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飲み物に含まれるマイクロ/ナノプラスチックは予想以上に多いのかもしれない

 アメリカ・コロンビア大学のウェイ・ミン博士らが、従来より10分の1~100分の1の微細プラスチック片を検出できる技術を用いて市販のボトル水を調べたところ、平均して1㍑あたり2万4000個ものプラスチック片を検出したと、今年1月、『米国アカデミー紀要(PNAS)』に発表した( Naixin Qian et al.:Rapid single-particle chemical imaging of nanoplastics by SRS microscopy, Proceedings of the National Academy of Sciences, 121(3), 2024)。これらのプラスチック片の90%はナノサイズ(1000分の1㍉㍍未満)であり、肉眼で確認することは不可能だ。
 プラスチック片のうち、ポリエチレンテレフタラート(PET)はボトルそのものに由来している可能性があるというが、ポリアミド(ナイロン)は逆浸透方式で水を濾過する際に用いられる膜の素材であり、ポリスチレンや塩化ビニールも浄水過程で使用される素材で、ボトル水に含まれるナノプラスチックの多くは、水源からではなく製造・流通過程で混入しているのかもしれない。だとすれば、ミネラルウォーターに限った話ではないだろう。PETボトル飲料は、ジュースや炭酸飲料も、緑茶や紅茶も、同じように汚染されているとみる必要があるのではないだろうか。
 ドイツ国内で製造されたビールにマイクロプラスチックが混入していたことは、ドイツ・マーヘムコンサルト社のゲアト・リーベツァイト博士らが2013年に発表している(Gerd Liebezeit and Elisabeth Liebezeit:“Non-pollen Particulates in Honey and Sugar”, Food Additives & Contaminants, 30(12), 2013)。ビールは熟成後、酵母などを取りのぞくために濾過したのち瓶や缶に詰めて出荷されるが、濾過にはポリエチレンやポリスチレンなどプラスチック製のフィルターが用いられることが多い。こうした過程でマイクロプラスチックが混入した可能性があるが、より微細なプラスチックは見逃されているかもしれない。同様のフィルターはワインや日本酒などの濾過工程でも使用されている。
 ティーバッグからも、数多くのマイクロ/ナノプラスチックがお茶のなかに放出されているらしい。カナダ・モントリオール大学の研究者たちが、市販されているプラスチック製のティーバッグに入った紅茶を95℃で抽出したところ、、カップ1杯につき116億個ものマイクロプラスチックと31億個のナノプラスチックが検出されたという(Laura M. Hernandez et al:“Plastic Teabags Release Billions of Microparticles and Nanoparticles into Tea”, Environmental Science and Technology, 53(21), 2019)。分析の結果、これらのマイクロ/ナノプラスチックは、ティーバッグの成分であるナイロンとポリエチレンに一致した。検出されたのは高級ブランド品で、プラスチック繊維が細かいメッシュに編み込まれた正四面体のティーバッグのものだった。
 日本で市販されているティーバッグを確認すると、ほとんどがナイロンやポリエステル、ポリエチレン製であった。袋入りのだしパックや、「○○パック」などと呼ばれてかつお節や煮干し、緑茶などを入れて使う使い捨ての製品も、素材はやはりプラスチック繊維だった。紅茶と同じように高温で抽出するものだから、数多くのマイクロ/ナノプラスチックが離脱している可能性がある。
 私たちが知らないだけで、私たちが日々口にする飲み物は、かなりのマイクロ/ナノプラスチックで汚染されているのかもしれない。
 問題は、ナノサイズのプラスチック片が腸管から吸収されて血液やリンパに入り込んでしまうおそれがあることだ。腸の免疫システムに影響を与え、炎症を引き起こすおそれもあるという。さらには血液-脳関門や胎盤も通過すると考えられている。こうなると、全身をめぐるだけでなく、母親から胎児へも移行することになる。立命館大学の中山勝文教授らのグループは、体内に摂り込まれた微小ポリスチレン片に対する免疫細胞(白血球)の反応をマウスの細胞を使って調べた。実験では、ポリスチレンが多い状態がつづくと、体内に侵入した病原体や死んだ細胞などの異物を処理する役目をもつマクロファージは、ポリスチレンの処理に追われてしまい、死んだ細胞の処理が間に合わなくなることが示された(Miki Kuroiwa et al.:Tim4, a macrophage receptor for apoptotic cells, binds polystyrene microplastics via aromatic-aromatic interactions, Science of The Total Environment, 875:162586, 2023)。慢性的に微小ポリスチレンにさらされることで、体内に死んだ細胞がたまり、炎症を引き起こす可能性があるという。
 マイクロ/ナノプラスチックの人体・健康への影響はまだよくわかっていない。できるだけ摂取を避けたいのだが、飲食物だけでなく、いまはありとあらゆるところから体内に入ってきている可能性がある。大気中にも漂っていて、私たちはそれを吸い込んでいるし、食べ物や飲み物に降りかかったマイクロ/ナノプラスチックを摂り込んでいる可能性が高い。
 海洋プラスチック汚染ばかりが注目されるが、プラスチック汚染問題の本質は陸上にこそある。プラスチック廃棄物は陸上で発生し、地上で劣化・微細化していくのだから。海にまで流れ着くのはそのごく一部に過ぎない。「陸上」プラスチック汚染の深刻さとその影響が明らかになってくるのはこれからだ。


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海洋プラスチック汚染ばかりが注目されるが、プラスチックごみのほとんどは陸上で発生している。海洋に流出するのは、その一部にすぎない。多くのプラスチックごみは陸上に残り、陸水や土壌を汚染し、風に舞い上げられ、降りそそぎ、生態系のなかに入り込み、循環している。そして、すでにあなたの体内をも汚染しているのだ。

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