株式会社コテンゴテン主催・夏休み文楽特別公演関連企画『観劇とアフタートーク』にて、鶴澤友之助さん、桂吉坊さん、木ノ下裕一さんによる「うつぼ猿」と「舌切雀」アフタートークを聴く。
夏休み文楽特別公演の第一部は、親子劇場と銘打って、こども向けの作品を上演するので、おなじみ。株式会社コテンゴテンさんは、昨年立ち上げられた、古典芸能の講座をいろいろと企画されている会社。
『観劇とアフタートーク』は、毎回文楽技芸員さんを招いて、一時間ほどのトークショー。
今回出演される技芸員の鶴澤友之助さん、そして桂吉坊さんは、以前にも、コテンゴテンさん企画の『ハナシの糸口』で共演されている。友之助さんは、木ノ下裕一さん企画の『木ノ下歌舞伎オープンラボ』第一期にも出演されていて、吉坊・木ノ下のお二人はもう数知れずの共演、人呼んで凸凹伝芸コンビ。このお三人さんに、豊竹芳穂太夫さんを加えた「ことのは会」も面白かった。コテンゴテンさんのイベントに参加するのは、千日亭リニューアルイベントの吉田和生さんの会、山村友五郎さんの『上方舞のあれやこれ』以来。またメモまとめよう。
7月25日、朝10時30分、国立文楽劇場チケット売り場横、昔の〔文楽茶寮〕の所、に集合。チケットと、
入場整理券を貰って、令和3年夏休み文楽特別公演第一部、親子劇場へ。子ども向け、ということでか、「うつぼ猿」の幕前、豊竹亘太夫さんが登場され、靱に就いての説明。亘太夫「うつぼと言いまして、弓矢を入れるケースです。今持っているものはうるしでコーティングされている、ノーマルタイプです」。英語まじりが妙に可笑しい。猿曳の説明は、日光猿軍団、としていたが、子ども達はポカーンとしていた。時代。
「うつぼ猿」開演。猿が柿の実を食べる、猿曳が食わせてやるところが可愛い。その皮よこせ、で猿曳と共に猿がイヤイヤと手を振るところで、子ども達から笑い声が。「五年か七年か」は、言葉の意味が解った大人達が笑っていた。
うつぼ猿に続いて、解説「文楽ってなあに?」。桐竹勘次郎さんが登場。カシラを手にしながら、「半分に割って、中を刳り抜き、膠で接着します」や「白く塗っているのが胡粉です。日本画に使われます」「ドグシについているチョイやコザルを……」と、カシラの解説。う~ん、なんやガンモドキの製造方法を聴かされている旦那の気分。用語が耳馴染みなくて、興味持つかしらん。いきなり見得と言われても、ミエが何なのか、何の為なのか、を説明しないと、とも思う。尤も、なぜ成田屋だけに許された疫病退散の「にらみ」じゃなかったのか、ちゃんと解説しないオリンピックの開会式の例もある。閑話休題。
「文楽ってなあに?」、女性の人形の足は無い、指掛けが無いと手がニュッと、などありて、終了。そういえば、木ノ下さん構成、当代茂山千之丞さん出演で、この解説コーナーをされていたことがあったっけ。太郎冠者の格好で、人形と掛合いしたりして。
「文楽ってなあに?」ってなあに?と思いつつ、休憩。この日はちょうど、呂太夫門下の豊竹薫太夫さんが「うつぼ猿」で本公演デビュー。ロビーでお母様とお会いして、「おめでとうございます」と立ち話。これを書いている今、
「娘が書いてくれました」とお報せ下さった。休憩15分、席に戻り、「舌切雀」、最後の総踊りを皆で手拍子して12時45分終演、一旦解散。昼ごはん食べに出て、暑やの、と言いながら、13時45分、再び昔の文楽茶寮、今は無料休憩室へ。
14時『アフタートーク』開演。
コテンゴテンさんが会の趣旨説明、「一応15時まで、ですが、まぁ、この3人さんですと、延びると思います。あんまり長いと、ここの貸し時間がありますので、ストップに入ります」。そして、吉坊さん、木ノ下さん、友之助さんの順で呼び入れる。友之助さんだけ、三味線実演の関係で一段高い、座敷に椅子を置いた所に腰掛ける。
木ノ下「玉座みたいですね」
吉坊「こう我々が両端に下がってると、歌舞伎の鶴亀、皇帝と鶴と亀みたいですね」
コテンゴテンさん「えー、では、皆さんに進行をお任せします。が、私の質問からよろしいですか?今日の友之助さん、白の御着物ですが、なぜ白なんでしょうか?」
と、コテンゴテンさん、去って行かれる。
友之助「本日はようこそお越しくださいまして、ありがとうございます。白い着付け、着物ですね、これは夏公演用です。普段、こういう場に出る時は黒の紋付ですが、夏ですので、見た目だけでも涼しく、と」
