ふえつづける人獣共通感染症

<第5回>

 COVID-19パンデミックで、あらためて注目を集めたのが、「人獣共通感染症(ズーノーシス)」である。

 人獣共通感染症は、動物からヒトに感染する病気のこと。ウイルス感染症、細菌感染症、寄生虫症など幅広い感染症に見られ、感染症の半数は人獣共通感染症だといわれる。人獣共通感染症の病原体はヒトから動物にも動物からヒトにもうつるわけだが、ヒト側から見ればとくに後者が問題であるため、「動物由来感染症」とも呼ばれる。

 カモ類などの水鳥が自然宿主であるA型インフルエンザを含め、重要なウイルス感染症には人獣共通感染症が少なくない。狂犬病もその1つだ。その名のとおり、感染したイヌを通じて(多くは噛まれて)感染することが多いが、イヌ以外にもネコ、キツネ、アライグマ、コウモリなど、ありとあらゆるほ乳類が感染源になりうる。感染から発症までは1〜2か月と長く(場合によっては数年)、発症すれば発熱や頭痛、倦怠感などの症状からはじまり、中枢神経が侵されて錯乱や幻覚が起こる。水を飲もうとすると筋肉が痙攣するため水を恐れる「恐水症」という症状も特徴だ。さらに進行すると昏睡し死に至る。致死率がきわめて高く、発症した場合ほとんどが死亡する恐ろしい感染症だが、一方で、ワクチンで確実に予防できる感染症でもある(噛まれた直後のワクチン接種、あるいは抗狂犬病免疫グロブリン投与も有効。ただし、後者は日本国内では承認されていない)。

 筆者が子どものころには飼い主のいない野犬もけっこういたので、狂犬病のこわさを大人から聞かされたものだが、幸いなことに日本国内では1957年を最後に狂犬病は発生していない。しかし、世界に目を転じれば150 か国以上で年間3万5000〜5万人が狂犬病によって死亡している[1][2]。ほとんど(99%)は狂犬病を発症したイヌからヒトへの感染で、アジアやアフリカの発展途上国での発生が中心である。日本を含む先進諸国では、飼いイヌに対する狂犬病の予防注射が義務付けられているが、発展途上国ではあまり普及しておらず、放し飼いのイヌや野犬も多い。旅行者がついイヌに近づいて、ガブリと噛まれる事故もしばしば発生している。

 一方で、ヨーロッパやアメリカでは、キツネやアライグマなど野生動物のあいだで感染がつづいている。南米ではコウモリ(チスイコウモリ)に噛まれた家畜やヒトが感染することがある。

 狂犬病の原因ウイルスは、ラブドウイルス科のリッサウイルスである[3]。リッサウイルスには狂犬病ウイルス以外に7タイプの遺伝子型が知られており、ほかにもいくつかの遺伝子型があるとされている。その多くは野生のコウモリ類を自然宿主としており、狂犬病ウイルスもコウモリ起源だと考えられている。

 人獣感染症そのものが、人類が定住生活をし農業や牧畜を営むようになって以来、種類も感染機会もふえてきたと考えられているが、狂犬病も、人類が野生のオオカミを家畜化し、イヌとして身近に置くようになったことで、人間社会にもちこまれたのかもしれない。ただし、感染した場合の致死率が高く、ヒト−ヒト感染もまれであることから、大流行を引き起こすようなことは過去にもなかったと思われる。

 1967年に西ドイツ(当時)などで突如発生したマールブルグ病のアウトブレーク(集団感染の発生)は、実験用のアフリカミドリザルからヒトへのウイルス感染によって起こった。感染源のアフリカミドリザルも発症・死亡しており、サルは原因ウイルスであるマールブルグウイルスにたまたま感染していたものと見られる。事実、その後アフリカミドリザルを感染源とするヒトの発症例は確認されていない。一方で、アフリカではコウモリが感染源と疑われる発症例が、ジンバブエ、ケニア、ザイール(現コンゴ民主共和国)で、4例報告されており(いずれも感染者は死亡)[4]、二次感染(ヒト−ヒト感染)も確認されている。2023年2月にも、赤道ギニアでマールブルグウイルスによると見られる集団感染が発生した[5]

