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人生会議の抗議についての誤解

お笑い芸人を起用したことで起きたこと

「驚愕」と題したRomiさんの記事を読み、胸に湧き上がる黒い渦を感じ、私は自分自分に冷静に冷静にとなんども言い聞かせました。

厚生労働省人生会議(ACP)国民向け普及啓発事業に関する検討会で、2019年11月に厚生労働省が発表した人生会議のポスターに対してがん患者会が抗議した案件を前に進めるにあたり、国の会議の場で「お笑い芸人を使用したこと」「起用された芸人さんを傷つけてしまった」となっていることに私は驚きました。

その予兆はあった

実は、今年の初めに開催された婦人科系の学会で私はその予兆を感じていました。
緩和医療学会でも重要な責務を担っている緩和医がACPについての講義を行うにあたりポスター問題に触れ「お笑い芸人を起用したことにより、患者会の反発を買い」と説明をしたのです。

その医師は学術集会の会長なども担われるような方ですからそんな誤解をされては困ると学術集会中に公開で「私は厚生労働省に抗議をした患者会です。先生がされたポスターの案件での説明は事実を歪める可能性があります。」として、どうして抗議をしたか、今後はもう少し事実関係を踏まえて伝えてほしいという旨をお伝えしました。
するとしばらくしてメールで返事をいただくことができましたが、全くポスターの件には触れず、緩和医ご自身の緩和医療への思いを伝えるだけの長文をぶつけられ煙に巻かれたということがあったのです。
再質問をあげても返事をいただくことはなかったです。

下記は私が当事者として認識をしている人生会議の抗議の件です。
私が東京保険医協会の機関誌に寄稿した原稿から人生会議の部分だけ抜き出したものを掲載します。

人生会議

1)厚生労働省が作成したポスター
2019年11月、厚生労働省が当時「人生会議」の啓発を目的にポスターを制作しました。そのポスターにはこれから命を終えようとする印象を与える芸人さんの写真とともにこのような言葉が書かれていました。

まてまてまて俺の人生ここで終わり?
大事なこと何にも伝えてなかったわ
それとおとん、俺が意識ないと思って隣のベッドの人にずっと喋りかけてたけど全然笑ってないやん
声は聞こえてるねん
はっず!
病院でおとんのすべった話聞くなら家で嫁と子どもとゆっくりしときたかったわ
ほんまええ加減にしいや
あーあ、もっと早く言うといたら良かった!
こうなる前に、みんな「人生会議」しとこ

2)人生会議とは
厚生労働省は Advance Care Planning(ACP)の普及を目指し、検討会を開催し
ていました。ACPは患者さんの思いを主体として病気の進行だけではなく、自らの意思決定が難しくなった時のために、「これからの時間をどう生きたいのか」「どういう医療を受けたいのか」などを、患者・家族・医療者・介護者が繰り返し話し合うプロセスのことを指しています。最後の手段を決めることではありません。厚生労働省の委員会でACPが一般市民には分かりづらいのではないかという意見が出され、日本人に伝わりやすい愛称を公募し、選定されたのが「人生会議」です。
人生の最後の時間は必ずしも予定通りに進むとは限りません。患者を中心に家族と医療者・介護者が話すことで、たとえ患者が意思決定できなくなっても患者と話し合ったことを大切にしながら、関係者が連携することで精神的な負担を分かち合うことは重要です。日本でも近年がん関連の学会がACPをトピックとして取り上げられており、医療現場での取り組みも始まっています。

3)ポスターの問題点
ACPの普及啓発はカナダ( https://www.advancecareplanning.ca/ )やオーストラリア( https://www.advancecareplanning.org.au/ )のサイトからも分かる通り、話すことを意識したビジュアルが提供されています。
ACPのメリットを丁寧に伝え、患者自身にもその後を生きていく遺族や医療者に対して前向きなメッセージを提供しています。
一方で厚生労働省が作成したポスターは人生会議をしていなかった患者が最期に思い通りの時間を過ごせず「話し合っておけばよかった」と後悔をしている様子が描かれており、「人生会議をしなかったら後悔する」という懲罰的な印象を受けました。
私はこの厚生労働省の作成したポスターがACPという話し合いのプロセスを説明する意味合いより、Advance Directive(AD:患者あるいは健常人が、将来自らが判断能力を失った際に自分に対して行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示すること)に近いと感じました。
私はこれまで7,000人以上の患者・家族の相談を受けてきました。そして多くの患者さんの最後の時間を支えてきました。患者さんは最後の時間が迫るなかで、「自分や家族にとって辛くはないか」という思いと向き合い、家族はどれだけ話し合っても「もっと話し合っておけばよかった」と後悔していることを知っています。この最後の時間に後悔をしている印象が強いポスターを彼らが見たときにどう受け止めるだろうかと思いました。

