共に生きているはずの私たち

 とある年上の知人に「スナックでお金を落とすのは社会貢献ですよ」と言われたことがある。何を言っているのかよく分からなかったので「ほお?」みたいなとぼけた顔をしているとその人は続けて次のように言った。
 「だってスナックで働く人にはシングルマザーの人とか、家が貧乏でまともな教育を受けられなかったような人が多いでしょう。でも彼女らはスナックで働くことで、ふつうの企業では考えられないような高い給料をもらえている。実際、スナックの料金設定は基本的にぼったくりに近いと僕も思う。それでも彼女らのためだと思って、今日みたいな休日でもスナックに足を運び、お金を落とすわけですよ」
 よくもまあこんなすごい理屈を饒舌に語れるものだと、私は素直に感心した。昔から酔いつぶれてぐでんぐでんになっている姿しか見てこなかったが、いちおう客観的な肩書きは上場企業の偉い人ということらしい。この流暢な語りは仕事でも存分に生かされているのだろうか。
 言うまでもなくその人がスナックに足しげく通うのは「貧しい女性の生活を支えたい」などといった高尚な目的を実現するためではなく、たんに美味しいお酒を飲みたい、女性とお喋りをしたい、カラオケで気持ちよく歌を歌いたい、といった個人的な欲望を叶えるためである。…と、少なくとも私には思える。
 しかし先ほどの理屈が完全に馬鹿げた、取るに足らないものなのかと言えば、おそらくそうではない。もちろんその人の言ってることは、自分自身の個人的な動機を覆い隠すための美辞麗句でしかない。その人の「誰かのために」は明らかに「自分のために」を後付け的に正当化するものだからだ。たんなる利潤の追求を「社会貢献」と言って偽装しようとする資本主義のやり方にも似た、うさんくささを私は感じた。
 けれどもその人のような多くの人たちによるスナック通いはあくまでも結果的にではあるが、スナックで働いている人たちの生活を確かに支えている。支えてしまっている。
 彼らの生活と思考様式を心の底から軽蔑し、愚かなものであると思ったとしても、もしそのような愚かな人たち全員がほんとうに消えてなくなってしまえば、いま現実にスナックで働いて生計を立てている人たちの多くは、路頭に迷ってしまうことになる。特に子育てをしている方にとってはそうだろう。
 「スナックで働く貧しい女性への社会貢献?馬鹿を言え。そもそもどうしてそのような人たちが貧しい状況に置かれてしまうのか、どうしてスナックで働かざるをえないのか。そういう大きな社会構造の視点を持たずして、何が社会貢献だ。綺麗ごとをぬかすな。」とは言えなかった。思うには思えても。それはたんに私が八方美人だからか。あるいはその人の言うような理屈に私自身も囚われ呪われ、身動きがとれなくなってしまっているせいか。あのとき私はどういう言葉を返すべきだったのだろう。いまだにそのことについて考える。