吉坊「生地は?」
友之助「綿と麻ですね」
吉坊「白だったら、なんでも良い感じですか?」
友之助「そうですね。ただ、人によって、違います。オシャレな人ですと、ちょっとクリーム色のものにしたり」
吉坊「キナリな感じに」
友之助「紋もハリモンでもよい、とか、人それぞれです。見た目涼しいですけど、暑いです」
吉坊「友之助さん、今公演は全体として出演が短いですね」
友之助「師匠の清友も朝で、大師匠の清治師匠も早いですから、夕方には家にいますね。コロナの関係で、楽屋にいれませんので。若手の仕事は、朝から晩まで、が僕らは当り前でしたから、今入って来た若い子は、前に戻ったら倒れるんちがうか、思います」
薫太夫さん、がんばって。吉坊さんが客席に、今公演を観ましたか、と訊く。
吉坊「大体観てはりますね。これは相当マニアックなことになるかと思います。木ノ下さんと僕は、先ほど第一部拝見してきましたが、木ノ下さん、如何でしたか?」
木ノ下「それぞれ動物が活躍する演目でしたね。うつぼ猿は、お狂言があって、歌舞伎にもあって、その辺の比較が出来て面白いと思います。ザックリ言いますと、文楽が一番、展開が早い」
吉坊「地歌の靱猿が8分ですから、それを除けば、短いですね」
木ノ下「しかしヒドイ話ですよね。大名が、お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ、みたいな話でしょう?この大名のロジックと、猿曳と猿、大名と庶民の話で」
吉坊「でも狂言や歌舞伎に比べると、文楽は一番シンプルですね。一番新しい作品やからでしょうか、カットしていったような。狂言は、心理戦ですよね、太郎冠者も交えた。猿を守りたい、という。文楽は、やっちゃうぞ、ソレ!で行きます」
木ノ下「ゴメン!も早いです」
吉坊「あの辺の早さって、義太夫の声、あれが力押しで押してるんちゃうか、と」
木ノ下「音楽劇の早さ、ですね。狂言は心理戦、対話劇ですから積み重ねないといけませんが、音楽劇だと、この早さでも、普通に見えます」
吉坊「友之助さん、このうつぼ猿は、曲としても他と違ってるそうで、なんというか、二代目の野澤喜左衛門さんらしい、というか」
友之助「そうですね。三味線の糸、3本のうちでも太い、一の糸と二の糸を多用してますので、ちょっと耳慣れない、弾き慣れてないフレーズが多いです」
吉坊「冒頭、謡ガカリでしたが、初演時は違ったそうですね」
友之助「僕が貰ったホンでは、ソナエだったんです」
と、ここでソナエの実演。やった!
友之助「通しの大序とか、その段で完結してるような演目の時がソナエなんですが、それをやめまして、謡ガカリに変わってます」
と、謡ガカリの実演。ベベベベンと畳みかけるような。
吉坊「雰囲気が違いますね」
友之助「五條橋で使われてますね」
吉坊「あと、道行でよく聴くフレーズが入っていたと思いますが」
友之助「三味線だけの合奏が始まりますよ、の頭の部分だけが入ってるんです。練習してても、続きが弾きたくなります」
吉坊「舌切雀の補曲は鶴澤清介さんですが、清介さんの節やなぁ、と思うところはありますか?」
友之助「ありますねぇ。ただ、パッとここ、てのは今思い出せないんですが。今回の公演で、三度目の上演だそうです、で、2回目の時に、ガラッと曲を変えたそうです」
吉坊「ほほう、清介さんは、ブラッシュアップをされてるんですね。喜左衛門さんのは変えないのですか?」
友之助「変えないです」
木ノ下「うつぼ猿、というと、途中、猿の鳴き声みたいな所がありましたね」
友之助さん、実演。友之助「船を漕いだ後、ですね。猿廻しの段でも同じ事をやります。説明しづらいんですが、棹の一番下の所に絃を押し付けて……」と、我々は一生することのない技術を事細かに説明しようとして下さったのが可笑しかった。ここの弾き方は、譜面には「猿の音」としか書かれていないそうな。
吉坊「長唄の譜面にも、猿の音、で出てます」
木ノ下「ここはキッキッと猿の鳴き声で、船や波は音で表現してますね。三味線だけでそれらを表現しています。片や舌切雀は、効果音、SEを使用してます。これは別に舌切雀をディスる訳じゃないですが、やっぱり古典スゲェな、と思いますね。クリアに届けて、ちゃんと効果音化してますから」
吉坊「義太夫三味線は、他の音を入れる想定をしてないですよね。三味線も一緒に、語る感じで」
