奇妙な変異株オミクロン

<第12回>

 日本では、2023年5月8日に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が感染症法上の「第5類感染症」に移行してからも感染者数がふえつづけており、7月に入って日本医師会が「現状は第9波と判断するのが妥当」と発表した[1](ただし、数日後政府はこれを否定)。第5類移行で全数把握されなくなり、定点あたり報告数から推測するしかないが、6月、7月と明らかに感染者数は増加している。この波をもたらしたのはオミクロン変異株の亜系統であるXBB株の下位系統XBB.1.5およびXBB.1.16だ。
 SARS-CoV-2オミクロン変異株=B.1.1.529は、2021年11月に、南アフリカ、ボツワナ、香港で確認された。2022年明けから急速に広がり、2月にはそれまでのデルタ変異株を世界中でほぼ駆逐してしまった。当初はB.1.1.529の下位系統であるBA.1株が圧倒的だったが、4月には同じく下位系統のBA.2株が優占し、北米ではBA.2株のさらに下位系統であるBA.2.12.1株も一定の勢力をもったものの、7月に入ると新たな下位系統BA.5株に置き換わった(同じ時期インドではBA.2.75株という亜系統が主流だった)。2022年7月~9月の日本の第7波は、このBA.5株によるものだった。
 2022年秋になると、BQ.1株やXBB株といった新たな亜系統が出現して、世界で急速に広がる。ただし、これまでで最大の死者数をもたらした日本の「第8波」(2022年11月~2023年2月、図)では、まだBA.5が主体だった。海外ではこの時期にはBQ.1株からXBB株への置き換えが進んでおり、4月になるとXBB株とその下位系統のXBB.1.5株やXBB.1.16株に席巻された。

図 日本の第6波~第8波の感染者数と死亡者数
感染者数をみると第7波と第8波はあまり変わらないが、死者数は第8波で最大となった。第8波の実際の感染者数は報告よりも多かったことが考えられる。原因変異株は第6波がBA.1が主体、第7波はBA.5が主体で、第8波はBA.1が7割BQ.1およびB.2.75が合わせて3割だった。出典:今村ほか, 2023[2]

 オミクロン変異株は、D614G変異を獲得したB.1株系統ではあるものの、それまでのおもな変異株と異なり、50か所以上の変異をもっていた。スパイクタンパク質に限っても、32か所が変異している。さらにその後、頻繁に変異をくりかえし、より感染力の強い下位系統を生み出して、それまでの株を置き換えつづけているのだ。アルファ変異株からデルタ変異株に至る、オミクロン以前に世界的流行をもたらしたB.1系統の変異株やその下位系統の株は、オミクロン変異株によって人間社会からは退場させられてしまった。非常に適応性が高いオミクロン変異株の登場は、B.1株が現れたとき以上にこのウイルスの性質を変えたといえるかもしれない。
 東京大学医科学研究所の佐藤佳教授らの研究グループは、オミクロンXBB株が2種類のオミクロン系統の「組み換え」によって生まれたことを明らかにした。いずれもBA.2株から派生したB.J.1株とBM.1.1.1株が、感染者の体内(感染細胞内)で、スパイクタンパク質の受容体結合領域(RBD)で遺伝子組み換えを起こし、より感染力の高いXBB株を生み出したという[3]。その出現時期は、2022年の6月中旬~7月上旬だと推定された。その後数か月のうちに、XBB株はその下位系統であるXBB.1.5株を生み出し、さらにXBB.1.5株からXBB.1.16株が派生した。XBB株はスパイクタンパク質にF486Pというアミノ酸置換(486番めのアミノ酸がフェニルアラニンからプロリンに置換)をもっており、これはXBB.1.5株とXBB.1.16株にも受け継がれている。XBB.1.16株は、ほかにE180V、T478Rというアミノ酸置換をいずれもスパイクタンパク質にもっている。
 また、インドでの感染データを解析すると、XBB.1.16株の実効再生産数(Re)は、XBB株に対して1.22倍、XBB.1.5株に対して1.13倍で、感染力がさらに高まっていた。ワクチン接種済みあるいは以前に感染したにもかかわらず、また感染してしまうブレークスルー感染、再感染はオミクロン変異株以前にも報告があるが、XBB株系統はワクチンや過去の感染で得られた免疫を逃避する能力が高い、つまりブレークスルー感染しやすいこともわかってきた[4]。
 シンガポールで約250万人を調べた結果、ワクチン接種済みかつBA.2株に感染していた場合、BA.4株やBA.5株への感染を防ぐ効果は78%であるのに対し、XBB株では51%に減ってしまうことがわかった[5]。また、感染後に獲得した免疫も、XBB株に対してはより早く低下するという(3~6か月後に74%、7~8か月後に49%に低下)。
 反面、ハムスターの肺における増殖力は、BM.1.1.1株の祖先株であるBA.2.75株よりもやや低く、病原性もやや低かったという[6]。
 XBB株系統の免疫逃避能の高さから、WHOは次期ブースター(免疫増強)ワクチンをXBB株系統対応にするよう、ワクチンメーカーに求めた[7]。SARS-CoV-2は、ワクチンをすり抜けるように目まぐるしく変異しつづける。そもそもワクチンや感染で得た免疫が長つづきしない。私たちは、半年ごとに新たに出現する変異株に合わせたワクチンを、くり返し打たなければならないのだろうか。<つづく


[1]NHK NEWS WEB:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230705/k10014119621000.html(2023年7月8日閲覧)
[2]今村顕史ほか:オミクロン株による第8波における死亡者数の増加に関する考察, 第117回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料, 2023年2月22日
[3]Tomokazu Tamura et al.:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 XBB variant derived from recombination of two Omicron subvariants, Nature Communications, 14(2800), 2023
[4]Daichi Yamasoba et al.:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 omicron XBB.1.16 variant, The Lancet, 23(6),2023
[5]Celine Y. Tan et al.:Protective immunity of SARS-CoV-2 infection and vaccines against medically attended symptomatic omicron BA.4, BA.5, and XBB reinfections in Singapore: a national cohort study, The Lancet Infectious Diseases, 23(7), 2023
[6]Tomokazu Tamura et al.:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 XBB variant derived from recombination of two Omicron subvariants, Nature Communications, 14(2800), 2023
[7]World Health Organization:Statement on the antigen composition of COVID-19 vaccines, 18 May, 2023

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