 スナックの従業員とお客さん。どちらが相手に「依存」しているのか。その人が言うように、お客さんが来てお金を払ってくれなければ、従業員は生計を立てることができない。その意味で確かに、従業員はお客さんに「依存」していると言える。
 けれどもお客さんはお客さんで、従業員に「依存」している。もし今突然スナックがなくなり、そこに行けなくなってしまったら、彼らは困り果ててしまうだろう。お客さんの中でも特に「常連」と呼ばれる人たちの多くは、休みの日に一人で時間を過ごすことを苦手としており、そしてプライベートを共に過ごす仲間も、それほどいないように思うから。
 それゆえ彼らはスナックに行くことを「選択」しているのではなくてそれを「強制」させられている。お酒を飲みたくて飲んでいるのではなく、飲まざるをえなくて飲んでいるアルコール中毒者のように、彼らはスナックという場所に「依存」してしまっている。
 にもかかわらず、彼らは「俺はわざわざ来てやってるんだぞ感」を決して手放そうとしない。スナックに行くことを「社会貢献」などと呼ぶ事例は極端だとしても、仕事終わりにここに寄るのは「お前のためなんだ」と言ってのける事例は、決してレアではない。自分は社会で上手くやっていけている「強者」なのであり、そして社会で上手くやっていけていない「弱者」のことをケアしてやっているのだと、彼らは思い込む。ついには「こいつには俺がいないとだめなんだ」という残念すぎる勘違い結論を、導き出すことになる。
 ただしその勘違いはまったく故なきことではない。従業員は従業員で、お客さんに対して「○○さんがいないと私だめだと思います」と言うことがある。もちろんそれは「仕事のため」「お金のため」でしかないわけだが、そしてお客さんもそのことを十分に知っているはずなのだが、なぜだか彼らは「自分だけは違う」と例外処理をして、その「愛」の発言を無根拠に信じこんでしまうのである。
 お互いが共犯的に築いていく危うい依存関係。そのクライマックスはたいてい劇的なものだ。勘違いを肥大化させていったお客さんは最後、従業員に「俺がお前を養ってやる」と伝える。当然、その提案を相手は喜ぶに違いないと思っているお客さんは、それが拒否された現実に困惑し、逆上する。
 従業員にとって、そのお客さんは数あるお客さんの一人にすぎなかったが、お客さんにとってその従業員は、かけがえのない依存の対象なのだった。その非対称な関係が残酷にも、明らかにされていく。支配していると思っていた従業員に、知らぬ間に支配されていた。相手に依存していたのはじつは自分のほうだった。従業員はお客さんを自分に依存させることで裏側から、じつに狡猾な仕方で、彼を支配し続けることに成功していたのである。ここに「弱者」による「強者」への、鮮やかな復讐の契機を見るのは私の性格が、あまりにもねじまがっているせいだろうか。
 
 信田さよこさんの『共依存』という本のことを思い出す。うかつな表現かもしれないが、信田さんの文章は「文学的」なものだといつも思う。数えきれないほどのカウンセリング体験を基にした「事実」がそこには書かれているはずなのに、いま自分はフィクションを読んでいるのかノンフィクションを読んでいるのか、途中で分からなくなってしまうことがある。
 明晰に論理的に書くだけだと、そのあまりにも血生臭い事実が見せるグロテスクな光景に、読者の目線は行き場を失ってしまう。信田さんの文章が「文学的」なのは、事実が持つダイレクトな衝撃を和らげ、私たちの目線に逃げ場を与えてやるためなのではないかと感じる。
 「依存」は悪ではない。「共依存」が問題なのは、それが「依存」の皮をかぶった「支配」のメカニズムだからだ、と信田さんは言う。ほんらいの「依存」とは「同じ平面に立って他者にもたれかかること」なのであり、それはどう考えても良いことのはずだ。
 「しかし、本書に登場するさまざまな人たちとその関係性は、依存と名づけるにふさわしかっただろうか。もたれかかったり頼ったりする、そんなやわな関係ではなく、目をこらしてみれば、奪い奪われるような、生存をかけた関係性に満ちていた。…それは依存ではなく、支配と名づけるしかない関係性だった。私は、カウンセリングの経験の積み重ねを生かして、これまで隠蔽されてきた、それどころかケアや愛情という美名の名のもとに称揚されてきた微細な支配を、できるだけ描き出そうと努めてきた。」(p186)
 依存と支配という正反対の行為が同じものに見えてしまうくらいに、苛烈な支配の関係を「共依存」と呼んでなんの違和感も持たないくらいに、依存が信じられなくなった世界の中で私たちは、背すじを毎日ピンと伸ばしながら歩き続けている。
 
