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おかえり

昨日は気持ちいいくらいの快晴だった。

朝9:30からの葬儀だったから早めにおきて、ソワソワと寂しさがごっちゃになったよく分からない心境で式場へ。

お坊さんに戒名の説明をいただき、いよいよひとりぼっち葬儀のスタート。

司会の方がしっとりと進行していくのは父の時と同じ。ただ参列者が私だけというのに、椅子がちゃんといくつも並べられていた。そのお陰か一人でも余り意識することなくいられた。
お坊さんのお経を聞きながらこれまでのことを思い出し、いよいよ母が肉体とともにこの世から消えてしまう事実に胸が苦しくなる。
親戚から生花を提供してもらったので、思ったよりもちゃんとした見栄えになり良かった。

お経が終わり、棺に思い出の品と花を埋めていく。
思い出の品は、部屋の中を探したけどやはり手芸が好きだったから刺繍したものと手作りのお手玉、あとはかぶってた帽子とダルマ?の小物(これは大事にしてたかあやしいけど)を入れた。

その後お花を入れていくのだが、父の時は親戚一同で一斉に入れたからすぐ終わったけど、今回は私ひとり。これが予想外にまごまごして大変だった!
係員の人は花をスタンバイしてくれるけど、入れるのは私ひとりで周りで他の係員さんが見守ってるのが私にとっては早くしなきゃ!と若干プレッシャーに(汗)無造作に入れるのもお母さんに申し訳ないし、丁寧に入れつつスピーディーに頑張った。
そしてその間、お願いして写真も撮ってもらえたから良かった。

その後は火葬場へ車で向かう。
その間、私の座っている席のすぐ隣に母の棺があったので顔が見える扉を開けていいと言われずーっと顔を見ることができた。
この顔を見るのはもうこれで最後になるのかと、とにかく悲しい思いで眺めていた。
でもどうにもできない。しょうがない。

火葬場に着き、火葬ブースに母の棺がスタンバイされ間違いないかを確認。父の時の場所と同じ気がする。11番だったはず。
中に棺が入っていき扉が閉じられた時、涙が溢れた。この瞬間は心が引き裂かれるほど悲しくなる。
これでもう二度と母の姿は見られない。

泣きながら待合室のソファーでひとり待つ。
でも段々気持ちも落ち着いてきたから、スマホを触ったりぼーっとしながら時間は過ぎる。
他にも数組、ご家族が待っていた。
父の時はもっと人がいたが、コロナのこともあってか少人数での葬儀という傾向なのかもな。

そんなこんなで時間は過ぎ骨を骨壷に入れる。私一人だと大変なので係員さんも一緒に入れてくれる。
今回も父と同じ3寸の小さいサイズにした。
母は骨粗鬆症だったから骨があまり残らないかもと思ったけど、ごく平均的に残ったらしい。

これにて無事に葬儀は終わった。

骨壷だけ持ってタクシーで家に戻り、後で葬儀屋さんが遺影と花束など必要なもの、そして請求書を置いて帰ってしまうと一気に静寂。
横を見ると、遺影と骨壷がふたつ並んでいる。

お母さん、おかえり。

実に9年ぶりに家に帰ってこれた。
長かったねー。
二人揃ってこんなに早く逝ってしまうとはねー。

着替えて買い物に行き、親戚にも無事に終わったことを報告して、夜は父の誕生日と母の弔いの宴となった。遺影の前で買ってきたオレンジワインを飲みながら、ひとりでダラダラとしゃべる私。
何を話してたか覚えてない…
二人の好きなお寿司を置いて、ふたつのグラスにワインを注ぎ三人家族水入らずの夜。

悲しいのと気が抜けたのと感情の波が引いては寄せせていく。
母の魂がここにいることを信じ、昔の写真を見ながら思い出にひたり、私も随分生きてきたんだという気持ちに。

たらふく食べて飲んで寝たら、今日の朝は寝坊ぎみ。でも今日はひたすら何もしないと決めたから、今はすっかりフヌケ。
朝、海のある街にいる大事な人から電話があり、かけてくれた言葉に号泣。これまで一人でよく頑張ったこと、これからは私自身の新たな人生のスタートだということ、この先どこに住むかなど私の将来設計をそろそろちゃんとたてていきちゃんと老後も見据えること、お金はあった方がいいから子供のように大事にすること、など色んなアドバイスをくれた。そして…

きっと私はまた誰かと結婚できる!

…んだそうだ。

んー、ピンと来ない(泣)
男性を見る目がないという自覚があるから、もしそんな人が現れたらその人に見てもらうことを約束。

それ意外でも電話やラインなど励ましの言葉をたくさんもらって、私は一人じゃないなって思えた。
ひとりっ子だけど、ひとりじゃない。

お昼はペヤング。ポテチとスイーツのおやつ。
食べ物はジャンクな一日。
今日は本当に気力が出なかった。きっと明日もこんな感じかもしれない。大丈夫かな…?
不自由な身体から解き放たれた母が私を見て、失望しそうだ。
心配で成仏できなかったら申し訳ないから、早く復活せないかん。

あさってから本気出す(明日は休業)!

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しばらく無職で介護ニート、だったけど海の見える街で細々と働き始めた。 アルツハイマー型認知症を発症した母に続き、レビー小体型認知症と診断された父親を持つ40代のひとりっ子。父は今年他界。 心折れそうになる毎日の中から少しでも希望を見いだせないかという思いで日々を綴ろうと思います。
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