長ねぎをもらったら終わり

農家でバイトをしていると、いかにも農家らしい出来事が起こるので面白い。余った野菜をもらったり、軽トラをぶつけたり、畑でカマキリと遊んだりしている。

ただその一方で、問題も多い。

オーナーからはなるべく早く作業するようにと言われるのだが、タイムカード制を採用しているため、早く作業すればするほど勤務時間が短くなり、私たちの給料は減る。

また、一日あたりのノルマが決まっているわけでもないので、一生懸命やった結果「早く終わったからもうちょっとやろう」となる場合もある。これでは、頑張ったら頑張った分だけ損である。

とはいえ、オーナーを呼び止めて「すいません、制度として破綻してます」と言えるわけもなく、まあ何やかんや、同僚と愚痴をこぼしながらやっている。

このオーナーは権力の使い方がとても上手いというか、ずるい。

たとえば、何か私たちにお願いしたいことがあると、ただ「これもお願いしていい?」と頼むのではなく、一度私たちに何か無茶な要求をして、それを断らせてから「分かったよ。じゃあ、これはできる?」という言い方をする。

これを無意識にやっているのか、常に手札として持っているのかは分からないが、どちらにしてもすごい。無茶な要求をして、それを断らせることでその後の交渉を有利なものにしている。私たちとしては、二度も頼みを断るのは気が引けるから泣く泣く承諾してしまう。

「交渉とはテーブルに着いてから決まるのではなく、テーブルに着くまでの準備と根回しで決まる」みたいなことはよく言われるけれども、最近それを痛感している。

先述したとおり、農家で働いていると、たしかに余った野菜(うちの場合は主に長ねぎ)をもらえることがある。実際仕事が終わると、オーナーから声をかけられたりする。「ねぎ、持っていく?」

ここで重要なのは、すぐに振り返らないことである。

少し間を空けて振り返り、あ、大丈夫です。こないだ買ったばかりなので。なるべく淡白に済ませる。ここで「えっいいんすか!」とか言おうものならすでに手遅れ。ゲームのコントローラーを向こうに握られている。

そう。うちのオーナーは出荷できなかった野菜すらも、いつか訪れる交渉のための「根回し」に利用している節がある。余った野菜をあげることで、私たちに貸しを作ろうという腹づもりである。

そのため、ねぎを受け取りすぎると、今後発生する交渉に響く可能性がある。そんなバイトがあるだろうか。しかし現にそうなっている。それゆえ私たちアルバイトの間では、ねぎを受け取るという行為は「ケースバイケースではあるが、基本的には悪手」とされている。われわれも徒党を組んでオーナーに対抗しているのだ。

さて、じゃあなんでそんなバイト続けてるの?と思うかもしれない。不満があるなら、やめればいいじゃないかと。たしかにそのとおりである。

結局のところ、私がこのバイトを続けている理由は、農家という仕事と場所に「人情味がある」と感じるからだ。では、誰に人情味があるか。もちろんオーナーではない。人情味どころか、オーナーは私たちのことをモルモットか何かだと思っている可能性すらある。

人情味があるのは、オーナーのご両親だ。私が働いているこの農家は、家族経営+α(つまり、われわれアルバイト)という形態で、基本的には家族が中心となっている。オーナーのご両親もほぼ毎日手伝いに来てくれて、一緒に仕事をする。

ご両親は、私たちからしたらおじいちゃんおばあちゃんくらいの年齢で、とても親しみやすい。いつも私たちのことを気にかけてくれるし、休憩中には差し入れを持ってきてくれる。

この差し入れの種類は、多岐にわたる。初めのうちは、市販のお菓子であったり、飲み物であったりしたのだが、段々とエスカレート(と言うと失礼だが)していき、おにぎり、もつ煮、シャインマスカット、などを振る舞ってくれるようになった。

毎日のように何かしらを持ってきてくれるので、正直もうそういう環境に慣れすぎてしまっていて、この間、ご両親がトマトリゾットを持ってきてくれた時も「トマトリゾットね」と思ってしまった。そういうこともあるか、と。

よく考えてみよう。

普通、ない。トマトリゾットは、休憩室に現れない。トマトリゾットって何。考えよう。トマトリゾットが差し入れられている。そんなことは、ふつう起こりえない。

それを「まあ、そういうこともあるか」と思ってしまっている、この現状。平和ボケである。全くもって当たり前ではない。このままでは、唐突に、香草焼きが差し入れられたとしても「香草焼きね」と思ってしまうだろうし、桃のパルフェが差し入れられても「パルフェね(桃のね)」と思ってしまうだろう。こんな状態はおかしい。

とはいえ、そうした優しさに少しでも報いたいという気持ちでバイトを続けているのも確かだ。これこそ、私がこのバイトを続ける理由である。余談だが、以前オーナーのお母さんが「息子は性格が悪いから…」と言っていて、めちゃくちゃ笑ってしまった。

そして今日も、ご両親が揚げたての天ぷらを差し入れてくれた。正直、「天ぷらね」と思っている自分がいたけれども、採れたてのゴーヤ、茄子、じゃがいもなどの天ぷらが食べられるのも、やはり農家ならではだと思う。とても美味しかった。みんなも農家でアルバイトをしよう。

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