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『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』を読む/本文(3)

作品社から刊行されている『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』を読んでいくシリーズ。物語本文の章は今回が最後です。

14 リトル・アニー・アーロンバーグ殺害

出典は「第7巻(製本されていない)p.2256-2257」

「本文(1)」の回に名前だけ登場していたアニー・アーロンバーグ。子供奴隷であり、革命運動のリーダーでもあったアーロンバーグが惨殺される様子が語られます。

事件が起きたカルヴァリニアで子供奴隷を監督していたのが、これまた「ヘンリー・ダーガー」ですが、ここでのダーガーはアンジェリニア人で、強制されてその仕事をさせられていたようです。その後アンジェリニア軍に参加したのか、現在は「ダーガー将軍」になっています。

ダーガーは殺害されたアーロンバーグの写真を保管していましたが、ある時それを失くしてしまいます。写真を紛失したことが戦況に大きく影響しているらしいのですが、その理由はどうもよくわからないようです。理由がわからず困っている「ダーガー将軍」の様子からは、書き手である現実のヘンリー・ダーガーが透けて見える気がします。

後述するように「少女の写真を失くす」という体験はダーガー自身の実体験と重なっているわけですが、その体験を消化して、物語として再構築しきれていないような印象を受けました。

15 アニー・アーロンバーグの幽霊、ダーガーに現われる

出典は「ダーガーの日記の一冊より抜粋」となっています。ということは現実のヘンリー・ダーガーの話なのかと思ったら、どうも『非現実の王国で』の世界にいる「従軍記者ヘンリー・ダーガー」の手記のようです。前項のダーガー将軍と同一人物なのかはよくわかりません。

戦場を駆け回る従軍記者の前に輝く少女の幻影が現れる場面の描写はとても美しく印象に残ります。そしてダーガーが写真を失くしたことがこの世界に大きな混乱をもたらしているようですが、どういう理屈でそうなっているのかは、やはりよくわかりません。

書き手であるヘンリー・ダーガーは、この物語を書き始める前、ある少女が殺害された事件を報じる新聞記事を保管していましたが、いつの間にか紛失してしまいます。その当時ダーガーは病院で住み込みで働いていましたが、ルームメイトが盗んだのではないかと疑っていたようです。そして、その写真を紛失したことで精神的に大きく動揺し、それがこの長大な物語の創作につながっていったのではないかと言われています。

なので、アーロンバーグの幽霊と遭遇したのも、書き手ダーガーが実際に見た夢の中の情景だったのかもしれないですね。写真の紛失については次の章(マグレガーによる論考)でも解説されています。

『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』p.92-93

16 アニー・アーロンバーグの幽霊、ヴィヴィアン・ガールズに現われる

出典は『非現実の王国で』最終巻に当たる「B巻 p.3351-3352」

この短いパートでは、「聖母様からお使いに出された」というアーロンバーグの幽霊がヴィヴィアン・ガールズに対して「アビアニアに行ってはいけない」と、敵の罠を警告します。そしてアニー・アーロンバーグの姉であるガートリュード・アンジェリンがガールズに同行していることがわかります。

17 絵を描くペンロード

出典は「3巻 p.129-130」

これも短いパートで、以前にも登場したペンロード少年がヴィヴィアン・ガールズと父親のヴィヴィアン皇帝の肖像を描こうとしています。ペンロードはダーガーのお気に入りキャラらしく、書き手のダーガー自身も投影されていると言われているので、ダーガー自身こうやって描いていたのかなと思わせます。

18 血で塗り固められた、奇妙なしるし

出典は「第11巻 p.11-72、11-72-b」

「血まみれの手が壁を伝って降りてくる」とか「火炎を放つ赤い手が現れる」といったホラーな場面。ダーガーの絵画作品は物語の特定場面とは一致しないものが多いらしいのですが、これは具体的に視覚化した作品があります。カラー図版のページにある、↓これだと思います。

『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』p.28-29

19 楽園の夢

出典は「第3巻 p.588-589」

戦争に勝利し、天使や聖母や天界の人々に囲まれる幸せな少女たち。ダーガーの絵画作品には、色とりどりの花に囲まれる子どもたちやブレンゲンが登場する場面がありますが、そういった美しい世界を思わせる描写です。ダーガーの思い描く天国の情景なのでしょうか。ただこの場面は現実ではなく、最後の一文で夢から醒めてしまうのですが。

…という所で、物語の章は終わります。真剣に読んでいくとけっこう時間がかかりますね。もう1か月くらいこの本を読んでいるわけですが、まだ終わりません。

次回は、マグレガーによる論考の章をご紹介しようと思います。

#アール・ブリュット #アウトサイダー・アート #ヘンリー・ダーガー #非現実の王国で

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