TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~ 04
04
気がつくと、そこは異世界だった。
勇助はしばらく呆然と立ちすくんでいた。
「何、どこだ、ここ?」
まとまらない思考。
周囲を見渡すも、自分がどこにいるのかわからない。
とりあえず、夜だ。
薄紺色の空間に浮かび上がるまち並みは、まるで以前に観た映画の舞台のようだった。
一言で現すなら、今、自分は夜の昭和のまちにいる。
明確な時代はわからないが、とにかく古臭いまち並みだった。
夜とはいえ、人の気配が感じられない。
傘のついた裸電球が、勇助の立っている場所をぼんやりと照らしている。広場のような空間になっていて、四方を囲むように路が繋がっている。その先がどうなっているのかは、暗くてよくわからない。
カサカサと小さな音がしたので振り向くと、どぎつい黄色をした大きめのカメムシが三匹、街灯の柱の下で重なり合って動いていた。見たことも無いような毒々しい模様。ぞっとしたが、鳥肌が立つようなことはなかった。
「マジでどこなんだよ、ここは……!」
記憶を必死で探る。
勇助は学校から帰宅してすぐ部屋の机に向かい、デスクトップパソコンでゲームをインストールして──
ゲーム……?
そうだ、ゲームだ。
パソコンで『TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~』をプレイしてからの記憶が無い。
おかしい。
長年使用して表面の一部がつるつるになったキーボードで、何かを入力していた最中だった。
そうだ、ゲーム開始前のチュートリアルの指示で、『よりゲームのリアリティを高めるため』という理由で、身長や体重、握力や百メートル走のタイムなどの記述をしたのだ。体力測定は去年にやったきりなのであまりよく覚えておらず、適当に、少し高めに上積みして答えた。それが本当にゲームに必要な情報なのかは特に考えず、そういうものなのだろうと思った。
そこからだ。
エンターキーを押した瞬間に、パソコンの画面が歪んで、ブラックアウトして……。
絶叫マシンに乗った時のような、刹那的な強い恐怖心は残っているものの、汗はかいていないし、心臓も高鳴っていないし、手も震えていない。
……震えてないだって?
この、臆病者の俺が?
まるで恐怖を、ただ『恐怖という情報』で捉えているような、名状し難い感覚がある。
勇助は胸に手を当ててみた。静かだ。まるで脈すら打っていないように思える。
ふと手の甲に目を向けると、違和感があった。
学校の机を殴った際にできたはずの傷が無い。
跡形も無い。
むしろ不自然なくらいに滑らかな肌。
ふと、嫌な予感がして服装を確認する。
いつの間にか学生服を着ている。見覚えのない学ラン。
学校から帰った後、ゲームをインストールしている時間を利用して、ジャージとTシャツに着替えていたはずなのだが、どうして……?
「……勇助お兄ちゃん」
突然声がしたので振り返ってみると、市松人形を大きくしたような少女が立っていた。
勇助は思わず悲鳴を上げて飛び退き、尻もちをついた。静かなまち並みに、声が吸い込まれていく。
少女の身長は百センチくらいだろうか。裸足だ。わずかに宙に浮いている。芯が強そうな黒くて長い髪に、真っ白な顔。まさに人形のように無表情で、大きな黒目が、勇助の姿を見下ろしている。
その口が、ぱくぱくと機械的に開閉する。
「お兄ちゃん、チュートリアルの続きをしようよ」
少女の声は調子外れなボーカロイドのようで、不気味だ。
勇助は思い出した。
少女は、勇助が先程までパソコンに向かってプレイしていた『TSUCHIGUMO』の、チュートリアル画面上にいた案内役のキャラクターだった。
お支払いとか、お礼とか、こちらのボタンからできます!