TSUCHIGUMO~夜明けのないまち~ 07
07
いつもなら手や足が震えて動けなくなりそうな状況なのに、勇助はしっかりとショットガンを握り、正確に引き金を引くことができた。
銃が大きいため、現実世界であればまず扱えないような角度だが、それでも銃弾を撃ち込む。
狙いは、背後の壁から出現した腕の数々だ。
ゲーム上の演出の癖に握力は強い。
まず、勇助の左腕を掴んでいる腕に向けて撃ち、すぐに左足の方も撃つ。
幸いどちらも一撃で仕留めることができ、銃を左手に持ち替える。
被弾した腕は、赤いしぶきを上げ、力を失った。
二発撃ってしまったが、銃弾の装填は心配いらない。
まるで守護霊か何かが操っているように銃身の中央が勝手に折れて、弾の交換が全自動で行われる。
飛び出した二つの空薬莢《からやっきょう》が、ベッドの布にこつこつと落下する。
宿屋のチェックアウトの時刻まで、残り二十秒。
これを過ぎたら、絶対に悪いことが起きてしまう。
リロードが完了し、勇助は同じ要領で、右腕と右足を自由にした。
このゲームのシステムには利き腕という概念は無いのだろう。狙った通りに体は動いた。
残るは首と頭。
呼吸を必要としないからだろうか。首を握られても不思議と平気で、対応を後回しにしていた。
銃口を自分の首元に向ける。
恐れはあった。
思わず目を閉じて、引き金を引く。銃声が部屋で反響する。
パキン! と甲高い音がして、黄色い閃光が弾けた。
どうやら銃口の向きが逸れて、自分の首に弾が当たったらしい。
弾は一発無駄になったが、ダメージは全く無い。
プレーヤー同士の武器及び素手による攻撃は、この世界では一切が無効となる。
それは勇助自身の武器でも同じことだ。
プレーヤー同士の直接的な《・・・・》殺し合いや、自殺を防ぐためだとか。
勇助はもう一度、自分の首元に向けて引き金を引いた。銃声と共に、赤いしぶきがオーバーに散り、今度は首が自由になった。
残り五秒。
頭を掴んでいた手は、リロードする間に無理やり引っ張ってみたら、なんとか引きはがすことができた。
ダメージ判定が無い以上、髪を引っ張られようが全然痛くなかった。
勇助は目の前の壁に浮き出ている不気味な顔面をなるべく見ないようにしつつ、急いで部屋を出る。
廊下に出て、すぐ階段。
段差を飛ばして下り、突き当りを右に曲がると宿のフロントがある。
フロントカウンターに部屋の鍵を置き、ちらりとフロントマンを見た。
そのフロントマンはNPCと総称される人工のキャラクターで、いわゆる『村人A』のような位置づけの存在。
魂が無い、ゲームの都合で創られただけの、その場限りのキャラクターだ。
軽くお辞儀をするフロントマンに対し、一応こちらもお礼を言っておく。
特に何も言ってこないので、チェックアウトの時間には間に合ったということなのだろう。
時刻を見てみると、午前十時を五秒だけ過ぎていた。
まあ、十時には変わりない。
ほっと胸を撫で下ろし、宿屋の外に出る。
つい空を見上げる。
この時間でも、外は暗い。太陽は山の向こうに隠れたままで顔を出すことはなく、この三日間、その姿を拝むことはできていない。
現在は紺色の空に、うっすらと赤が混ざっている。時間が来れば太陽は引っ込み、夜になる。
この世界では、それが繰り返される。陽が昇ることはない。
「あれ……?」
ふと、勇助は先ほどのフロントマンの顔を思い浮かべ、首を傾げた。
何だか見覚えがあるな……と思った瞬間、ぞっとするものを感じた。
俺の部屋の壁に出た顔と、そっくりだったような……。
その時、勇助の胸がとくとくと脈打ち始めた。
すぐに音が大きくなる。
「マジかよ……マジなのかよ!」
勇助の視界に映っているレーダーの円上に、赤い点が現れた。
赤は、敵の位置を示す点。
その点の方向を見ると、宿屋がある。
今しがた、勇助がチェックアウトを終えた宿だ。
赤い点は、あろうことかこちらに向かって来ている。
鼓動が、どくんどくんと大きく、速くなる。
勇助は瞳を少し上に向けてメニュー画面を開き、武器アイコンを選択。
するとショットガンがどこからともなく出現。それを宿屋に向け、待ち構える。
手や膝が震えることはない。
──だが、怖い。
お支払いとか、お礼とか、こちらのボタンからできます!