要なのではないかと思います。

具体的な話

ここまで抽象的な話しかせずに来たので、私の実体験をお話ししようと思います。私は副業のアルバイトで子供と密接に関わる職に就いています。勤務中において、私の行動基準になる評価軸は少なくとも4つ在ります。まず、職員からの目線、次に子供からの目線、3つ目が保護者の目線、そして自分は何がしたいのかの4つの目線で見て、どの立場に立って行動をすれば良いかを考える必要があります。職員から良きアルバイターだと思われようとすれば、子供に対して注意をする事が増え、結果的に子供からの評価は下がります。逆に子供から良き人間であると評価を得ようとすると、甘やかしてしまう為に職員からの評価が下がり、場合によっては保護者からの評価も下がります。その様な客観的評価を気にしなければならない状況において、私がしたいことって“誰にも嫌われない行動をとりたい“なんですよね。これって多分無理で、嫌われるまで評価が落ちないにしろ十中八九誰かからは疎まれはします。人の数だけ主観があって価値観が違うのだから当然のことです。であれば、自分にとって特にならない評価を下してくる存在を見て見ぬふりをしたいですよね。自分がやりたい選択肢を選んだ時、それ以外の選択肢を蔑ろにするという感覚をあらかじめ分かっていれば、仮にめちゃくちゃ嫌われたって割と納得感が得られる様に思えます。何を選んだところで、何かの選択肢を捨ててるという感覚さえ持っていれば、感情を予想以上に揺さぶられることもないのではないかと思います。

決断という文字

選択とは、言わば決断です。この文字の構成って、”決める“と”断つ“ですよね。何かを断ち切って、決めて生きていく覚悟を持って生きていきましょうよというご提案をさせていただきたく思います。


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