 私たちの社会は人類史上かつてなく「相互依存」的な社会であると言われる。目の前の商品の来歴を辿ればそこには、国境を越えた相互依存の実態が、はっきりと浮かび上がってくるだろう。それはやはり依存ではなく、支配と呼ばれるべきものなのかもしれないが。
 いずれにしても、この資本主義社会における法人同士の間には、相互依存のネットワークがびっしりと張り巡らされている。法人と個人の間にも相互依存の関係が築かれている。法人は商品を売りサービスを提供し、利益を得る。個人は商品を買いサービスを受け、生活を豊かなものにしていく。そして多くの場合商品を売る人は同時に商品を買う人でもあり、サービスを提供する人は同時にサービスを受ける人でもある。どこから解きほぐせば良いのか分からないほど私たちの社会は互いに絡み合い、こんがらがってしまっている。
 だからこそ私は、スナックの従業員とそのお客さんのどちらが相手に依存しているのか?という問いに答えることができなかった。そもそも、どちらかがどちらかに一方的に依存している、という想定自体が意味をなさない。私たちのそれぞれは端的な事実として、相互に依存しあっているのだから。
 
 何かを「自分ごと」として捉える、考えるという表現の中には「自分ごと」と「他人ごと」を明確に区別できるという前提が潜んでいる。しかし、その前提自体が間違っているのではないか。つまり、この地球上で「他人ごと」として傍観できる問題などほんとうは一つも存在せず、そのすべてが常に既に「自分ごと」として、私個人の生活と結び付いてしまっているのではないか。私たちの社会の相互依存的な性格を踏まえれば、そのように言うことは決して暴論ではない。
 しかしここで思い起こすべきは、依存と支配は区別がつかないことがあるという信田さんの例の指摘である。確かに私たちの社会は相互に依存しあっているが、そのもたれかかり方は、各所に不均衡で不健康な負担をもたらし続けている。
 すべてをおおざっぱに「自分ごと」として捉える発想は、とは言え、彼ら彼女らはあくまでも私とは異なる人生を送っている人間であり、異なる権力構造の中に置かれている人間である、というリアリティに対する細やかな配慮と気づきを、見失わせてしまう可能性を常に有する。
 私たちのすべては相互に依存しあっているけれど、私個人が平等にすべての問題において当事者を名乗れるわけではない。当事者と非当事者の境界を曖昧にしてしまうことは時に、当事者のことを何か分かった気になる非当事者による勘違いを、作り出してしまうことにもつながる。それは当然のことながら、当事者への暴力に転化することもあるのだろう。
 
 私がスナックという場所への関心をどうしても断ち切れないのは、スナックという場所に日本社会のジェンダーの問題が集約されているように思ってしまうのは、私自身がスナックのママの息子としていろんな扱いを受け、いろんな光景を見てきたからだと思う。
 母のおかげでたくさんの知り合いができた。いまだにかつてのお客さんからご飯に誘われることもあれば、従業員の方からお客さん対応の経験を買われて、臨時のアルバイトをお願いされることもある。地元の同級生の中に不本意ながら、スナックで働かざるをえないという人もいる。
 いずれにしても私は、この相互依存的な社会の中でスナックという場所について考えさせられてきた。そしてこれからも、考え続けなければならないと思う。
 けれどもやはり、私はスナックという場所の「当事者」ではない。少なくとも自分自身ではそのように思ってしまう。ふだん大卒の人がほとんどを占める職場で給料をもらい、スナックに依存しなくても良いだけの友人と趣味に恵まれ、さらには男である私に、「当事者」を名乗る資格などない。
 あくまでも自分や子どもの生活のために日々命を削っている従業員にのみ、スナックの「当事者」を名乗る資格がある。お客さんが従業員の生活やスナックの文化を「共に」支えているという綺麗ごとは、私にとっては受け入れがたいものだ。これらはおそらく、私の中にある偏った認識だと思うが、個人的な根拠をもった偏りであるとも感じる。
 客観的には相互に依存し、共に生きているはずの私たち。それでも各々による主観的な線が、当事者と非当事者の間には引かれ続ける。非当事者が当事者の問題を「自分ごと」として考えることには、さまざまな困難が伴うように思えるが、それは私の臆病のせいだろうか。
 