 マールブルグウイルスはエボラウイルスと同じフィロウイルス科に属し、症状も似ている。エボラウイルス感染を原因とするエボラ出血熱(エボラウイルス病)がはじめて確認されたのは1976年6月、アフリカ北東部のスーダンで284名が感染してうち151名が死亡した。その2か月後、今度はアフリカ中部ザイール(現・コンゴ民主共和国)の病院で集団感染が発生、318名が感染、280名が死亡した[6]。それ以後も、散発的にアフリカ各地でアウトブレイクが起こっている。エボラウイルスに感染すると高熱や倦怠感、全身の筋肉の痛みなどにはじまり、嘔吐・下痢などの症状が出る。さらに症状が進むと、口内や鼻腔、結膜、皮膚、消化管などから出血することから「出血熱」と呼ばれる(ただし実際には出血症状まで至ることなく死亡する患者が多い)。

 エボラ出血熱は致死率が感染者の80%以上ときわめて高いことからおそれられているが、発症者の血液や体液・吐瀉物・排泄物に直接接触しなければ感染しないため、これまでに大規模な流行は発生していない。エボラ・ウイルスにはいくつかのタイプがあり、いずれも自然宿主はオオコウモリだと考えられている。

 ラッサ熱も出血熱に分類される。1969年に、ナイジェリアのラッサ村ではじめて患者が報告されたことからこう呼ばれる。原因ウイルスはアレナウイルス科のラッサウイルスで、ウイルスを保有するネズミの仲間マストミスに触れたり噛まれたりすることで感染する。さらに感染者の血液や体液、唾液、排泄物なども感染源になる。アフリカ各地で継続的に患者が発生しているが、致死率はエボラ出血熱のようには高くはない。ただ、患者の20%に後遺症として難聴が生じるという。南米では、同じアレナウイルス科のウイルスによる出血熱が、それぞれの国名を冠して「ブラジル出血熱」「アルゼンチン出血熱」などと呼ばれている。いずれもネズミ類が媒介する。

 やはりネズミが媒介するウイルス感染症に、ハンタウイルス病がある。韓国出血熱(韓国)や流行性出血熱(中国東北部やシベリア)、流行性腎症(ヨーロッパ)などと呼ばれてきた腎症候性出血熱と、アメリカで最初に確認されたハンタウイルス肺症候群の2つのタイプがある。後者は、1993年にアメリカ南西部で若者が呼吸困難やショックで死亡したことがきっかけで知られるようになった[7]。いずれも、原因はブニヤウイルス科のハンタウイルス属ウイルスで、ネズミ類が自然宿主であり、その尿中にウイルスが排出され、乾燥して舞い上がったウイルスを、ヒトが吸い込むことで感染する。ちなみに流行性出血熱ウイルスは、旧大日本帝国陸軍関東軍第731部隊(石井部隊)によって研究され、人体実験に用られたことが知られている。

 日本でも、1960年代に大阪梅田でドブネズミが感染源と疑われる119名が、1970年代から80年代はじめにかけて実験用ラットを感染源として126名が、ハンタウイルス病を発症している[8]。その後国内で新たな感染者は発生していないが、港湾地区に生息するドブネズミの多くはハンタウイルスを保有しており、感染のおそれは消えていない。

 1994年9月にオーストラリア東岸に位置するブリスベン郊外のヘンドラで発生したのが、ヘンドラウイルス病である。まずウマ(競走馬)が発症して次つぎに死亡、ヒト(厩きゅう務員と調教師)も発症した(1名が死亡)。さらに翌1995年には、ヘンドラから800km離れたマッカイという町で病気で死んだウマと接触した別の男性が死亡した。この男性が感染したのは前年の8月とみられる。ウマは出血性の肺炎を起こし、鼻から血の混じった泡を吹いて死亡していた。ヘンドラで死亡した患者も同様の症状だったが、マッカイで死亡した患者は、髄膜炎のあと脳炎を発症していた。

