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2022年6月 貴船

 せせらぎも耳に冷たい春先の貴船川で、短い金属の杭が川底の岩に撃ち込まれているのを見たことがある。温かくなったらこの杭を基礎に川床が設置されるのだろうか。それを確かめる機会は無いだろうと思っていたが、良い季節に再訪が叶った。
 貴船神社は石段の両脇に赤い灯籠が並ぶ風景でよく知られている。上った先にある本宮の敷地は意外にこじんまりとしている。縁結びのご利益があるらしく参拝客のほとんどが女性だった。
 参道のゆるい坂の左手に料理屋の建物、右手に簾と竹で作った垣根があった。貴船川を隠しているその隙間から、店ごとに違う提灯や薄緑色のゴザの上に並べられた座卓などが見下ろせた。テーブル席を設えて主に飲み物を提供している川床もあった。
 梅雨前のいい季節だというのに、参道を歩いている人は思いのほか少なかった。お昼時の川床にいるお客さんもまばらで、まだ観光客が戻ってきていないように見えた。眺めるだけのつもりで来たけれど、これを逃すと川の上に座ってご飯を食べることはたぶんない。お品書きと値段をひと通り見て、手頃なお店を選んだ。
 脚立のような階段で川に降り、靴を脱いで川床に上がるとすこし無防備な感じがした。浅いとは言えこの真下には水が流れているのだ。川を覗き込んだり、川床の作りを眺めているうちに料理が運ばれてきた。頭上の楓を通過した光が川床内をほんのり緑色にしていた。夜には提灯が、秋には紅葉がこの空間の色を変えるのだろう。
 会席料理は、貴船の川床に何度か行ったという叔父から聞いていたように、とても美味しいというものではないけれど、風情を味わうには充分だった。お会計のあとに貰った小ぶりの台形のうちわが使いやすくて、今もベッドサイドで使っている。


 

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