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密航留学生「長州ファイブ」を追って/宮地ゆう/2005/★★★☆☆

慶應SFC→朝日新聞社→コロンビア大学を経て、40歳でサンフランシスコ支局長の宮地ゆう氏の取材本。日本の危機に際してイギリスに密航した5人の足跡をイギリスでたどった取材の日々を記している。わずか150年前本当に日本からこの5人がイギリスに行っていたのだ、ベンチマークの薩摩藩16人もイギリスに渡航している影も感じることがでる、とても生々しい一冊です。司馬遼太郎など、明治維新の他の作品と一緒に読むと立体感が出ます。

▼おすすめのヒト
・組織長
・リーダーシップを発揮したい方

▼印象的なコト
・「密航して西欧文明の科学技術や軍事技術を学び、帰国して攘夷を成し遂げる」という計画を打ち明ける
・機械を買うだけでは不十分と、香港にいた外国人の技術者も一緒に雇うことになった。造幣局の記録では、明治4年の職員数は事務職員55人、職工157人、外国人8人。(省略)外国人の技術者は桁違いの高級どりだった。
・井上から経営譲渡された岩崎久弥は、トーマス・グラバーに農場経営について意見を求め、酪農事業へ切り替えることを決断。
・山尾の願いを来た薩摩藩の留学生たちは、グラスゴー息を後押ししようと、16人の留学生が1人1ポンドずつ捻出し、合計16ポンド(約100万円)集めて渡したという。(省略)資金を得た山尾は下宿して昼間は造船所で働き、夜は近くのアンダーソンズ・カレッジで英語などを学んだ。
・2人(伊藤博文、井上薫)の政治家としてのその後の足取りを考えれば、ロンドンでの半年の生活が、近代国家の建設という具体的な目標になって2人の中に生き続けたことは想像に難くない。

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