青春の音よ、永遠なれ。
3月22日、私は大学を卒業した。
それと同時に4年間所属した軽音楽部も卒部した。
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高校3年生の時、sumikaを好きになったことがきっかけで、「ギターを持って歌いたい!」と思うようになり、気づけば軽音楽部に対する憧れが芽生え始めた。それからは、抱いた憧れを糧に大学受験まで駆け抜け、無事に第1志望の大学に合格した。
そして、大学に入学してから念願だった軽音楽部に入部した。担当はVo./Gt.だ。
当時コロナ禍真っ只中ということもあり、約2年間は活動もゆっくりだったが、ギター初心者の私にとっては大切な期間だった。「バンドメンバーの足を引っ張らないように」という責任感を原動力にして、空き時間を見つけては、ひたすらギターを弾くことに没頭していた。気づけば、ギターを弾くことが日課となり、コードを抑える指の動きもままならず、拙い音しか出せなかった最初の頃に比べ、練習を重ねる毎に上達していくのを感じることができた。(と言いつつ、アルペジオは未だに下手くそなので、今年は1曲でも上達させたい、、!)
そして、大学3年生になってからは活動も活発化し、卒部するまでに多くのステージに出させていただいた。自分の赴くままに音楽と向き合うことができた。
1年生の初ライブでは、1曲だけ(Vo.のみ)の披露だったが、4年生になったラストライブでは、11曲(そのうちVo./Gt.は4曲)も披露させていただいた。
ここに書き出してみると、多くの曲数を披露してきたのかと驚いている。ライブがある度に毎回披露してきた曲もあって思い出深い。
また食堂、講堂、中庭、ライブハウスといった学内・学外問わず、様々な場所で音楽を奏でられて楽しかった。
そしてVo.である以上、MCをする機会もとても多かった。MCをきっかけに言葉と向き合った。日頃から言葉を大切にしようと思えた。(ただ、MCの自信は全くなかった。事前に内容を考えていたが、結局緊張して頭が真っ白になっていた。毎回たどたどしいMCを嫌な顔せず聞いてくれてありがとう。)
このように、軽音楽部として4年間活動できたのは、紛れもなく部員や友人たちのおかげだ。
はじめに、部員と活動する日々は本当に楽しく、気づけば自然と笑顔でいる時間が多かった。先輩・同級生・後輩関係なしにバンドを組み、各々がなるべく無理のないように予定を合わせつつ、一緒に目標を持って音楽を奏でられて嬉しかった。
また、部員が作る温かな空気感が好きだった。その空気感に安心し、沢山素敵な経験をさせていただいた。特に上手下手関係なく、あるがままに弾き語りに挑戦し、自分を成長させる機会に繋がった。そこからラストライブでは、初めて作詞作曲したオリジナル曲も披露させていただいた。(部員からは、「オリジナル曲すごく良かった!」と言葉をかけてもらい、とてもありがたかった。安心した。)
そして、時間を作って毎回ライブに足を運んでくれた友人たちや後輩にも感謝している。来てくれることが本当に嬉しくて、日々の練習にも力が入っていた。また写真や動画も撮ってくれていて、いつでも見返すことができる思い出を残してくれた。みんなの楽しそうな姿をステージ上から見ることができて幸せだった。
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私は自分の存在を否定しそうになった時、特に音楽に救われてきた。言葉と旋律が持つ力に支えられ、なんとかここまで生きてきた。
軽音楽部に入部してからは、音楽を奏でることで、自分を肯定してあげられる瞬間があるということを知ることができた。同時に自分を好きになれた気がした。
それだけじゃない。音楽に取り組むだけでなく、部員のおかげで、遊びなどにも全力で向き合うことができた。(BBQ、飲み会、バレー、気配斬り、綱引きなど…様々な思い出ができた!)
軽音楽部に入部するまで、特に高校生の時は、青春ど真ん中の時期だったはずが、青春だと感じることはほとんどなかった。遊びなんて寧ろ貴重すぎると言わんばかりの日々だった。悩んでは藻掻き、泣くことが多かった。
しかし、軽音楽部に入部してからは、これが青春だと感じることができた。軽音楽部で過ごす日々は、奏でる音の世界観に合わせ、様々な色で彩られていた。無邪気に遊べる時間も幸せで、笑うことが多かった。
振り返ってみると、軽音楽部は愛おしい場所だった。
4年間本当にお世話になりました。
どうか、この青春の音は記憶の中で一生鳴り続けていてほしい。
そして、その記憶を大事に抱えながら音楽を愛でる生活はこれからも続いていくだろう。
感情のままに綴った長々しい文章を
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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