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題名読書感想文:03 「刑法」という言葉は使いどころが意外と難しいのかも

 仕組みの上では、言葉は自由に組み合わせられます。じゃあ、何でも組み合わせていいかと言うと、そうはいきません。意味不明な文章になってしまいます。訳の分からない言葉を投げかけていては意思の疎通ができませんから、みんな相手に通じるように単語を組み合わせて喋ったり書いたりしているはずです。

 意味が通じるなら何でもいいと言うわけではありません。現実に即していないと、人は首をかしげます。場合によっては「文法が間違ってる」と言われかねない。「しょっぱい砂糖」なんかがそれです。そんな言葉を聞かされた日には、人は「そんなものはない」とか「塩と間違えてんじゃない」とか思うんです。仮に、本当にしょっぱい砂糖が存在していたとしても、砂糖が甘いものだとの考えが支配的な現代では、みんな首をかしげてしまうはずなんです。

 ただ、文学的表現として敢えて矛盾した言葉にする場合はしばしば存在します。「冷たい炎」みたいなやつですね。調べたら「冷たい炎」は、前田敦子さんとやしきたかじんさんという、割と両極端なお二方の歌のタイトルみたいです。とにかく、そんな感じで敢えてありえない言葉をくっつけると、読んだ人の心を掴む場合があるようです。

 明らかに真逆の組み合わせですと、「ああ敢えてやってんだな」とみんな察することができる。ややこしいのが、「真逆じゃないけどなんか変」という組み合わせも結構あるところでございます。作者の意図しない表現になってしまう、要は天然が発動してしまうのは往々にしてそんな場合なんです。

 例えば、「たのしい刑法」です。

 刑法の専門家が「刑法って楽しいですよ」と誘っているかのようなタイトルです。恐らくは法学部生向けに作られた刑法のテキストであり、タイトルとして間違ってはいない。でも、なんか不思議な感じを受ける方もいらっしゃるでしょう。

 原因は「たのしい」と「刑法」の相性だと思います。「たのしい〇〇」なんてタイトルは通常、小学生向け教科書で用いられるものなんです。「たのしい算数」「たのしい理科」みたいな感じですね。

 「楽しい」ではなく「たのしい」としているところもポイントで、より一層、低年齢向けの本に見えてしまいます。でも、今の日本に刑法をみっちり教える小学校はまず存在しませんし、「たのしい刑法」だって小学生に向けて作ったとは考えづらい。だから、刑法の教科書におけるタイトルとしては不思議な感じがするわけです。

 「たのしい」にしている時点で、敢えてやっているのだろうと思います。「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」と語りかけているかのようでもあります。ただ、本来のイメージに反する組み合わせのためか、クスッとする余地さえある天然な魅力のあるタイトルにもなっています。

 こんなものもあります。「どこでも刑法」です。こちらは総論のみのようです。

 名詞に「どこでも」とくっつけるだけで「ドラえもんの秘密道具」感がすごいです。「どこでもドア」がなければみんなそこまで名詞に「どこでも」をくっつけなかった可能性もあるわけで、その辺りは藤子・F・不二雄さんの功績と言えます。

 しかし「どこでも」と「刑法」の相性です。「たのしい」もそうなんですが、前半の穏やかさに比べて「刑法」という言葉のイメージが物々しすぎるんです。短い言葉の中に強烈な落差があるから不思議に見えるんでしょう。そう考えると「どこでも刑法」はドラえもんの秘密道具の中でも物騒な効果のやつっぽくも見えます。

 恐らくは「どこでも刑法の勉強ができて便利ですよ」という意味が込められたタイトルだと思うんです。サイズを調べると縦19センチ、横13.1センチのソフトカバー、ページ数は208とコンパクトに仕上がっており、「どこでも使ってください」と言わんばかりです。ただ、「刑法」のイメージによって結果的になんか不思議な魅力のあるタイトルが出来上がってしまったわけです。

 ちなみに、「どこでも租税法」というものもございます。

 刑法も刑法でしたけれども、租税法もなかなか租税法ですね。

 もうひとつ、こんな刑法の本もございます。「エキサイティング刑法」です。

 前出の2冊とはかなり雰囲気が異なりますけれども、「刑法」との相性がポイントとなるのは同じです。何しろ「刑法」で「エキサイティング」です。「刑法とエキサイティング」とか「刑法がエキサイティング」とか「刑法をエキサイティング」とかいろんな可能性はありますが、いずれにしろ「刑法」の物々しさを変に加速させているようにもとらえられます。刑法の条文を読みながら歓喜の雄叫びを上げているようにも読める。

 そう考えると、「刑法」という言葉自体、使い方が思ったより難しいのかもしれません。でも、そんなものは主に私の単なる思い込みでございますから、一個人の固定観念なんぞ軽々と吹き飛ばすようなタイトルの刑法本を今後も生み出して欲しいところです。

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