4)厚生労働省に抗議
私はすぐに厚生労働省に抗議をしました。しかしポスターの発送まで限られた時間しかなく、「ACPの本来持つ意味とポスターのメッセージが違う」ということよりも「患者や遺族を傷つけないで欲しい」というメッセージが強い文書になってしまいました。
他にも日本緩和医療学会と全国がん患者連合会が共同名義で、スキルス胃がんの患者会も改善の要望を提出してくれました。
また厚生労働省のACPの会議に入っていた委員からもSNS上で「ポスターの件は知らなかった」「このポスターを私が事前に確認していたら違った結果になった」という声があがりました。
厚生労働省はこれらの声を真摯に受け止めてくださり、ポスターの発送を見合わせると発表しました。

5)インターネットで炎上
私の稚拙な伝え方がインターネットで伝わると「声の大きい患者会のいいなりに厚生労働省がなるのはおかしい」「がん患者だけでポスターの良し悪しを決めるな」といった声が起きました。特に事故や災害で家族を亡くした経験があると思われる方からは「もっと話し合っておけばよかったと後悔している。このポスターは大切だ」という意見も出されていて、そういった突然家族を失う方への視点は足りていなかったことを反省しました。
やがて騒動を報道やワイドショーが取り上げるようになりました。私は時間をかけて「ACPとはなにか」「ポスターの問題点」「海外の啓発資材はどうなっているか」を話しましたが、記者からされる質問は「(出演された吉本興行の)芸人さんが(トレンディドラマの)イケメン俳優であればバッシングはしなかったのか」など低俗なものでした。「ポスターのモデルが誰であっても抗議した」と伝えたはずなのに、話したことは適当に切り貼りされ面白おかしく世間に流れました。
一度炎上してしまうとどれだけ丁寧に説明を尽くしてもインターネット上での言葉の暴力は止まりません。私はSNSのアカウントを全て消去して、ただただ嵐が過ぎ去るのを待つしかありませんでした。

6)ACPその後
そのようなバッシングの中、厚生労働省と話し合いをもつことができました。ポスターの改善や再利用も含め、どうしていけば良いか検討会を設けるという話を伺い賛同しました。「片木さんに委員をお願いしたい」と言われましたが、それはお断りさせていただきました。
なぜなら、厚生労働省はACPに関してこれまでも普及を目指した検討会が開催されており、その一環で「人生会議」という愛称が決まった経緯があります。議論をしてきた人たちを差し置いて委員になるのは違うとお話させていただきました。現在、厚生労働省では「人生会議」という愛称が果たして適切だったのかも含め積極的な議論がされていると報告を受けており、これか
らの普及啓発に期待をしています。

その後の私

人生会議の炎上により起きたことの一部は上記に貼り付けた2つの記事に書かせていただきました。

電話番号は匿名掲示板に晒され精神が壊れるのではないかと思うような電話がかかり続けた結果、番号を停止せざるをえず使えなくなっています。現在もいきなり電話が鳴ることが怖くて電話相談は停止のままです。
Facebookも一時期はポツポツ投稿していましたが、意図しないコメントなどが入るとフラッシュバックが起きてしまい全消ししています。現在はメッセンジャーの機能をときどき利用するのと、スマイリーのFacebookページの更新のためだけ使っている状態で個人的な投稿はしていません。
Twitterはあまり宣伝せずに再開しています。たいした内容を投稿はしていませんがスマイリーの公式アカウントも、私の個人アカウントも500人くらいフォロワーさんが増えました。
そして昨年押川勝太郎先生に促される形でYouTubeデビューし、人生会議の炎上の件で一番私の状態を知っているRomiさんに支えてもらう形でスマイリーのYouTubeチャンネルを開設しました。収益をあげるつもりはないので特段チャンネル登録者が増えなくてもいいし動画も気が向いた時にぽつぽつという感じであげています。
長い長い時間をかけて私自身のメンタルが許す範囲でインターネットと付き合うようになりました。

私もかつては「怖いもの無し」が自慢で、歯に衣着せぬ発言をネット上でぶちかましていたことから、自分が炎上したこと・そして一時は死ぬことも含め考えるまで追い詰められたことは、自分がやってきたことへの因果応報というか・・・自らも同じようなことをしていたのではないかという反省もあり、被害者ヅラして一方的に非難することはできません。

しかしこれからの歴史のなかで、人生会議の普及啓発という厚生労働省の場や医療者教育も含む学会の場でまちがえた認識でポスターの件が伝わるのであればそれは他に意見を出してくださった患者会、はたまた日本緩和医療学会にも申し訳ない気持ちになるので今回、その思いを残しておこうと思いました。

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