福岡は国際金融都市になれるか?

東京のある中堅印刷会社の経営者に取材したことがある。大手出版社の文庫本の表紙を一手に手掛けるなど出版物の印刷で有名な会社だったので、出だしに「御社は出版印刷専門の印刷会社ですが…」と問いかけると、その経営者は私の勘違いを柔らかく訂正した。

「もともとは総合印刷会社で、今でも商業印刷(チラシやパンフレットなど)も行っていますよ。東京という土地柄、出版社とのお付き合いが増えていった経緯はありますが」。

続いて私は、その印刷会社がなぜ投資信託のドキュメント製作サービスに参入したのかと伺った。するとその方は、にこやかにこう仰った。

「東京は、出版の街であり、金融の街だからです」。

恥ずかしながら私は、目から鱗が落ちた思いだった。東京というメガシティに何年もいると、つい地域特性を見失いがちになる。東京は全国的に見ると、出版・印刷の街であり、金融の街なのだ。「印刷業界はもともと地域性の高い業界であり、東京という地域性を考えると開拓すべき市場もみえてきます」とその方は続けた。

長々と東京での印刷業界誌記者時代の思い出を語ってしまったが、この連載は福岡市についての話である。

福岡市では2020年9月、”国際金融機能誘致を目指した、産学官によるオール福岡の推進組織”「TEAM FUKUOKA」が結成された。福岡市を香港のような国際金融都市にしようというもので、メンバーは九州経済連合会、福岡県、福岡市に、民間企業8社、九州大学、税理士・公認会計士・弁護士団体、福岡証券取引所などのトップという文字通りオール福岡、かつ厳選されたチームである。

政府は国際金融都市の候補地として東京・大阪・福岡の3都市を挙げたという。「国際金融都市ランキング2021」の9位である東京の向こうを張って候補地に挙げられたこと自体すごいことである。すでに2022年2月現在、香港に本社を置くMCPなど4社の誘致に成功してもいる。

国際金融都市は日本に何都市もある必要はないだろう。福岡市がアジアに冠する金融都市になるには、英語の話せる人材、オフィス環境、高度人材に対応した住宅・生活サポートなど様々な課題があるが、アジアとの交通の便、若者人口の多さ、ベンチャー企業や本社機能の誘致の成功などアドバンテージもある。

私は、カギは「クラスター」だと思っている。コロナ禍ですっかり印象の悪い言葉になってしまったが、経済用語でクラスターとは、「相互に関連する企業や機関が、狭い地理的な範囲の中で、ある分野に集中して存在する現象。これらの企業や機関は共通性や補完性で結び付けられている」と定義される(マイケル・ポーターによる)。

多くの金融企業が集積できるか、高度な企業や人材が競合したり、情報を交換したりして、成長することができるか。そして、例えば印刷業界でいうとプロネクサスや宝印刷といったディスクロージャー支援会社など、さまざまな関連会社が地理的・知的に集積できるか、それに掛かっていると思う。

クラスターというと、ネットスラングで「ネットを介した似た者同士の群れ」を指す。また製造業ならともかく、金融・情報業で地理的クラスターが必要かという疑問もある。調べてみると「クラスター株式会社」という、メタバースプラットフォーム(ネットでの仮想空間)を提供している会社もある。クラスターは仮想空間でも十分成り立ちえるという意見もあるかもしれない。

しかし、ニューヨークのウォール街やロンドン市はどうだろうか。高度なビジネスエリートや企業が地理的に集積し、生活し、競合し、情報交換しており、関連企業も存在するからこそ、国際金融都市たりえているのではないだろうか。

というわけで、アジアへの玄関口という地理的アドバンテージや、空港と市街地の近さなどの強みを生かしながら、いかにクラスターを形成するかがカギとなる。そのためには、高度な人材と企業、そしてそれを魅了するオフィス・住宅・生活環境の提供が求められる。

商都・福岡天神が「ビジネス街」に生まれ変わろうとしているのも、国際都市を目指す福岡市のベクトルに合わせてのことなのである。それについては後述する。

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