見出し画像

福岡市に住むという「ハイブリッド」な生き方

コロナ禍さなかの2021年4月、『東京を捨てる―コロナ移住のリアル』というなかなか刺激的なタイトルが出版された。著者はジャーナリストの澤田晃宏氏で、自らの淡路島移住体験と豊富な取材をもとに、東京からの移住の実態をレポートしている。
人々の移住の理由はさまざまだ。地震と放射能を恐れて活断層の少ない岡山県に引っ越した夫婦、温泉やビーチなど自然に魅せられ、地域おこしをしようと兵庫県に移住した元霞が関官僚、島根県に移り農業と日本酒の杜氏として生計を立てている青年などなど。
だが、同時にこの本には、厳密には東京を捨てきれない人々も数多く登場する。リモートワーク中心になったけれども東京の本社でも働く人たち。群馬県の子育て夫婦、静岡県の若い女性、北海道に土地を買った女性、彼らはすべて、リモートワークで田舎の自然と快適さを満喫しつつ、東京にも仕事があるからと新幹線や飛行機で東京に通う。
東京を捨てないという選択をした「働き方評論家」も登場する。下町情緒のある東京・墨田区から「ギラギラした渋谷区」の近く(大田区)に引っ越し。娘を社会の荒波に打ち勝つためにも、小さいころから刺激のある街で育てたいとのことだ。
ここで浮かび上がってくる問題は、結局どのコミュニティに属すかということである。東京に仕事があるから離れられないという問題もあるだろう。しかしそれ以上に、東京を捨てるということは、今までの人間関係を「チャラ」にすることでもある。それができるかできないかで、東京を捨てるという判断が決まる。具体的には、恋人のいる若者や、友達の多い子どもを持つ夫婦などは、簡単に東京を捨てるというのも難しい。
さて、本稿は福岡市の話である。結論からいうと、東京を捨てることもなく、適度に都会を満喫しつつ、適度に自然と触れ合うことができるのが、福岡市である。これはほとんどの方がご存じなので今まで書かなかったが、なんといっても福岡空港が都心の博多駅や天神から地下鉄で数分なのである。福岡市民であれば、南区だろうが早良区だろうが、東京までドア・ツー・ドアで3時間あれば十分である。
私も2019年に、大学入学以来26年間を過ごした東京を離れ、福岡市に転出したが、東京への未練は断ちがたく、年に2,3回は東京に訪れている。父親からは「なんで(福岡に軸足を定めずに)東京に行くんだ」と小言を言われ、一方、東京の友人からは「今回は何の用で来たの?」と冗談を言われるが、ともかく数カ月に1回のペースで会食なりカラオケなりしていると、自然と元の親密度を取り戻せる。数カ月に1回上京できれば、行ってみたい展覧会や趣味の落語鑑賞などにも固めていける。
澤田氏も指摘しているが、東京は以前の刺激ある街ではなくなった気がする。東京はかつて、街ごとに個性があった。新宿歌舞伎町はアンダーグラウンドの猥雑性があり、渋谷・原宿・表参道は隣の駅なのに女性のファッションはまったく違った。銀座の高級感のあるブティックやクラブには圧倒されたし、秋葉原は電化製品とオタクの聖地であった。神田神保町に行けば雰囲気のある喫茶店で買ったばかりの古書の読書に没頭できたし、お茶の水は中古ギター店が目白押しで、アーティストの卵のたまり場だった。
現在でもそういった個性はあるだろう。しかしネット通販にいつでもどこでも買うことができるようになり、消費地もフラット化してしまった。そしてまばゆいばかりの魅惑が東京から失われつつあるように思う。
確かに六本木や虎ノ門など再開発地域を見るのは楽しい。タワーマンションに住むのもまあ、ステータスを求めるならよいだろう。
だが、福岡市に住んでいれば、東京とほぼ同等のアーバンライフが満喫できる。博多駅の阪急百貨店は有楽町のそれと遜色ない。大型書店や映画館も博多駅で満喫できる。天神や大名のファッションやグルメの感性は東京のそれと同等以上だ。プロスポーツは野球、サッカー、バスケットボール、大相撲と揃っている。夜の繁華街として有名な中洲もある。
そのうえで、満員電車や乗り換えに苦労することもない。範囲を福岡県に広げると通勤時間は平均1時間14分となるが、福岡市内の例えばマンション群のある薬院や平尾、六本松、ももち浜などから博多駅のオフィスの通うとしたら、乗り換え1回のドア・ツー・ドアで30分というところだろう。
そのうえで、自然や歴史に触れ合うこともできる。豊かな自然環境に囲まれた町として全国的なブランドを獲得した糸島市は都心から電車で30分、太宰府天満宮や九州国立博物館など歴史名勝の多い太宰府も電車で30分。福岡市は市域の3分の1を森林で占めており、油山など低山登りも楽しめる。
『東京を捨てる』では、田舎暮らしのデメリットもリアルに紹介している。田舎では下水道が整備されていない市町村も多く、浄化水槽の維持管理費がかかる場合もある。ガスや水道代なども地域によって異なる。物価も家賃も田舎は安いが、結局は「生活費は東京都変わらない」と澤田氏は指摘している。図書館などの公共サービス、学校、習い事などの選択肢も狭まる。
「ギラギラとした」東京の魅力が第一極、「のんびりした」田舎の自然の魅力が第二極だとしたら、福岡市という「ハイブリッド」の魅力は第三極だろう。東京を捨てることなく、田舎の自然の魅力を感じたいのならば、福岡へおいで、と、福岡移住者の私は自信を持って言える。
そして最後にいいたい。「満員電車は二度とごめんだ」と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?