閑話休題。『ラーメン発見伝』にみる私のnote記事

今までのノートを見てみたら、スキを押してくれている人たちがいらした。どうもありがとうございます。
完全に自分向けに書いていたので、自分にだけわかる表現を使っていたり、説明を端折っていたりした箇所も多いと思う。気が向いたら修正するかも。
今回はこのスキに絡めて、簡単にメタ的なものを書くつもり。
これまでの振り返りということで。

私が今まで書いた記事は、19本。
出した時期や扱った作品の人気度合いにも関係するだろうが、就活に関する記事が一番スキを頂いている。読んでいただければわかるが、メモ書き程度のもので、大したものではない。


しかし、今まで書いたもののなかで一番面白いことが書けたと感じているのは、『時計じかけのオレンジ』をアウグスティヌス的な視点で読み解く記事である。

この記事は前々から構想を練っており、どこかで書けないかな、としばらく考えていた。結果、noteを始めることになったわけなので、思い入れ(というほど大層なものではないが)も、ある。

そんなわけで、『ラーメン発見伝』で度々繰り返されるメッセージ、店主がうまいと思うものを客が気にいるとは限らない、を思い出した。

私は今まで教育関係のアルバイト等をしてきて、場合によっては生徒さんや学生さんからフィードバックをもらうこともしばしばあった。けれども、こうしたフィードバックは必ず汲まねばならないものというわけでもない。

たとえば、「○先生は宿題をやらないと小言をいうから嫌いです」というフィードバックをもらったとする。だからといって、今後小言を言わない方がいいのかというと、そういうわけでもない。もちろん、他の先生との役割や生徒の特性も考えた上で、きつすぎる叱り方をしているなら、改めるべきである。
しかし、普通は、教育機関において望まれる行為をしているわけだから、やめてしまってはダメである。

問題は、こうした対処がラーメン屋やライター業に適用されないという話である。
『ラーメン発見伝』にはよくこういう話が出てくる。最上級の食材を手間をかけて調理し、完璧なバランスのラーメンを作ったとする。同業者には、旨いことがよく伝わる。
けれども、もし仮に客に受けないのであれば、それは「ラーメン職人ではなくラーメンマニア」のラーメン止まりなのだ、という話である。ラーメン屋であれば、(玄人からすれば)クソ不味くて高くて何もいいところがない店でも、客が来ているなら大正義なのだ。
いくらうまかろうと、資本主義社会のルールで敗北している以上、客はわかってないと言ってみても、負け犬の遠吠えでしかない。

ライターもそうだ。私の渾身の記事は読まれず、気まぐれで書いた記事ばかり伸びることになるわけである。これがライターという客商売の神髄であり、面白さでもあるんだろう。
……ひとの趣味って難しい。本業でライターやってる人はたまらんだろうな。

今回の自分語りは、ここまで。

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