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栗毛のユキノビジン

 ショウワモダンが勝った2010年安田記念の終了後、府中のぼくらの溜まり場の洋風居酒屋では、レイコさんがみんなから祝福されていた。
 レイコさんというのは出版社に勤める女性で、かつて初めて訪れた競馬場のパドックで「ユキノビジンと運命的な出会い」(本人談)を果たし、それ以来、ユキノビジンの追っかけとして競馬にどっぷりハマってしまった経歴の持ち主だ。

 ユキノビジンは公営の岩手競馬から中央入りし、1993年の桜花賞とオークスで2着した牝馬。
 盛岡からJRAに移籍してクラシックで好走しただけでも異例の快挙だったが、父サクラユタカオーから譲り受けたツヤツヤの栗毛に、三白流星、白で編み込まれたたてがみという、愛らしいルックスが人気を集めた。

 やがてレイコさんの部屋はユキノビジンのぬいぐるみで埋まり、エリザベス女王杯の日にはひとりで京都まで遠征したという。
「パドックで私と目が合った瞬間にニコっと笑ったんだから、ビジンちゃんは」が口癖で、いつも「んなわきゃあない」とまわりからツッコミをくらっている。

 彼女のお眼鏡にかなうのはほとんど栗毛の馬で、数年後、今度はユキノビジンとよく似た栗毛の牡馬に目が留まる。エアジハードだった。
「栗毛なら何でもいいってもんじゃないのよ。栗毛にも品のある栗毛、やわらかい栗毛があって、それじゃないとダメ。エアジハードはね、栗毛の色合いとか、走っているときの尻尾の流れ方がビジンちゃんにそっくりなのよ」

 エアジハードは父サクラユタカオー、母父ロイヤルスキー。これはユキノビジンと同じ組み合わせだ。
 なるほど、ぼくには栗毛の色合いの違いなんてさっぱりわからないけど、馬体やルックス第一の人なら、その近さにも目がいくのだろう。
「血統は全然知らなかったけど、あとからユキノビジンと同じ配合って教えてもらって、そっか、それでビジンちゃんにそっくりなのねって。私の好きな栗毛にはサクラユタカオーの仔が多いってことにも気付いたの」

 エアジハードは1999年の安田記念とマイルCSを勝ち、ユキノビジンが届かなかったG1制覇をなしとげる。
 以降、レイコさんの追っかけの対象は、栗毛の馬から、サクラユタカオー産駒、エアジハード産駒へと、引き継がれてゆく。もちろんユキノビジンの子供たちも追いかけて北海道の牧場まで行ったけど、こちらはあまり走らなかった。

 だから、ショウワモダン(父エアジハード)の安田記念制覇は、長年の思い入れが実った格別の勝利であり、レース前から
「エアジハードの仔は、アグネスラズベリも重賞勝ちが6歳、ナナヨーヒマワリは重賞勝ちが7歳。ショウワモダンだって本当に強くなるのはこれからなのよ!」
 と宣言していたのだ。

 ぼくの馬券は外れたけど、レイコさんからご祝儀のシャンパンが振る舞われ、締めはユキノビジンにちなんで盛岡冷麺。楽しく、清々しい夜だった。
         ☆
 今週のエプソムC。馬券的に狙いたいのはキャプテンベガだ。
 前走の都大路Sはシルポートが後続を離して逃げを打ち、そのまま楽に逃げ切ったレース。1000m通過は58秒5だから速いペースに見えるが、速かったのは前の馬だけで、3番手以降は超スロー。上がり32秒9のキャプテンベガが9着という、お馬鹿レースだった。後ろの馬は完全に脚を余して負けた。
 この9着で人気が落ちるならありがたいし、また今回もシルポートが引っ張る展開だからスローにはならない。絶好調の後藤騎手に乗り替わり、3着だった昨年と同じくらいの走りは期待できると思う。

 ちなみにキャプテンベガの母ベガは、桜花賞とオークスでユキノビジンを負かした名牝。レイコさんは応援するんだろうか。(了)

*追記/10年エプソムCのキャプテンベガは9番人気で3着だった。
*ユキノビジンは2010年に繁殖牝馬を引退し、2016年に老衰のため死亡した。
*ユキノビジンも登場する「ベガ&ホクトベガ世代、母の物語」はkindleの電子書籍『ライスシャワーとサンデーサイレンス』に収録されています。

https://www.amazon.co.jp/dp/B094G8C2NL



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