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うつ病、双極性障害

2015年12月1日から、改正労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」が施行された。これは、会社企業の労働者の中で、うつ病を中心とした精神疾患により、就業不能・休業状態の労働者の割合が年々増加していることに対する予防措置だ。事業者と労働者双方にとって、労働者の健康被害や生産性の低下は大きな不利益をもたらすからだ。

この制度の内容としては、労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査および面接指導が実施される。さらに、事業者は面接指導の結果に基づき、心身の高ストレスを示す労働者に対しての健全化への支援や配慮を促すことが必要とされている。

産業界で特に注目されるうつ病においては、過労による自殺が「労災」と認定されるかどうかが議論の的となることもある。うつ病や双極性障害などの気分障害は、これらの問題の中核をなす。

うつ病の症状は、気分の沈み、楽しめないこと、いらいらや落ち着かない気持ち、自己責任感、睡眠障害、食欲不振、体重減少、倦怠感など、心身両面にわたって現れる。また、性差においては、女性の方が罹患しやすいが、うつ病・双極性障害に伴う自殺は男性の方が圧倒的に多い。女性の生涯有病率が高い理由には、月経周期に関連した月経関連症候群や産褥期うつ病の罹患率の高さが考えられている。また、日本においては、うつ病に罹患する若年化の傾向が認められており、これは西欧の先進国と同様、人権感覚の成熟や情報伝達の機械化、核家族化や個人の孤立化など、文明社会の進歩と深く関わっていると思われる。

うつ病を原因からみる分類としては、身体因性うつ病・外因性うつ病、内因性うつ病、心因性うつ病などがある。身体因性うつ病・外因性うつ病は、全身性エリテマトーデスや甲状腺機能低下症、パーキンソン病などの免疫・内分泌・神経疾患に併発するうつ病や、インターフェロンや副腎皮質ステロイドなどの他疾患治療のための薬剤自体が原因となるうつ病を指す。内因性うつ病は典型的なうつ病であり、明らかな原因を特定できない一方で、脳内の神経伝達物質の過不足が推定されている。通常、抗うつ薬がよく効くとされる。患者本人の苦しみを考えると、早期に適切な治療がなされるべきであると考えられている。また、躁状態を呈する患者では、気分が躁相に振れた後に、強いうつ相を呈することがあり、このときに自殺の危険性が高まるとされている。これらを双極性障害(躁うつ病)と位置づけて、慎重に治療管理されることが推奨されている。

心因性うつ病は、性格や環境がうつ状態に強く関係している場合を指し、抑うつ神経症(神経症性抑うつ)と呼ばれることもある。職場の人間関係など環境の影響が強い場合には、反応性うつ病とも呼ばれ、薬物療法よりもむしろ職務の変更や部署異動など環境調整への介入の方が有効なことがある。

西欧では、内因性うつ病になりやすい性格・気質として、「まじめで几帳面、責任感が強く他人に非常に気を遣い、頼まれたら嫌と言えない」といった患者の特徴を発見したテレンバッハのメランコリー論を中心に、うつ病について議論されてきた。

近年、国際的には国際疾病分類(ICD)やDSM分類での診断法に基づいたものが主流だが、わが国でのうつ病の伝統的診断法としては、笠原─木村分類によるうつ病の診断法が有名だ。それは、うつ病の原因を内因性や心因性の分類のみではなく、特にメランコリー親和型性格や下田光造が提唱した執着気質などの多様な病前性格を中心として、その病像、発病状況、生活史などを多面的経時的に捉えて分類したものだ。また、笠原嘉氏は、うつ病の回復過程についても分かりやすく示しており、しばしば回復仮説モデルとして引用されている。

日本のフロイト研究の第一人者である小此木啓吾氏によれば、突然の死別体験や災害による喪失体験など、愛着ある対象を喪失することによって内的に起きてくる悲哀感情のプロセスとうつ病との深い関わりについて述べている。大事な物を失くす、大切な人と死別するなどの経験は、誰しも多かれ少なかれ経験することだが、その対象喪失体験では、失った対象に対する「理想化」あるいは「恐怖」といった心理や、それにともなった「罪悪感」、「償い」や「仇討」の心理などの複雑な心理プロセスを段階的に経験して解決してゆくことが、大切なことであるとされている。つまり、対象喪失した後の複雑な心理プロセスを段階的に経験して解決してゆくこと自体が、「喪の仕事」あるいは「悲哀の仕事」(grief work)の課題とされているが、実際には悲哀の苦痛から防衛的に逃避することで、ある段階の心理状態にこだわってしまい、悲哀の仕事を達成できずにうつ病を呈する場合もある。

このような場合には、悲哀の苦痛を回避するために行っている「否認」や、躁的防衛としての「元気すぎる行動」を表面的に支持するのではなく、むしろ自身が悲しみを素直に悲しめるように、苦痛を苦痛として感じ、悔やみや怨み、罪悪感をも自然に心に体験できるように、治療的に場の配慮(患者自身の心に素直に向き合える雰囲気づくりをすること)をした上で促していくことが大切だ。その心理過程を経て初めて、喪失への恐れを克服して、自分自身を受容することができ、「自己愛の傷つき:トラウマ」やうつ病から解放される。

一般に、うつ病の治療には薬物療法と非薬物療法がある。薬物療法では、セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミン、ヒスタミン、アセチルコリンなどの神経伝達物質を内服薬で調整する。約七割の方が、一~二カ月程度で抑うつ症状は寛解するといわれており、再燃予防のために、寛解後も半年間程度は服薬することが推奨されている。

レジリエンスの観点からは、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬で回復の起点をつくり、個人のもつ自然回復力で、元来の生活や社会活動が行えるように治癒を促すのが理想的な治療過程だ。

他方、非薬物療法には、PTSDの治療で示したような心理療法や、認知行動療法、森田療法、力動的精神療法などの治療法と、一部の重症例では電気けいれん療法が有効であり、様々な治療法を組み合わせてうつ病治療を行うことが一般的である。

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