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風の絵の具は何色? 読書感想文『風姿花伝』

 時代が、変わるらしい。

 雑誌をぱらぱらとめくると、2020年12月から今後250年間は「風の時代」と呼ばれる星回りになると書かれていた。風。大好きな「ポカホンタス」の劇中歌を思い出す。

何もかもがわかるというの?知らないことばかりよ そうでしょう(ポカホンタス/カラー・オブ・ザ・ウィンド)

 これまでの「地の時代」的社会構造が一度まっさらになって再構築されるらしい。鋼の錬金術師で聞いたような用語とかなり莫大な数字になんじゃそりゃ、と面食らったものの、確かに社会的に変容を求められているなーという空気はひしひしと感じている。

 そんな過渡期において、これからの時代を乗りこなしていくための知恵を学び、"風の絵の具"を集めるために、読書感想を記録していくことにする。まずは「風」を冠する一冊から。

『風姿花伝』

 『風姿花伝』は室町時代前期に将軍義満の後ろ盾を得て能を大成した世阿弥(1363/64〜1443?)による能楽理論書だ。

花と、面白きと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり(別紙口伝)

 「花」とは、観客が心の中で新鮮な魅力を感じることだ。しかし花は必ず散る。散るからこそ、咲いたときが珍しいのだ。だからこそ能も、同じところに停滞し続けないことを、まず花として認識すべきなのである。

 だが、単にめずらしさを追い求めて突飛なことをせよというわけではない。習得した芸を熟達した上で、その時の時節をよく理解してふさわしい演目を見せるべきである。

一、秘する花を知る事。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからずとなり、この分け目を知る事、肝要の花なり。(別紙口伝)

 すべての物事において、それぞれの道で秘伝というのはそれを秘密にするからこそ効用がある。観客の心に予想外の新鮮な感動をもたらす方法が「花」といえるので、観客にとってはそれが秘密であり、花であると悟らせずにいてこそ、芸の花を咲かせることができるのだ。

 このように、世阿弥はどのような場面においても観客に「花」を感じさせる方法を模索し、理論化している。

 面白いのが、一貫して「花」も「観客」も流動的なものだと捉えられていることだ。

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(小野小町)

 咲く花も肉体もうつろうし、気持ちも雨のように変化する。世阿弥は幼少からその美貌で将軍にとりたてられたが、移り変わる容姿や権力に翻弄される。そんななかで、いっときの「時分の花」ではなく、不変の「まことの花」をめざそうともがいた。

因果の花を知る事、極めなるべし(別紙口伝)

 どのような時期でもよい時分と悪い時分があり、人力ではどうしようもない因果がある。

 世阿弥は、舞台の成功/失敗の原因を分析し、必ず成功させるため研究を重ねた。因果を宇宙の普遍的な法則と認めた上で、勝機をうかがい、チャンス到来時にとっておきを演じよ。舞台に立つものの勝利への信念が肝要だと述べている。ここでは「花」がひとつの戦略として現れる。

 世阿弥の因果論は、例えば過去の"失敗"という一点に注目し、囚われて、必要以上に自己否定に陥いって留まることをよしとせず、因果を大きな枠としてとらえ、次に咲かせる「花」へのバネへと転換させようとするものだ。すごくドライだけれど、へこんでいる暇などない、考えて、また勝ちにいけというエールのように思える。

 そして忘れてはいけないのが相手あっての「花」なのである。「秘すれば花」とは究極のホスピタリティ精神だと思う。熟達した技で、その工夫や苦労を悟らせずに魅せる。プロフェッショナルのあり方だ。仕事だけではなくて、これは対人関係にも言えると思う。

 愛情を持っている人に対して、「これだけしてあげたのに」とか、何か見返りを求めたり、何らかのエゴが介在すると、期待にそぐわない結果になったとき、自分が勝手にやったことなのに、相手に対して憤ったり自己嫌悪に陥ってして自意識の沼で溺れてしまうことがある。これは、相手を掌握しようという意識が少なからず働いてしまっているからだと思う。

 世阿弥は相手や時流をあくまで流動的なものとしてとらえ、「私」さえ介入させないくらい、どこまでもストイックに「花」をつきつめ、ただその瞬間に、見る人がいかに心震わすグルーヴをつくりだせるかを探求していた。彼はエンターティナー/プランナーという枠にとどまらず、すごくスケールの大きな利他精神、愛ともいえるを感情もっていたのではないかと思う。

稽古は強かれ、情識はなかれ

 稽古修行を一生懸命して、慢心による頑迷は慎め。

 「序」に示された教訓を思い起こす。「花」を咲かせるためには、しっかりとした健康な根や幹が必要なのだ。どんなにめまぐるしく時代や心が移り変わろうとも、たくさんの養分を吸収し、己を磨き、大きな目線をもって、大事な誰かに「花」を手向けられる人になりたいと感じた。

あなたが知らない世界 知ろうとしてないだけ 見知らぬ心の扉 開けて覗いて欲しいの 蒼い月に吠える狼と 笑うヤマネコの歌 あなたにも歌えるかしら 風の絵の具は何色 (ポカホンタス/カラー・オブ・ザ・ウィンド)

 世阿弥の色はとてもしたたかで華やかで理知的で、柔軟だ。彼の思想に触れることで、私のパレットに新しい色が加わった気がする。もっとたくさんの色を知りたいという気持ちが芽生えた。けれど、自分がどんな絵を描いていきたいのか、まだ見えていない。時代の波を生きた先人の知恵を借りて、世界を広げていきたいと思う。

参考文献:世阿弥(2009)『風姿花伝・三道 現代語訳付き』(竹本幹夫=訳注)角川文庫.


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