地図

あんなに捜し求めていた人生の意味がそこにあった。適当に引き抜いた本の内側。納得させられるような人生の意味らしきものを、先人たちに説かれていた。清々しい筈なのになんだか私のちっぽけさが露呈されてしまったようで、そこで読むのを放棄してしまった。哲学なんか大嫌い。だって、私は大きすぎる規模の話を飽きるまで腐るまで膿むほど擦って、自己完結して気持ちよくなることで自分の価値を見出していた、悲観的で空っぽな優しくない人間だから。何もかもが妬みから生じた反発なのは分かっているし、私は何者にもなれないのももうとっくに知っている。
鏡に散った水滴を睨んでいた。この懐かしい味はイチゴ味の歯磨き粉。デフォルメされたキャラクターの印刷された可愛いパッケージが幼稚だ。ときめきの凝縮。虫歯は、甘いものを過剰摂取すると無条件に出来るものだとアバウトに教わっていたのに全然違うじゃないか。あの時はこのイチゴ味があんなに嬉しかったのに今では吐き気がしてしまう。戻さないように口をキュッと結ぶ。美味しくない。人工的な甘いを存分に楽しめる舌で、体でいたかったのに。甘さに鈍感だなんて、甘さを許せないなんて少女失格の烙印を押されたみたいだ。これをきっと成長と呼ぶのだろう、大人なら。
時間の経過だけはどう足掻けど私の事を待ってくれない。引き止め方も分からない、裾を引っ張るような真似も出来ない。だから一日一日、ちゃんと生きてみようとしてるのに不器用だからすぐ挫けてしまう。
何かを恐れていないと何も出来ない気がしていた。けれどそんなのは都合のいい考えだった。恐れのない人は無い道を当たり前に颯爽と突き進んで行った。怖いものが多すぎた私は振り返ることも前に進むことも出来ないまま、そこに立ち尽くしてただ泣くことしかできなかった。夕日が照り付ける午後4時半過ぎ、相対的な闇。
目的地のない旅に出かけると、逃避行をしているような気がしてきた。割れかけのタイルを踏んだ。有線のイヤホンしか安心できないと言うと時代遅れだと笑われた。歌詞のある曲を聞くと、強烈で毒々しい不安に襲われるようになったのはその頃だった。電波塔はすぐそこに見えるのに、私は圏外だった。
伸びた爪で手首を引っ掻いた。痒くなってきたから、赤くなるまで搔いたけど、血は出ない。無力さに負けて、コンビニエンスストアに駆け込んだ。"省エネ"というワードが所々に貼られている。暗い店内と涼しすぎる冷房。レジにいる店員が欠伸をした隙に、高めの値段が設定されたアイスクリームを品定めする。
窮屈な世間を追い越して早く空を飛んでみたい。

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