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冬の臨時列車・特急『新雪』

 53年前の本日1月11日は、特急『新雪』が運行された日です。昭和44年のことです。
 その頃ちょうど鉄道ブーム起こっていて、カメラを下げた鉄道少年がたくさんいたので、『新雪』という列車名に懐かしさを感じる方も多いかと思います。

 
 名前に「雪」の字が入る『新雪』。これは、冬の臨時列車でした。運行開始から廃止になるまで行き先は変わりましたが、上野から上越線で新潟方面に向かうという、大元の部分は変わりませんでした。スキー客用の特急だったのです。
 
 昭和40年代中頃から、『あずさ』や『ひたち』など昼に走る特急は、エル特急という、普通に特急というよりちょっと豪華な感じを与える名称で呼ばれるようになりました。
 Wikipediaでは、ニックネームとなっています。エルに対する明確な意味や定義がないので、まぁたしかに、そんなものです。
 
 『新雪』は特急で、車両もエル特急と同じでしたが、エル特急ではありませんでした。本数が多いものに、そのニックネームを当てはめていたため、臨時列車で運行本数の少ない『新雪』は普通の特急でした。
 
 この『新雪』が、鉄道少年泣かせ。なにしろ臨時列車でも、より本数の少ない季節列車です。上野発着の列車は首都圏の鉄道少年には撮影しやすいはずなのに、『新雪』だけは一筋縄ではいきませんでした。
 
 なんとなく記憶に残っているのは、1975年2月16日という日にち。なぜこの日が残っているかというと、『新雪』が1日だけ走るからです。
 
 詳しく記録を付けていたり、しっかり覚えている人がいたら、ちがうというかもしれません。しかし記憶では、この年、『新雪』が走ったのはこの1日だけなのです。
 
 当然、上野まで撮影しに行きたい。これを逃せば、次の冬まで待たなければなりません。もしかしたら来年は廃止になっている怖れだってある。
 しかしこの土曜、東京は大雪でした。
 ボタン雪が降り、交通は大幅に乱れています。東京西部はなおさらの降りです。親からは、晴れていたら上野に行っていいと言われていました。当然、許可が出ません。
 
 その日は、時刻表をずっと持って、開いていました。「この時刻に入線したんだ」とか、「今、〇〇駅を通過している」とか、『新雪』の運行を想像しながら。
 
 その思い出から、『新雪』はとても印象深い特急です。当時は「石打」行きで、『とき』の新潟や『あさま』の長野などとちがって、大都市や県庁所在地が行き先でないことも、強く印象付けられたひとつの要因です。
 
 
 1年待って、次の冬にはカメラに収められました。今、思い返すと、そのまま写せないで時が流れた方が、より印象深く記憶にとどまったかもしれません。
 
 ヘッドマークは雪をあしらったもので、おしゃれでしたが、極端に本数の少ない臨時列車だからなのか、サイドの方向幕は雑で、行き先が空白でした。

 当時の自分が、これにがっかりしたのかどうか、記憶がありません。これはけっこう季節列車っぽいと、それなりによろこんだのかもしれません。
 
 上野発の季節列車には、夏に『そよかぜ』というのも出ていて、日にちを大きく限定させる特急でした。

 行き先は、名前で想像できますが、

 避暑地行きです^^
 
 こちらは動きやすい夏場の季節列車だったので、『新雪』ほどには撮影に苦労しませんでした。やっぱり苦労した方が、後年まで印象に残ります。
 
 

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