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福岡は知的創造型クラスターになりうるか

私はコラム「福岡は正しい街か―椎名林檎の名曲に想う」で、アーティストは東京に集積したほうがいいと述べたが、私はなにも、すべての若者が東京を目指すべきだといっているわけではない。むしろ逆である。日本はあらゆる機能を東京に集中させすぎた。政治の「永田町」、官僚の「霞が関」、金融の「兜町」があるだけでなく、有力な民間企業も東京に集中している、資本金10億円以上の企業の46.1%は東京にある。新興のIT企業も東京、しかも渋谷区、港区などに集積している。私が何度も言及しているクラスター現象といえるだろう。
ただし、東京のような一極集中は、世界的にみても例外的な現象である。例外は東京と、韓国のソウル(ソウル+インチョン+京畿道)である。ソウルの人口はなんと韓国の総人口の50%に迫っている。韓国の若者の多くは進学と就職を機に、成功を夢見てソウルを目指す。だからソウルは文化・エンターテイメントでも、自動車や半導体、家電やスマートフォンなどの製造業としても、世界に冠する一大クラスターとなった。だが成功者は一握り。家賃も物価も高騰し、多くの若者は苦しい生活を余儀なくされる。映画『パラサイト』で描かれた半地下で暮らす人々も、多少の誇張と皮肉があるものの、ソウルの別の顔である。
生存競争に疲弊した若者は、結婚し、子供を産むことを諦める。韓国の2021年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は0・81で、1970年に統計を取り始めてから最も低かったという。
メガシティのクラスター効果と、少子高齢化はコインの裏表である。東京も同じである。多くの若者は東京を目指すが、東京の物価は高く(全国1位)、育児環境は悪く(待機児童は全国1位)、出生率は全国で最低の1.13である。東京への人口流入が、日本の少子高齢化をもたらしているといって過言ではない。
では、東京の一極集中を防ぎつつ、クラスター効果を発揮するにはどうすればいいか。
それぞれのクラスターを分散させるしかないと私は思う。
アメリカは金融の街(ニューヨーク・ウォール街)、ITの街(サンフランシスコ・シリコンバレー)、政治の街(ワシントンD.C)、映画の街(ロサンゼルス・ハリウッド)など、クラスターが分散している。もちろん一長一短があるが、それぞれの分野で世界をリードしている。
日本も東京の機能を分散させ、それぞれの中枢都市を特性にあった都市に変えていく必要があると私は思う。
では、福岡市はどんな街を目指せばいいか。
2010年から現職の高島宗一郎市長はカンファレンス「あすか会議2015」において「私は実は町づくりはポートランド、スタートアップはシアトルを参考にしようと思ってるんですね」と述べている。
高島市長は2011年9月に、シアトルを訪れ、大きな衝撃を受けたという。シアトルの人口は福岡市の半数にも満たない。にもかかわらず、マイクロソフト、アマゾン、スターバックス、コストコといった世界的企業が生まれ、今もなお本拠地にしている。「海山に囲まれた豊かな自然環境」「コンパクトな都市機能」「優れた学生を抱える大学」など、「福岡とシアトルが得意とする部分がまったく一緒」だと感じたと高島市長は振り返る。シアトル市のように一からスタートアップを支援し、大企業を育てたい。――大企業の誘致合戦では東京に勝つのは難しい。再三述べてきたように福岡市は工業用水や広大な平野に恵まれておらず、製造業を誘致するのも難しい。ではどんな企業を育てればいいのか。福岡市は妖怪ウォッチの大ヒットで有名なレベルファイブなどコンテンツ系の成長企業も多い。知識創造型の産業こそ、福岡市にふさわしいと高島市長は考えた。
福岡市は2012年「スタートアップ都市・福岡」を宣言。2014年、起業の相談窓口「スタートアップカフェ」を開設、オープンしてから1年以内に1300件以上の相談を受け、実際に36社のスタートアップが誕生した。2017年には官民が連携して運営する創業支援施設「Fukuoka Growth Next」を開設するなど矢継ぎ早に施策を講じる。
福岡市は、2014年に「グローバル・雇用創出特区」に指定された。「スタートアップビザ」や「スタートアップ法人減税」など国による規制緩和と福岡市独自の施策を組み合わせて、創業支援や雇用創出に取りくんでいる。
一方、ポートランドを参考にしたいと高島市長が考えたのは、「モデレート」(適度な)環境である。具体的には、単に人口や経済規模が大きいだけでなく、住む人が快適でストレスが少なく、健康的、文化的で持続可能な街。
「人と環境と都市活力の調和がとれたアジアのリーダー都市」を目指すと高島市長は語っている。
住・働の地域がコンパクトにまとまっており、「リバブル」(住みやすい)ことが強みとされてきた福岡市だが、ここ数年で人口は10万人以上増え、160万人を突破している。待機児童も増えるなど「成長痛」がささやかれ、「パンク寸前」と揶揄するメディアも出てきている。高島市長自身も「この人口推計(2030年ころに160万人を超えるという将来人口推計)は私のモチベーションの一つで、(中略)市長になったからには、この予測を上回る成長を実現したいという思いがありました」と振り返り、人口増が成長の一つのバロメーターだとしている。
しかし高島市長は単に人口や経済規模をやみくもに大きくしたいと思っていないと想像する。だからこそ、参考の都市としてポートランドを挙げたのだと思う。
知的創造型産業都市への転換は容易ではない。IT企業は製造業以上にクラスターを形成しやすく、現にIT企業の多くは東京の渋谷区・港区などに集中している。福岡市は東京と張り合うことをやめたとも指摘されているが、有望なベンチャー企業の誘致も、今や東京・大阪などとまっこう勝負の時代になった。これらの都市も「スタートアップカフェ」を作るなど、ベンチャー誘致に躍起になっているからだ。
東京にはない魅力をベンチャー企業に提供すること。それは結局、リバブルでモデレートな労働・住居環境の整備だろうと私は思う。

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