 状況からウマからヒトへの感染が疑われ、調査の結果未知のウイルスが分離され、ヘンドラウイルスと名付けられた。ヘンドラウイルスは、もともとウマがもっていたウイルスではなく、自然宿主はオオコウモリの仲間(おそらくクロオオコウモリPteropus alecto)だとわかった(写真)。オオコウモリはヘンドラウイルスに感染しても発症せず、ウイルスを糞や尿、唾液中に排出しつづける。ウイルスの混じった水やウイルスのついた牧草を、ウマが飲んだり食べたりしたことで感染したと見られる。その後ウマへの感染がつづきヒトの感染・死亡例も出たため、ウマ用のヘンドラウイルスワクチンが開発された。

写真 ヘンドラウイルスの自然宿主とされるクロオオコウモリ
出典:Wikimedia Commons(Andrew Mercer)

 1997年、マレーシア北部のペラ州の養豚関係者に原因不明の脳炎が広がり、1人が死亡した。1998年9月〜翌年2月にかけて同州の首都イポーでもやはり養豚関係者に脳炎を発症する患者が相次ぎ、15名が死亡した。さらに南のヌグリスンビラン州でなどでも1998年12月〜99年1月にかけて患者が発生するなど拡大を見せた。当初は日本脳炎と考えられていたが、患者の多くは成人男性で、子どもや高齢者が多い日本脳炎とは様相が異なっていた。しかも、患者のほとんどが日本脳炎のワクチンを接種していたという。日本脳炎ならブタから人にウイルスを媒介するのは蚊である。患者はブタと接していた人ばかりで、同じ地域の住民や家族でもブタと接触がなければ発症していなかったため、ブタからの直接感染が疑われた。

 その後分離されたウイルスはヘンドラウイルスに近縁のウイルスで、患者はブタの尿や分泌物に含まれるウイルスに触れて感染したと判明、最初の感染が報告された村の名をとってニパウイルスと命名された。ヘンドラウイルス同様、自然宿主のオオコウモリ類からブタに感染したと考えられている。ニパウイルス感染症はその後フィリピンやバングラデシュ、インドなどでも発生しており、そのなかにはヒト−ヒト感染を起こしたと考えられるケースもある。

 これまで見てきたような、新たに出現する感染症を新興(イマージング)感染症と呼ぶが、そのほとんどは人獣共通感染症である。近年新興感染症が頻出している背景には、人間活動の影響でウイルスや細菌などの病原体をもった野生動物と人間や家畜との接触機会がふえたことがある。

 ニパウイルス感染症では、大規模な養豚農場がニパウイルスの自然宿主であるオオコウモリの生息地であるジャングルを切り開いて建設されており、それがブタと未知のウイルスとの接触をもたらした可能性が高い。オオコウモリ類は別名をフルーツコウモリとも呼ばれるように、果実や花の蜜をおもな餌にしている。したがって植生豊かな森林地帯がおもな生息地で、果実や花を求めて季節移動する習性もある。ヘンドラウイルスの自然宿主と推定されるクロオオコウモリも、生息地の縮小・消失によって農地や都市に出没するようになったと見られる。

 ニパウイルスでは、感染したブタがマレーシア国内やシンガポールにも運ばれて、そこで感染者を出した。以前であれば局地的な流行で収まっていた感染症が、交通機関の発達、経済のグローバル化に伴い病原体を保有する動物や感染者が短時間に長距離を移動するようになったことで、ウイルスが短期間に広範囲に広がってしまうようにもなった。季節性インフルエンザウイルスも、毎年人とともに世界中を移動している。新興感染症がパンデミックに発展するリスクは高まっている。<つづく


[1] 国立感染症研究所:狂犬病とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/394-rabies-intro.html

[2] World Health Organization:Rabies
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/rabies

[3] 国立感染症研究所:リッサウイルス感染症とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/526-lyssavirus-intro.html

[4] 国立感染症研究所:マールブルグ病とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/343-marburg.html

[5] WHO Africa:Equatorial Guinea confirms first-ever Marburg virus disease outbreak, News, 13 February, 2023

[6] 国立感染症研究所:エボラ出血熱とはhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/342-ebola-intro.html

[7] 山内一也:『ウイルスの世紀』、みすず書房、2020

[8] 山内一也:『ウイルスの世紀』、みすず書房、2020

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