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みんな三すくみに目をつぶっている

 皆さんも何となく察していたと思うんですけれども、「三すくみ」はどこかで目をつぶらないと成り立たない関係性なんです。「三すくみ」、いわゆるジャンケンに代表される関係性ですね。みっつの勢力、それぞれ他の何かに弱く何かに強い。グーはパーに弱くチョキに強い、チョキはグーに弱くパーに強い、パーはチョキに弱くグーに強い。だから、グーチョキパーが揃うと、みんな何かには強いけど何かには弱いから、全員がすくんでしまう。

 ジャンケンにおける三すくみの根拠は、ご存じの通り、グーは石、チョキはハサミ、パーは紙であるところから来ています。石はハサミでは切れない、ハサミは紙を切れる、紙は石を包み込む。だから、それぞれ前者が勝ちで後者が負けという理屈です。

 ハサミ視点だけなら納得できるんです。ハサミは紙を切れて石は切れない。もちろん、石にもいろいろあるでしょうから、ハサミに負けるくらいやわらかな石があるかもしれませんが、少なくとも身の回りにそうそうあるものではない。

 問題は紙と石の関係です。紙は石が包めるから勝ち。「だったらハサミも包んでくれよ」とジャンケンを初めて学んだ私は思いました。ハサミにジョキジョキ切られると言ったって、大概のハサミは紙で包めます。やたらと巨大で包み切れないとか、包んだそばから紙が燃え上がってしまうとか、そんなハサミのほうが圧倒的少数派のはずです。でも、紙はハサミも包めるという事実には私を含めた全ジャンケン愛好者が目をつぶっている。

 逆に石が紙を破る時だってあるでしょう。その辺の石を拾っては投げつけてくるヤバい人から身を守るためにペラペラの紙を用意する人はいないでしょう。こぶし大の石が飛んできた時点で打ち破られてしまいます。普通は木とか鉄とか、もっと硬い板を用意するか、物陰に隠れたり、猛ダッシュで逃げて距離を取ったりするはずです。

 ご存じの通り、本来の三すくみだって根拠がグラグラのガタガタです。カエルはヘビに食べられるけどナメクジを食べる。ナメクジはカエルに食べられるけどヘビを融かす。ヘビはナメクジに融かされるけどカエルを食べる。「ちょっと待てやナメクジ」というツッコミを禁じ得ません。

 その昔、ナメクジはヘビを融かすと思われていた。だから、こんな特殊な性質を持ったナメクジが三すくみにしゃしゃり出て、日々ヘビを撃退しているようなんです。そして、現在に至るまでこの伝説上のナメクジが幅を利かせている。

 現実のナメクジはこの関係性では最弱でしょう。ヘビにもカエルにも食われて終わりです。食われなかったとして、何かを融かす能力はない。ただ粘液で相手を軽くべとつかせるのがせいぜいです。

 もっとちゃんとした三すくみはないのか。軽く調べてみたところ、三すくみには古来より言い伝えられているタイプと、ゲームや漫画から生まれた新興勢力があるようです。

 しかし、どれも難点があると言わざるを得ません。例えば、狐・庄屋・猟師の三すくみ「狐拳」は、狐は庄屋を化かし、庄屋は猟師の雇い主で、猟師は狐を撃つ、という関係性のもとに成り立っています。でも、狐が猟師を化かせない理由がよく分かりませんし、猟師は銃というハイパーなツールを持ってますから、その気になれば庄屋にも勝てるでしょう。三すくみの割にはパワーバランスが不安定なんです。

 インドネシアのジャンケンは象・人・蟻の三すくみだそうです。象は人を踏む、人は蟻を踏む、蟻は象を刺す。一目で詰めの甘さが分かります。象は蟻だって踏むでしょうし、蟻は人だって刺すでしょう。何なら、象は人以上に蟻を踏んでるかもしれませんし、蟻は象より人を刺しているかもしれない。

 新興勢力もいろいろと問題をはらんでいます。ポケットモンスターに代表される炎・草・水の三すくみは、炎は草を燃やし、草は水を吸い、水は炎を消す、という関係性が根拠になっています。厳しいのは草でしょうか。いくら草だって水に打ち勝つほどチューチュー吸えるとは限りませんし、激しい濁流には草だって飲み込まれる場合もあるでしょう。

 賭博黙示録カイジでは、皇帝・市民・奴隷の三すくみがございます。皇帝は市民を支配し、市民は奴隷をこき使い、奴隷は捨て身で皇帝を襲う。でも、捨て身なら市民だって皇帝を襲いそうなもんですし、皇帝は奴隷だって支配してると思うんです。

 ファイアーエムブレムで有名な三すくみは剣・斧・槍です。剣は斧に強く、斧は槍に強く、槍は剣に強い。これに関しては明確な根拠を知りません。「とにかくそういうルールだから、よく考えてゲームを楽しんでね」という、ある種の潔さを感じさせる三すくみです。

 以上のように、細かなところまで見ていくとどうにもボロが出る。これが三すくみのようです。ちょっと点検すればすぐ欠陥が出てくるのに、現在に至るまで使われている。どういうことなのでしょうか。

 私には予想するしかできませんが、恐らく三すくみという関係性はゲームとしては優秀なんだと思います。みっつの立場があり、それぞれの立場は必ず何かに強くて何かに弱い。誰がやっても全勝も全敗も難しい、運要素の強いゲームが簡単に出来上がる。それはつまり、みんながハラハラできる、間口の広いゲームなわけです。

 ひょっとしたら、三すくみは「みっつの立場、それぞれが必ず何かに強くて何かに弱い」というシステム自体が先に思いついたのかもしれません。でも、そのシステムを説明するのは面倒だから、何か身近なものを持ってこようと考えた。

 そこまでは良かったんですが、ちゃんとした三すくみが世の中に思ったよりなかったんだと思います。だってそうでしょう。人類が誕生してから現在に至るまで、数多くの天才が歴史に名を刻んできましたけれども、世に出回っている三すくみが全てどこかがポンコツです。万物を三すくみに当てはめても、なかなかいいものができなかったに違いない。

 そう言えば、世の中には「多体問題」というものがございます。仮に、何もない宇宙にふたつの惑星をポンと浮かべますと、惑星が互いにどのような影響を与え合い、それぞれどう動いていくのかが計算で導き出せるんです。これがみっつの惑星となると、いきなりよく分からなくなる。どれだけ頑張っても、今のところ正確な動きが計算で導き出せないというんです。

 そう考えると、ふたつとみっつって全然違う事柄なんだと思います。惑星の軌道が計算できないんですから、三すくみが未だにもたついていても仕方がないのかもしれません。

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