 
 福島県出身のアクティビストである小松理虔さんは『新復興論』という本の中で「震災の当事者とは誰か」という問題を一貫して考え続けている。小松さんの主張の中心は「真の当事者などいない」「皆が当事者である」というものだった。大学生のころに読んだ時は、小松さん自身も狭義の当事者であるにもかかわらず、ここまで当事者という言葉を広義に用いて、当事者であること全般を相対化してみせるのかと、率直に驚いたことを覚えている。しかし、2021年に刊行された増補版では「そのような意見は暴力的だったかもしれない」という一節が、付け加えられていた。
 「ぼくの論は、紛れもなく当事者と言わざるを得ない、困難を宿命づけられた人たちを無視するような言動にもつながるかもしれないからだ。逃れられない困難を抱えた当事者はいる。だから『当事者性なんて関係ない』というぼくの論が暴力的に聞こえるのは当然だろう。もちろん、決して当事者を無視していいとは思っていない。当事者性の濃淡で異論を排除するような言説はいけないと言いたかっただけだが、言葉が足りなかった。」(p441)
 本の最後の最後で、小松さんはその足りない場所に「共事者」という言葉を与えなおす。それは「当事者」でも「非当事者」でもない私が、しかしそれでも社会と関わりたいと思い、実際に関わろうとする時の「中途半端な在り方」を示す言葉として、用いられていた。
 
 「共事者」という言葉について『新復興論』ではそれ以上深掘りされることはなかったが、その後の文章の中で小松さんはその言葉に更なる内実を与えようと試みている。水俣市のツアーについて書かれた文章(「当事者から共事者へー観光と共事」)の中で強調されるのは、「私という当事者」によって紡がれる、言葉や語りの大切さである。
 「目の前の景色に、目の前の困難に、自分という存在を通じて関わりしろを開けばいい。正しい関わり方でなくてもいい。素人であるぼくたちにあるのは、体系的な学術知でも、支援者としてのスキルでもなく、不確定でゆらぎのある『私』だけだ。しかし人は、だれもが『私』の当事者である。だから、自分という当事者の立場から、自分の生まれ育った地域、悩みや葛藤、苦しみから出発すればいいのではないか。…水俣のことを語るのが難しくても、福島のことならば語ることができる。そうして福島を語ることで、水俣のことを考えることができる。そうして生まれた関わりのことを『自分ごと』と呼ぶのではないだろうか。
 …私として関わるからこそ、等身大の言葉が立ち上がる。その意味で共事とは、言葉を取り戻すことだと言える。『当事者』とは言えなくとも、そのふわふわと浮ついた『自分』を通じて、勘違いでもいいから、自分の言葉で語り、関係を開けばいいのではないか。それが共事者なのではないか。」
 「自分ごと」として何かを考えよ、とひとは言う。けれども私たちはそもそも「自分」について、つまり「私という当事者」について、十分に考えてきたと言えるのだろうか?変な言い方になるが、私たちは「自分」のことを「自分ごと」として真剣に考え、語ってきたと言えるのだろうか?

 蛇蝎の如く嫌っていたスナックという場所に少しだけ愛着を持てるようになったのは、ある日その場に居合わせた大人たちが「自分が持つ人としての弱さ」を静かにみんなで、共有していたところを目撃したからだと思う。その一瞬、従業員/お客さんという垣根は壊され流され、消えさっていた。「共依存」という「支配」の重圧はなく、互いが互いに「もたれかかる」さざ波のような「依存」が、そこに響いていたような気がした。「働くこと」や「一人でいること」についてみなが「共事者」として、「自分ごと」として、なんとか言葉を積み上げようとしている気がした。
 「自分ごととして考える」ことのリスクには、それが他人との距離感を誤らせてしまうリスクと、誰よりも身近にいるはずの自分という当事者について考え、語ることを遠ざけてしまうリスクの、二つのリスクがあるのではないかと私は思った。


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