福岡は「正しい街」か~椎名林檎の名曲に想う~

福岡市で10代の7年間を過ごしたアーティストの椎名林檎にとって、福岡は「正しい街」である。

『正しい街』作詞作曲:椎名林檎

あの日飛び出した、此の街と君が正しかったのにね。
不愉快な笑みを向け、長い沈黙の後、態度をさらに悪くしたら、
冷たいアスファルトに、額を擦らせて、私を責めた
君が周りを無くした、私はそれを無視した
さよならを告げた、あの日の唇が一年後、
どういう気持ちで、いま私にキスをしてくれたのかな。
(中略)
なんて大それたことを夢見てしまったのだろう
あんな傲慢な類の愛を押し付けたり
都会では冬の匂いも正しくない
百道浜も君も室見川もない
(中略)
あの日飛び出した此の街と君が正しかったのにね

大それた夢を見て、恋人にひどい別れを告げて飛び出した福岡、でも東京は思っていたものと違って、まさに冬の匂いさえ正しくない、もう恋人も、思い出の場所も失ってしまった――という気持ちが赤裸々に綴られている。椎名林檎がデビュー前に実際の思い出を元に作った曲とされる。デビューアルバム『無罪モラトリアム』の一曲目に収録しようと、最初から決めていたそうである。

百道浜も室見川もコンクリート岸壁と人口浜に覆われているありふれた場所であるという無粋な補足はやめて置いて、私は、福岡市民の東京に対する思いを代表しているような気がする。
ご存じにように福岡市は、出身とするタレントやアーティストが多い。ところがアーティストの活躍の場は今も昔も東京である。だから東京を夢み、東京を目指す。
しかし福岡の人の多くは、東京の「匂い」に戸惑う。ゴミゴミしていて、人はそっけなく、せわしない。そんな東京の一面を見て、多くの福岡の人は「東京もんは冷たかけん」と言って、福岡に帰る。
しかし、東京の雑多性、猥雑性、熱量に魅せられたアーティストは、やがて、東京を舞台とした曲を作るようになる。
椎名林檎もそうだ。「歌舞伎町の女王」「丸の内サディスティック」など次々と東京を舞台にした曲を作り上げ、またたくまに「新宿系」の代表と呼ばれるようになる。『東京事変』なんてバンドを組んで、「群青日和」などの名曲を連発する始末(?)だ。
福岡もエンターテインメントの街といわれる。しかしやはりレコード会社や芸能プロダクション、テレビ局は基本的に東京に集積している。私も東京と福岡の両方を愛しているが、文化的集積地は東京にして、全国に、そして世界に発信していくのがあるべき姿だと思う。
椎名林檎も、例えばロックバンドのナンバーガールも、度々福岡の郷愁を吐露する。それでいい、と個人的には思う。
福岡もエンターテインメントの街といわれる。しかしやはりレコード会社や芸能プロダクション、テレビ局、広告代理店は基本的に東京に集積している。私も東京と福岡の両方を愛しているが、文化的集積地は東京にして、全国に、そして世界に発信していくのがあるべき姿だと思う。

福岡で孵卵し、東京で羽ばたく。「1000年に1度の逸材」といわれた女優・橋本環奈もその一例だ。彼女は地元・福岡のアイドルグループのメンバーとして活動していたところ、彼女のパフォーマンスをとらえた1枚の写真が「奇跡の一枚」として注目され、SNSで拡散、大きな注目を浴びることになった。彼女がもし、彼女が中学卒業時に上京を決断しなかったらどうなっていただろうか。一過性のブームで終わり、活躍の場は地元テレビ局やライブ会場に留まり、いまごろちょうど、地元の男性と結婚をしていたかもしれない。どちらが幸せだったかはとりあえず問わないが、とにかく全国区の女優・橋本環奈は誕生していなかった可能性が高い。

福岡市でも芸能事務所もあり芸能コースの学校もあり、活動するライブ会場もある。しかし福岡市はタレントのインキュベーション(養成)に留まるべきだ。全国からアーティストが集い、コラボレーションし、切磋琢磨することで、新しい文化が生まれる。彼らを発信するエコシステムは、東京にある。

その点で、福岡市を「日本のリバプール」と評したイギリスのガーディアン紙は的を射ている。福岡市の親不孝通りには夜になると「第2の浜崎あゆみ」「第2の椎名林檎」を夢見ている若者が集まってくる。そしてビートルズのように下積み時代を過ごす。

だが、ビートルズがロンドンを目指し、そして世界に羽ばたいていったように、椎名林檎は、東京へ、そして世界へと羽ばたいていった。それが一番理想的なステップだと思う。

東京の真似事をする必要はないし、できない。福岡にしかできないこと、福岡の地域特性を生かしたまちづくりをしていくべきだと思うのだ。

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