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幕末の福岡藩が目立たなかった理由―佐賀藩との比較―

「幕末の福岡藩ってぜんぜん目立たないね」とはよく言われる質問である。明治維新を主導した「薩長土肥」(薩摩・長州・土佐・肥前)はいずれも西国の雄藩であるが、福岡藩は五十二万石の大藩にも拘わらず、幕末・明治の時代の流れから取り残されてしまった。しかし、なぜだろう。歴史の知らない一部の福岡市民が小馬鹿にする佐賀(肥前)にも出遅れてしまった理由は?そんな福岡市民にもある素朴な疑問に答えてみたい。

幕末の福岡藩と佐賀藩には実は共通点が多い。福岡城では肥前堀と名付けられた堀が明治時代まで天神の南を東西に走っていたが、これは佐賀藩に掘ってもらったものである。関ヶ原の戦いで西軍についた鍋島氏(佐賀藩の始祖)がお取り潰しとなるところを、東軍についた黒田氏(福岡藩の始祖)が徳川家康に口利きしたところ、お家安泰となったことに感謝して、お礼に築城に協力したのだという。福岡・佐賀は相互協定を結んでいたとの指摘もあり、少なくとも敵対する関係ではなかっただろう。

2つめの共通点は江戸時代を通じて福岡・佐賀の両藩が交代で長崎警備の任についていたことだ。長崎警備は両藩にとって大変な負担で、特にフェートン事件(1808)では両藩を窮地に陥らせるが、長崎警備を仰せつかることは雄藩の証ともいわれる栄誉だった。

3つめは黒田長溥(福岡藩)、鍋島直正(佐賀藩)ともに、藩主がいわゆる「蘭癖大名」だったことである。オランダの学問に傾倒し、ともに藩校での人材育成に励んだし、反射炉や種痘、蒸気船などの近代技術を導入しようとした。ちなみに黒田長溥は薩摩の島津家からきた養子であり、同じく蘭癖大名といわれた島津斉彬とは親戚で、兄弟のような仲だったという。

これだけの共通点がありながら、なぜ両藩は明暗が分かれたのだろう。

一つ目は前述のフェートン号事件以降の対応である。フェートン号事件とはオランダ船に偽装したイギリス船が長崎港に侵入し、オランダ商館員を拿捕するという、幕末の幕開けを象徴する事件だったが、当時防備に当たっていたはずの佐賀藩はなんと経費削減のため本来の駐在兵力の10分の1ほどの100人程度しか配備していなかった。このことで鍋島直正の先代・鍋島斉直は閉門100日という処罰が与えられる。一方、福岡藩もフェートン号事件以降の長崎警備増強によって藩財政は破綻に瀕する。
しかし、福岡藩がこれ以降、長崎警備の増強に消極的になっていったのに対し、佐賀藩はこれを屈辱とし、佐賀藩が単独で警備体制の強化を進めることになり、その結果洋式軍事力の蓄積が見られた。とくにヨーロッパでも最新技術であったアームストロング砲を国内で最初に製造したといわれる。異説もあるが、「佐賀の大砲」は上野彰義隊や東北諸藩との戦い(戊辰戦争)で活躍し、恐れられたのは事実である。

2つめは、藩主の姿勢の差である。
ともに開明的な藩主であったが、福岡の黒田長溥が明確な佐幕派(徳川幕府支持)であった。桜田門外の変後には、中村円太や月形洗蔵ら藩内の尊王攘夷派(天皇を中心に据え、異国を打ち払う思想の派閥)から、参勤交代を中止して佐幕から尊王攘夷へと転向するよう促されるが、黒田長溥は藩政誹謗を理由に流罪などに処す(辛酉の獄)。禁門の変以降は、月形洗蔵らが尊王攘夷派の三条実美や五卿を太宰府に移転させ、幕府と長州との関係回復の斡旋を図るなど活躍するが、第二次長州征伐を機に加藤司書らを切腹、月形洗蔵らを斬首の刑に処す(乙丑の獄)。これ以後、福岡藩は佐幕派の性格を鮮明にしていく。

一方、佐賀の鍋島直正は佐幕、尊王、公武合体派(幕府と朝廷が一体となる思想の派閥)のいずれとも均等に距離を置いたため、「肥前の妖怪」と警戒されたという。参預会議や小御所会議などでの発言力を持てず、伏見警護のための京都守護職を求めるものの実らず、政治力・軍事力ともに発揮できなかったことから、かえって藩内における犠牲者を出さずに済んだ。その結果、「佐賀の七賢人」と呼ばれる人物らが活躍することになる。

福岡藩は長州斡旋で存在感を示すなど、途中まで活躍していたのだ。それが黒田家の藩主によって断絶されることになる。長州斡旋は中岡慎太郎や坂本龍馬ら土佐出身の志士に引き継がれ、薩長同盟が成立、福岡藩は薩長土肥の後塵を拝することになる。

薩摩も長州も、関ヶ原の戦いでは西軍に組し、領土を削り取られたため、「徳川憎し」の歴史を260年間抱いていたともいわれる。一方、黒田家は東軍に属し、徳川家康から贈られた「子々孫々まで黒田家を大切にする」という御感状(感謝状)があった。黒田家が佐幕派を貫いたのも御感状の影響だという指摘もある。

とはいえ、黒田長溥はけっして暗君ではなかった。藩校修猷館を再興したり、賛生館という医学校を作ったりした。後者は福岡医学校となり、近大医術の発展に寄与、これが九州帝国大学へと接続されていく。

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