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ジャパネットが福岡・天神を選んだわけ

「天神ビッグバン」の第1号ビルとして2021年9月にオープンしたのが、「天神ビジネスセンター」である。隣の新福ビル街区が2025年3月のオープンの予定だから、事業主・福岡地所の素早い経営判断と行動力のたまものといえるだろう。
オープンに先立つ2020年11月に、通販会社・ジャパネットによる3フロアの区分所有が決まり、ジャパネットの髙田旭人社長、福岡市の高島宗一郎市長、福岡地所の榎本一郎社長が記者会見に臨んだ。一目で観て「若いな!」という印象である。髙田社長は41歳、高島市長は46歳、榎本社長も46歳(2020年11月当時)。このような若いリーダーが、これからの福岡市を担っていくのだろう。ちなみにビルをデザインした福岡県出身の建築家・重松象平氏は47歳(当時)である。
しかしなぜ、通販会社のジャパネットが本社の佐世保でもなく、本社機能を持つ東京でもなく、ここ福岡の中心地・天神のど真ん中に本社機能の一部を移転させたのだろうか。


鍵は、働き方改革である。


ジャパネットといえば、テレビ通販番組での商売っ気丸出しのトークと親しみやすいキャラクターで庶民を魅了した髙田明氏だが、明氏は2015年に長男の旭人氏に経営をバトンタッチしている。カリスマの創業者でありプレイヤーであるトップを失い、どうなるかと思ったら、旭人氏の強いリーダーシップのもとで、ジャパネットは第2の成長期を迎えている。
髙田旭人氏は1979年長崎県佐世保生まれ。カメラ店を経営していた両親からは「仕事が第一」といわれ、「子どもははやく自立したほうが良い」という方針から、中学生から親元を離れ、福岡県の久留米附設中学・高校に入学。その反発心と「コネ入社と思われたくない」という気概から東京大学に入学、野村證券からジャパネットに入社したというから、頭脳明晰であることはもちろん、相当な意志と行動力を持っているのだろう。
旭人氏は入社後も先代と衝突を繰り返してきたというから、経営判断も対照的なのかと思ったらそうでなく、先代が是とする商品の「厳選集中主義」を継承し、磨き上げていった。CSデジタル放送の1時間の番組で1商品のみを紹介する番組構成にしたり、24時間に限り1商品にのみを激安価格で売り切るキャンペーンを張ったり、約30万円のクルーズ旅行をジャパネット仕様にして売り出すなど、次々に新しい企画を立ち上げていった。ただの2世社長ではない。

その若き辣腕が同時に進めてきたのが、働き方改革である。髙田旭人氏は2020年2月ころから始まったコロナ禍を機に、社員の通勤時間の短縮を考えるようになり、「自宅をオフィスに近づけるか、オフィスを自宅に近づけるか」という発想に行きついたという。そして前者に関しては、東京のオフィスから2キロ以内に住み、徒歩で通勤する従業員に毎月特別手当を支給したり、年内にオフィスの近くに引っ越す従業員に対して、引っ越し代金を支払う新制度を導入したりした。
そして後者に関して考えたのが、オフィスの地方移転である。そこで高田社長が決断したのが、福岡市・天神への本社機能の一部移転である。

東京の通勤時間は約40分、福岡の通勤時間は約15分である。

福岡から東京へ、東京から福岡へ引っ越してきた私が思うのは、「もう2度と満員電車には乗りたくない」という思いである。私が務めていた業界新聞社は東京・中央区の都心にあったが、薄給のために練馬区から1時間かけて通勤しなければならなかった。それでも家賃は高く、生活は苦しかった。私はまだいい方で、一人暮らしが厳しいために、実家のある東京都の国立市や千葉県の柏市、神奈川県の藤沢市などから1時間半かけて通ってきた人もざらであった。1時間半となると、もう旅行である。
その点、福岡・天神への通勤は実に楽だ。私は福岡市南区の大橋というところに住んでいるが、天神ビジネスセンターに通勤するとすればドア・トゥ・ドアでまさに15分だ。電車は特急で6分であり、東京のような満員電車ではない。このような通勤環境だから、働き方改革を模索していた高田氏にとっては福岡・天神は絶好の場所だったのだろう。
福岡市の中心部で働けるのはメリットは大きい。家賃も物価も東京に比べれば安く、比較的可処分所得の高い生活ができる。都会に暮らしながら海や山にも近く、ライフ・ワーク・バランスにはぴったりだ。
髙田旭洋氏の経営判断の素晴らしさというのが、東京・麻布にもオフィスを残しつつ、福岡・天神にオフィスを設け、さらに長崎市にも拠点を設けるということだ。東京に愛着を感じる人は東京に残し、ワーク・ライフ・バランスを考えている人は福岡・天神に移し、創業の地・佐世保や長崎にも地元の人材を残す。そのことで、従業員は一番働きやすい環境を選ぶことができる。


私はジャパネットの狙いは、もう一つあると思う。福岡市在住の高度な人材の確保だ。
東京という大企業の集積地では、中堅企業のジャパネットはどうしても人材獲得に競り負けてしまう。そこで福岡市に目を向け、郷土愛もありワーク・ライフ・バランスに魅力を感じる若くて優秀な人材を獲得しようとしているのではないか。これは東京の大企業も与えられないインセンティブでもある。
もう一つのインセンティブは、ブランド力のある天神の真ん中にある、お洒落でグレードの高い天神ビジネスセンターのオフィスで働けるということだ。通勤の便、暮らしやすい環境、そしてプライドの持てるオフィス環境…「アマゾンに対抗できるのはジャパネットしかいない」という福岡地所の榎本社長の説明は多少のおべっかはあるにせよ、本気で中堅企業からグローバル企業に飛躍したいと考えるジャパネットにとっては、福岡・天神は最適の場所なのではないだろうか。

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