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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第57話「松茸狩り」

太閤や黄門様をも虜にした、香り立つ茸


「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、9月も下旬になると気候も落ち着き、秋の味覚の王者である松茸※が旬になります。

「松茸や食ふにもおしい遣るもおし」と、絶妙な一句を詠んだのは江戸時代中期の俳人、与謝蕪村。これは、蕪村が日本画家の池大雅(いけのたいが)から贈られた松茸に対する礼状の一節にしたためられていた句。初物の大きな松茸を前にして、一人占めにするのは後ろめたいけれど、さりとて客人を招いて振る舞うのも惜しいというところでしょうか。

松茸は、アカマツ林だけに生える独特な芳香のある茸として、日本人に古くから愛され、贈答品としても使われてきました。江戸時代の武士や庶民にも「松茸狩り」は秋の行事として人気で、山に入り、香りとともに食して季節を味わい楽しんできました。今回は、隠居後に松茸狩りに夢中になった二人の武将、豊臣秀吉と徳川光圀の話を中心に、江戸時代の松茸料理のレシピも添えて書き進めたいと思います。

秀吉が松茸狩りを楽しむようになったのは、天正19年(1591)に54歳で関白の座を秀次に譲り、「太閤」と呼ばれるようになったあたりからといわれています。京都の東山で松茸が採れると聞いた秀吉は、ある秋の一日に大勢の女中衆と家臣を引き連れて山に入りました。あちこちに見える大きな松茸を喜々として採っている秀吉に、ある女中が「この松茸は一夜生えでございます」と注進しました。

これに対して、秀吉は「黙れ!人の厚意はありがたく受けるものじゃ。この松茸が植えたものか、自然に生えたものかも区別がつかぬほどのわしではないぞ」とたしなめたそうです。いかにも、農民の出ではありながら、天下人にまで昇り詰めた人の、心遣いがうかがわれます。

実は、前日に里の者が山に入り、目ぼしい松茸を採ってしまっていたので、それと気づいた奉行が付近の山から松茸を取り寄せて植えた“仕込み松茸”だったのです。当時、日時が限定される来賓客などに対し、引き抜いた感触が自然に近いように石灰を練ったものを土に混ぜ、松茸の石突の部分を植え込むことは珍しくなく、逆に採りやすいところに植えておくことは接待者としての心得とされていました。

時を経て、元禄4年(1691)に水戸藩主の座を離れ、茨城県久慈郡新宿村西山(現在の常陸太田市)で隠居生活に入ったのが黄門様こと徳川光圀。元禄6年(1693)9月20日、光圀と家臣たちは、近くの山で初の松茸狩りをし、百本もの松茸を収穫しました。

66歳の光圀も健脚ぶりを見せて終始ご機嫌で、江戸詰めの藩主や家臣たちに送る算段に大わらわ。彼は、これに味を占めて毎年のように松茸狩りに出かけています。

この季節になると、光圀のように松茸を贈答品とする藩も多く、江戸に近い高遠(信州)や常陸の藩主たちは早飛脚などで江戸城に献上品として送ることが慣習になっていました。また、遠方の藩主たちは、塩松茸※や干し松茸などの加工品にして、季節外に届ける贈答品として珍重していました。

また、最盛期には旬の松茸を得るために、武士たちは藩が管轄する山に盗人が入らぬように、松茸小屋を建てて24時間態勢で監視をしていたそうです。
こうして、松茸狩りを楽しんだ光圀は、亡くなる前年の元禄12年(1699)9月には、一本のアカマツの周囲に22本もの松茸の生えている場所に遭遇する幸運に恵まれています。

あまりの美味しさから、光圀が三度もお代わりをしたという松茸料理とは、どんなものだったのでしょうか。食通らしく、吸い物、煮物(松茸と豆腐など)、和え物、焼松茸など数多く挙げられています。

中でも定番とされた焼松茸には二通りの調理法があり、和紙に包んで焚火の灰の中に入れて蒸し焼きにするか、直火で焼いて柚子醤油※をかけて食べるもの。山歩きの末に見つけた松茸で、まさに“口福”な晩年を送った黄門様でした。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※松茸
学名Tricholoma matsutake. マツタケ目キシメジ科の食用キノコ。主にアカマツ林に生える。日本におけるマツタケの生産は、長野県、広島県、岡山県、岩手県、京都府などで多く、ついで兵庫県、岐阜県、山口県などとなる。独特の香りを持つ日本を代表するキノコ。香りの主成分はマツタケオール。発生場所はシロ(代)と呼ばれ、毎年10~15センチ移動する。

※塩松茸
江戸時代の調理本『合類日用料理抄』(1689)によると、松茸を塩蔵する方法で、松茸を湯煮して冷まし、桶に敷いた塩の上に並べ、塩を掛けてその上に生松葉を置く。これを繰り返した後、桶の底に錐で穴を開けて、余分な塩気を垂らし抜くというもの。

※焼松茸と柚子醤油
松茸を焼き、笠の方に切り込みを入れて、手で縦に割いていく。松茸は包丁を使うと味が落ちるという。かけて食べる柚子醤油とはユズの絞り汁大さじ2.5、濃い口醤油大さじ3、だし汁大さじ3の割合(4人分)でつくる。


参考資料
『ものと人間の文化史84松茸』(有岡利幸著 法政大学出版局)
『まつたけの文化誌』(岡村稔久著 山と渓谷社)
『マツタケの話』(小川真著 築地書館)
『再現 江戸時代料理』(松下幸子・榎木伊太郎編 小学館)
『歴史読本特別増刊・事典シリーズ たべもの日本史総覧』(吉成勇編 新人物往来社)『食材図典』(小学館)

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