友之助「はい、三味線も忙しいんです」
吉坊「イヤっちゅう程訊かれてると思うんですが、どないして覚えてるんですか?」
友之助「落語と同じやと思いますが、聴いて、弾いて、書いて、三点セットの繰返しで覚えます」
吉坊「ほな理想としては、手が勝手に動いてくれる、まで?」
友之助「書き写して、譜面見て、練習。譜面見ながら、太夫と稽古して。その次に、詞、文章だけ見て弾けるようになるまで。最終的に、その文章も外すまで、ですね」
木ノ下「あの、現代の俳優ですと、台本があって、その何ページのどのあたりのセリフ、という風に、頭に浮かんで出る人もいるそうなんですが」
友之助「人によってそんな風に浮かぶ方もいますが、僕は、太夫が語る情景と、譜面が一緒に出ますね。登場してくる人物、お姫さんやったらこんな感じ、とか、イメージしながら」
木ノ下「そのイメージ像は、人間で、ですか?」
友之助「人形ですね。その時に人形遣いは浮かんで来てないですね」
ラジオ大阪で毎週水曜晩に、鶴澤寛太郎さんと藤川貴央アナウンサーが『寛太郎とたかおのツレビキ!』という番組をされている。そこで、寛太郎さんが、「上の人とやってると、隣で語ってはるだけで景色が浮かんでくる。コロコロ間が変わり、語ってる模様が変わっていくから、次あの場面やなぁ、と勝手に思うから、うろ覚えでも三味線の手が何となく出てくる」と仰有っていたのを思い出した。ちゃんと語ってくれないと、旋律や詞章をキッチリ覚えてないと弾けない、とも。
吉坊「場面によっては、人形を見て合せる所もあると思いますが」
友之助「でも、基本見ないです。見たくなるんですが、角度的に見れないですし。だから、拍手が起こる時に、何してはるんやろ、思います」
吉坊「ハハハ。あれ、今日は拍手無いぞ、どないした、とかね」
話はお稽古の事に。古典芸能の世界特有の、お稽古お願いしてもよろしいですか、と尋ねにお宅へ訪ねる、という習慣に就いて。
吉坊「挨拶に行く日ぃ、ですね。落語界ですと、お願いしたら、もう覚えてるやろ?言われますわ」
友之助「まぁ、人それぞれですよね。で、これも、アポイントメントを取ってから伺うのも、失礼に当たるんですね。この日に行きます、というのは、向うを待たせている、になるので。だから、それとな~く、病院の予定とかをお聞きして、アテをつけて行きます。うちの師匠はもう、楽屋で済ませて、と言われています」
木ノ下「ははぁ、そういう習慣は、僕のいる演劇の世界には無いので、羨ましいですねぇ」
吉坊「黙阿弥のとこ行く、とか」
木ノ下「お墓参りですね。でも、お話を直接聴けるのは、羨ましいです」
昔は文楽の人々が大阪市内、劇場周辺に住んでいたから、そういう習慣でも良かったのだろう、と。お稽古は、まず、太夫、三味線別々で、一対一で稽古してもらう。友之助さんだったら清友さんに、先述の芳穂太夫さんだったら呂太夫さんに。その後、芳穂太夫・友之助で合わせて練習してから、呂太夫さん、清友さんに聴いてもらう。この時、両師匠は同席しない。別日に聴いてもらう。
木ノ下「では、これ、ダメ出しが矛盾することとか」
吉坊「お。この後、爆弾が控えてそうな」
木ノ下「でもそれが古典の豊かさですよね」
みんなちがってみんないい。でも、揃えないといけないこともある。
吉坊「今日みたいな、何人も並ぶ場合の稽古は?」
友之助「太夫・三味線、全員が集まれる日を決めて、ですね」
吉坊「並んでる時でも、ソロのような所がありますが」
友之助「抜き稽古、をします」
吉坊「人数が多くなると、端と端、めっちゃ遠いと思いますが、合わせられるんでしょうか?」
友之助「信じて弾きます。勧進帳の番卒ですと、番卒は口々に……と言ってくれてるだろうな、と信じて弾きます。あれだけ遠いと、ズレて聴こえたりするんで、早めに弾いたり。丁度真ん中、シンの人に聴いてもらって、終演後に合っていたか言うてもらいます」
吉坊「ハー、ようまぁ、そんなハナレワザを」
木ノ下「かねがね、あんな風にせんと、一対、一対、太夫・三味線、太夫・三味線で並べたらいいのにな、と思ってたんですが、そうなんですね、お師匠さん二人が真ん中で聴いている、というのが」
友之助「コンサートマスターなんです。お囃子が大きくなると、三味線の音も掛け声も聴こえないんで、横目で撥の動きを見ています。清治師匠はズレるのもお嫌いなんですが、ビビッて弾かないのはもっとお嫌いなんです。霞めて弾くのも怒られます。君、なんで弾かないの?と。思いっきり行って結果ズレた方が怒られません」
