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親教、卒業したら、本当の自由がやってきた!

先月、親教シスターズと共に、千葉の君津にあるまりぽ農園に行ってきました。親教シスターズは、親教を共に開催するお仲間です。みんな、もともとは結構ハードな親教で、毒親、あるいは溺愛親で育っています。

一年間の親教主宰を経て、どんどん変化し、今、本当にみんなそれぞれ自由を満喫しています。親教のお話し会でシェアしていくたびに、または、その後も、へぇ~そんなことあったの? えっ、こんなところにも親教の影響が及んでいたの? と驚くことがあります。


親子関係は相手を変えて延々と繰り返される

これまでは、親教がベースにあるので、ついつい、人付き合いにおいても、親子の中で育まれた自分像というものが邪魔をしていました。
たとえば、親子関係でいい子のふりをしていた人は、自分が本当にしたいことを自由に言えないでいたり…。親子関係で抑圧されてきた人は、いまだに、誰かから抑圧されるような関係を作ってしまったり…。あるいは、親子関係で反抗的な態度をとることを選択してきた人は、他の人との関係でやたら相手を非難する部分ばかりが氣になったり…。

本当の自分で生きようと思っても、親子関係で学んでしまったものが、無意識のうちにループのように繰り返される。そんなことがあります。

じゃあ、どうしたらいいの?


間違った刷り込みを見つける

それは、親子関係で何を学んでしまったのか、間違って学んでしまったもの、刷り込まれてしまったことを見つけていくことが大切になります。

とはいえ、自分の否定的な部分を見つめるって、結構ハードだったりします。なので、ほとんどの人は、そういうものと向き合いたくないっ!!ってなります。

そこにあえて切り込んでいくのが“親教”です。だって、何がどうなっているかをちゃんと見ないと変わらないからです。


否定的な自分を見ても大丈夫

そして、否定的な部分を目にしても、それが本当のあなたじゃないことを私たちは知っているから。本当は、私たちは、とっても素敵な存在だということを十分にわかっているから。だからこそ、否定的な部分を見ても大丈夫って言えるんです。形而上学の知識をしっかりと受け取り、エネルギー的にもそれがハッキリとわかって運営している、というのは結構大きなことです。それがあるゆえに、誰も否定的にならずに自分を見つめることができる点は大きいですね。


誰かのせいにしない

それから、もうひとつ、誰かのせいにしない、ということも大切です。たとえば、親教だと、両親のどちらかが悪いってなります。でも、そうやって、誰かのせいにして、あなたは悪くないよ、というのは違うと思っています。他責で生きるって楽に見えるけれど、実は、結局、嫌なことを避けて生きるっていう選択をする時点で、あなたの力を認めていないことになります。本当は、そういう嫌なことも乗り越える力をもっているあなたです。その力を発動していくこと。それが大事です。そのためにも、自分が誰かを知っているってすごいことなのです。👉これは、アデプトプログラムで思い出していくプロセスがおすすめです。
嫌なことも乗り越えること。その力を持ってきたのだから。乗り越えないと、また、似たような試練がやってきます。あるいは、試練が来ないとしたら、そこで、あなたの学びが停滞します。

人生は進化・成長のためにあるのです。それなのに、自分自身を磨いて成長することを辞めてしまったら、後に待っているものは、そのツケを払って生きる人生です。どのタイミングでやってくるかは分からないけれど、何もいいことはないと思います。


自分のせいにもしない

じゃあ、誰かのせいにしないのなら、自分が悪いってこと?
これも違います。あなたが悪いわけではありません。たまたま、いろいろな事情が重なってそうなってしまった。でも、そこから、何を学んでいくかが大事で、どういう風に生きていくかが大事。そして、今、変えられることを取り組むことが大事です。
今も間違ったままの刷り込みを持ち続けているとしたら、これはよくない。だって、その後も二重被害をもたらすだけだから…。

じゃあ、どうする?って、そこが大事で、変えられない過去を後悔したり、過去に起きたことを非難してもしようがない。そうではなくて、自分にどんな影響をもたらしたかをしっかりと見つめて、前進していく道筋を作る。それが親教のポイントかなぁ~。


親教を卒業すると、本当の自由がやってくる

1人だけで親教の問題と向き合うって、結構ハードです。
でも、仲間とシェアしていくと、意外と、大変なことが笑いに変わったり…。あるいは、自分だけじゃなかったんだ、という安堵になったり…。そうしていくうちに、いろんなことがオープンに見えてくる。
涙、涙、そして、ときには笑い、あるいはオドロキ。
いろんな感情が沸き起こって。最後は、自分って、結構すごいんだと思えるようになる。あるいは、親教でよかったと思えるようになる。(👈ここに行きつくにはもちろん時間がかかります)
何よりも、自分が望む人生が作り出せるようになっていきます。これが大きいですね。自分が心から望むことってなんだったんだろうって。親教どっぷりの人は、これがしばしば見えなくなってしまっているのです。
そういうものから解き放たれて、本当の自分の欲求と向き合うことが増えていく。そして、一歩ずつ試していくうちに、あら、かなり変わった~。と実感する日がやってくる。

その姿は、まわりの人たちから見ると、ものすごい変化です。自分じゃ氣がつかなくても、まわりにはバッチリ見えています。自由になったね~って分かります。

肩こりも減るんですよね。不思議と。


親教、お話し会、第一回が延び延びになっていましたが、ランチ会として初回を計画中です。


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