「深い深いところで私は見たんだ!」

 東の国では大国同士の大きな戦争があり、それによって二つの国が一つに統合された。分厚い灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうなある日のこと。私は理由もなくその国を訪れていた。レンガ造りの街並みを抜けた先にある大きな広場。その真ん中へと人々が何かを取り囲むように集まっている。何故か街にいるのは女性ばかりで、仕事や家事の最中に外へ出てきたのか、灰色や薄緑やベージュと言った地味な色のワンピースを身に纏い、茶色や黒の低いパンプスを履き、人によっては頭巾を被るなど控えめな格好をしていた。
 私は今起きている状況を把握するために、広場の人混みの中を縫うように進み、中心部の様子を見に行った。人々が取り囲んでいたのは、むちむちとした手足、小柄で色白な体、薄く黄色がかったくるくるの髪の毛の微笑む二人の子どもと手足を拘束されて跪いている酷く怯えた小汚い一人の男だった。私は二人の子どもを見た瞬間「こいつら人じゃない。本物の天使だ。」となんの根拠もないが直感的にそう感じた。もし、違ったとしても人間とは違う生き物であることだけは断言できるほどに異様な空気を身に纏っていることだけは確かだ。そもそも、天使なんて架空世界の話で実在しないと思っていたし、今まで絵画でしか目にしたことがなかった。まさか、実際に目にするとは思ってもいなかったため驚きが隠せなかった。
 それにしても、目の前にいる天使は私の知っている天使とは明らかにどこか様子がおかしい。一人は体より大きい木製の簡易型の固定台、もう一人はおとぎ話の海賊の持っているような大きな刃のついた剣を持っている。一人の天使は固定台を置き、男の両手と首を固定し始め、もう一人は大きな剣を頭の上まで振り上げている。この時、やっと何が起きるのかを理解した。今まさに、人々の前で処刑が執行されるのだと。男の罪状はなんなのか、愛する者はいないのか、そもそもなぜ人間ではない者が直々に刑を執行しにくるのか、神の逆鱗に触れるような大罪を犯したのか。そんなことを考えている間に大きな刃は男の首を目掛け勢い良く振り下ろされ、一瞬にして刑は執行された。あたりは血の海となり、男の首は地を転がる。処刑の瞬間を取り囲むようにして見ていた人々はあまりの光景に声を出すことすらできず、街は物音ひとつしないほどに静かだった。私はなにを思ったのか「何が天使だ。こいつら全く可愛くない。」と呟いた。
 刑を執行し終えた天使たちは、分厚い雲を割り、天界の光を広場へ差し込ませた。すると、血の海や男の死体、処刑台や大きな剣など、天界の光を浴びたありとあらゆる証拠が光の中へと溶けるように消えてしまった。奴らは全てを天界へ持ち去っていったのだ。私たちの記憶だけを綺麗に残して。
 後に噂で聞いたことだが、あの男は二人の子どもを殺したことがあるらしい。この話は喜劇だった?悲劇だった?どうだった?