今日一番、感動した話だった。
吉坊「今公演、清治師匠は明石浦船別れの段を弾かれてますが、いつもはドーンと来るイメージなんですが、今回は静かな感じを受けました」
友之助「三味線の個体差も勿論ありますが、セッティングを変えています。三味線というのは、棹という棒が胴という箱に突き刺さっている構造ですが、この刺さっている棒の角度を変えます。棒の刺さっている口と棒の間に、木のチップが上下4枚づつ挟めまして、それで角度を調節するんです。上に3、下に5とか。そうすると、絃と棹の高さが変わります。と、艶っぽくなるけれども音は小さくなる、とか。時代物ですと、この上下のチップを逆にして、バンバン鳴るようにします。りんどうの部分の板も変えます。これが、セッティングです」
吉坊「毎日バラすんですか?」
友之助「してます。だから、三味線屋さんに、エ?と驚かれます。サラで買うた時に、チップを挟むスキマが無いんで、ヤスリで削ります。また三味線屋さんに、エ!と言われます」
吉坊「この作業が巧い方は?」
友之助「うちの師匠は神ですね。音が大きくて、よく響きます。ちょっとこれ使ってみ、と貸して頂いて弾きますと、無茶苦茶良い音がするんです。もう、世界が違うんです。はぁ、セッティング段階でこんなに違うんか、と」
吉坊「更に遠のくような」
友之助「最近は、その作業も教わっています。しかし、具合見る、セッティングの話なんて初めてしますね。駒の話はよくしますが」
話は、舌切雀に。
木ノ下「今公演は、動物が出てくる二題が並びますが、うつぼ猿は音楽劇、舌切雀はSEや宙乗りのあるエンターテイメント。また二作品とも比較的新しい時代の作品で、文楽の可能性が感じられます。ドラマとして面白いのは、舌切雀の方ですね。胸アツポイントは、お竹婆さんが、最後物凄い勢いで駆けてきます」
吉坊「昔話やと、翌日おじいさんから話を聴いて、よし自分も、と行きますね」
木ノ下「文楽人形史上一番速く走ってくるんですが、よくよく考えてみたら婆さんが走ってくる理由、無いんです。だから、これ、善兵衛爺さんを心配してきたんではないか、と」
吉坊「前後がわからんだけに、想像が膨らみますね。いろんな意味で欲望に忠実なんでしょうね」
木ノ下「人間と動物との距離感が今と昔では違うんだろうな、と思います。猿と猿曳の関係性も、もっと密接なんだろうと思います。雀のお宿、あれは雀の世界が存在する、という事ですよね。鼠には鼠の世界がある。そういう空想力が、今は無いのかなぁ、と思います。雀と人が同じ大きさですからね」
吉坊「そう、見えてたんかもね。同じ様な存在として。あと、雀のカシラのまゆ毛、よう見て下さい。あれだけ表情が出てるのも、なかなか無いです」
眉毛で芝居、西村晃の黄門様を思い出した。最後に劇場からお報せ。
吉坊「錦秋文楽公演、33年ぶりのひらかな盛衰記四段目上演だそうです。ひらかな盛衰記、と言えば、逆櫓の段、太夫も三味線も死ぬんちゃうか、というような」
と、友之助さん、ヤッシッシヤッシッシの所を実演。拍手。
吉坊「うつぼ猿の猿が船漕ぐのとエライ違いですね」
友之助「勉強会で弾かせてもらいましたが、三味線が色色面白い段です。サカハジキとかやっていて楽しい段です。意外と手が詰まっている所より、松右衛門の方がしんどいです」
この後、各人の告知。
吉坊さんは9月9日の奈々福さんとの二人会、繁昌亭15周年昼席の一門別ウィーク。
友之助さんは8月7日の玉翔さん企画『文楽夢想』。友之助「先輩の清志郎さんが端で弾いて下さる、と、芯に師匠、端にも先輩で、司令塔が2つあるようで揃い易く、勉強になります」。
木ノ下さんはNHKラジオ第二『おしゃべりな古典教室』、「ラジオ第二はオリンピック流れませんから、静かですよ」。
記念撮影ありて(ちゃんとこっちも向いて下さいました)、15時15分、終演。
コテンゴテンさん「お話し足りない三人だと思いますので、今日のアフタートークの、アフタートークを、楽屋で収録しまして、YouTubeで後日配信しますので、お楽しみに。また、秋公演に向けて企画も練っていますので」とのこと。
アンケートに、「このトリオでまたお願いします」と書いておいたので、楽しみに秋を待つ。欲望に忠実なお竹婆さんよろしく駆けつけよう。