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季節は春だった。

学生の時に風呂なしの事故物件に住んでいた。閑静な住宅街にその風呂なしアパートはあって、静かで日がよく差し込み庭に柿の木があった。住人は総じて金がないものだから、こぞって庭の果実を取り合った。風呂なしアパートと東京の掛け算から容易に推測できるように、そこには大量のゴキブリがいた。様々な努力をしてゴキブリと共生することを試みたけれども、結局はどれもダメだった。ゴキブリが出現したときには殺すことなくただ見つめ会い、お互いの存在認め合うことを試みたが、体から鳥肌が収まることはなかった。大学の図書館でゴキブリに関するすべての書籍を読み好きになろうと試みたりもした。だが、僕が身に着けたのは「いかに逃がすことなく殺すか」ということだった。3種類のスプレーを買い、どれが一番簡単に奴らを殺せるのか研究したこともある。とにかく、奴のことが好きになれなかった。なぜかは思い出せないが「水がないとゴキブリは生きることができない」という天啓をえて、生命の根源である水を奴らから奪うことを思いついた。僕は喜んで部屋の水を止めた。トイレは大学かコンビニで行えばいいと考えていたし、すべてが順調に進み、平安な生活が送れると考えていた。ある朝起きると猛烈な腹痛と共に起きた。すぐに大学のトイレに向かうも、正門で景気よく漏らした。

季節は春だった。