男勝り教習所✴︎東場学園8✴︎

結婚してからは無いが、独身の頃は何回か業界関係者に「黄河さんって両刀（女性も男性も恋愛対象）ですか？」と聞かれた。多分男性プロとの噂は全くなかったし飲みの席で恋愛の話を振られることもなかったからだろう。

混一色に言われるがままシャワーを浴びていた。頭から顔、腹、足、そして排水溝に吸い込まれる雫を見て思わずため息をついた。この後の手組・押し引きを間違えずに打ちきる自信がない。しかし対局が始まった以上離席することはできない。この頃は何切る本もなければ、麻雀youtuberもいない。頼れるものは何もなかった。だが、ベタオリだけは許されない。高校生にとって学校生活は全て。女の巣窟である東場学園でベタオリした事が知れたらＦ３剥奪は当然としてクラスでも部活でもフルシカトを食らう事は明確だった。なぜなら混一色は宝塚部の圧倒的人気によって高嶺の花として扱われており、”相手にできる事は名誉”というムードが学校だけでなく合宿中も漂っていたからだ。

私は風呂場から出た。夕食前より部屋が暗くなっている。照明を調整したようだ。素早く黒いTシャツとジャージを着た。髪をタオルで乱雑に拭きながら後ろ姿で「シャワー浴びてきたら？」と混一色を促す。平常心を装うのに必死だった。なんせアタフタしてたなんて周りに言われては困る。女性の大半は童貞より玄人ってネットに書いてたし。かろうじて遠くで風呂場のドアを開ける音がした。胸の鼓動で聞き取りずらい。リーチをされた後にできる事なんてたかが知れている。心を決め真っ向勝負で無筋をバーンと応戦するか。または安全そうな牌を捨てながら様子を伺うか。待てよ、一度無筋を切ったら流局するまでオリれないのか。今となっては役牌アンコ落としだって立派な戦術だと教えてあげたい。悶々と考え込んでいたら、彼女が風呂から出ていたのに気づかなかった。顔を上げて面食らった。合宿は大概みんな寝間着はジャージなのだが、混一色はネグリジェ姿で現れたのだ。

桜色のネグリジェ姿は高校３年生の制服姿とは全くの別人だった。
「…これ、どう？似合うかな？」
うつむき加減で聞いてくる混一色の頬が赤い。マンズの染め手だ。学校での打牌選択だったら褒めて笑顔一択。だが今はたった２人。男性役はＳ気質の方が良いというｉモード検索を信じ、背を向けガラス越しに「まあいいんじゃん」と返答して紫煙をくゆらせた。すでに高身長なのに背伸びしすぎである。何度も吸った煙草なのにガムの味がした。ハッと我に返り、やりすぎたか？と彼女に目を配ると変わらぬマンズ顔で大きめのダブルベッドに入っていた。学校との違いにまんざらでもないご様子。これが世に言うギャップ萌えか！と妙な形で納得しながら、作ったキャラをうまく操縦できず咄嗟に「おやすみ」と電気を消した。

大オシャレ飯屋のような照明で１０分。思春期なら目が冴えて寝れないはずなのだが、クールは気取れたし特に彼女から要望もないしと満足げに図太い神経で眠りかけたその時だった。混一色はクルっと振り向き

「ねぇ、ホントに何もしないで寝る気？」

マンズの一色手ＶＳツモのみ。
とうとう試合開始のゴングが鳴った。

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