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106億円熔かした大王製紙元会長の「懺悔」に思う

転落した経営者の手記『熔ける』

私は成功した経営者の手記を読むのも好きだが、転落した経営者の手記を読むのはもっと好きだ。人の不幸は蜜の味と言っているのでは決してない。転落した経営者はもう失うものがないため赤裸々で事実を多く含むことが理由の一つ。もう一つは、失敗者の思考のゆがみが、本人の手記を通じて垣間見えるからだ。
とういうわけで今回は、大王製紙の創業家出身で、106億8000万円を子会社から金を借入れてカジノに突っ込み、2011年に逮捕された井川意高・大王製紙元会長の手記『溶ける』を紹介する。

強烈な経営者としての自負

今回改めて読んでみて感じたのは、やっぱり矛盾を抱えた人物だということ。東京大学法学部卒とか関係ない。106億円をスリながら、賭博の極意を伝えようとしているところがまずお笑い草なのだが、懺悔録というにはとにかく言い訳くさい。
彼は第2章で「10代を過ごすうちに、私の中に物事を相対的に見る社会観、プラグマティズム(実用主義)的な考え方が自然と生まれ」、「のちに経営者として多くの従業員を抱えるようになってからとても役に立った」と言っている。実用主義者がこんな快楽にゆだねて身を崩すかよと思うのだが、とにかく有能な経営者としての自負は相当に強い。逮捕後検察官から言われた皮肉も真に受けるくらいである。
では経営者として何をしてきたかを第3章で読むと、銀行の副頭取に直談判して融資してもらったとか、売掛金を回収しに倒産した取引先にトラックに乗り込んだとか、業界団体でTOB反対を表明したとか、ビジネスは数字が重要で浪花節は通用しないとか、自己顕示欲が強い割にはエピソードがどうにも小粒。しかもパワハラ、商慣行違反ぎりぎりである。
たしかに子会社を立て直したり、子供用オムツをリブランディングしたりと実績もあるのだが、父親の根回しや先輩のサポートによるものであると、ここではなぜか正直に告白している。
しかし、なんといってもこれだけ会社に迷惑をかけておいて、「経営者にとって、会社がつぶれるという事態は自分自身の破綻を意味するだけではなく、何百人、何千人という従業員、さらに家族までも路頭に迷わせてしまう」と臆面もなく述べ、現経営陣に対して苦言を呈し「大王製紙、そしてグループおよそ8000人の社員とその家族を、どうか無事に守り抜いてほしい」と述べる厚顔無恥ぶりである。経営者としての自負と無責任ぶりの乖離が激しいのである。

やっぱりボンボンだった

本人は「ボンボン」と言われるのを強烈に嫌っているのだが、章を追うにつれて、「実際ボンボンじゃないかよ」と明らかになってくる。大学時代はBMW635(1000万円!)を乗りまわしていた以外は、「皆さんが想像するほど華やかな学生時代ではなかった」と振り返り、恋人は後の妻だけだったと言ってなかなか好感を持たせたと思いきや、第5章では大学時代から会社の交際費で遊びまわったことを告白している。それも大物女優からアイドルまで実名付きの武勇伝である。
というわけで、私も多少熱くなってしまったが、矛盾多き人物で、自己顕示欲が強く、責任感の欠如が目立った。それにしても一番驚きなのは、会社を失い、株も財産も失った創業家の3代目として、創業者や息子・娘に対して一言もないのだろうか。父親に対しては恨み節ばかりだし。今でも飲み歩いてインスタに挙げて、カジノ法などに一家言もっているみたいだし。強い人だなと思う。それは確かに、すごい。

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