この世から通勤とオフィスを亡くす ~VRオフィス構想~
著者:株式会社 桜花一門 代表取締役 高橋建滋
校正・校閲:丹治吉順 a.k.a. 朝P
目次
・はじめに
・私の会社のオフィス代、交通費って高すぎ?
・物理オフィスに思考を縛られず、VRオフィスに思考をアップデート。
・地元で東京の仕事と給料を。
・最後に
はじめに
「起業家が成長するのは金がなくなった時か、人がいなくなった時だ」という格言があるそうだ。自分にとって、その格言は予言でした。 2018年3月、株式会社桜花一門には経営者である自分一人しか残されていなかったのです。それまでPlayStationVR用のソフト「CHAINMAN」の開発のために参加してくれていた常勤スタッフが、ソフト開発終了とともに全て離れたためです。
スタッフの給料が0になったおかげで資金的に余裕はできたものの、自分ひとりの技術力、開発力では限界がある。自分は企画者、ディレクターであり、エンジニアとして半人前なのです。
幸いにして、その月、まだ大学生だったごんびぃー君が「なにか手伝いますよ」と言ってくれました。そこで、開発中のVRアーチェリーシュミレータ「ModernArcheryVR」を手伝ってもらうことにしました。
残念な事に、昭和世代の自分はインターンなんて小洒落たものを知らない。お金を払って仕事をしてもらうなら正社員契約か業務委託契約しか頭にありませんでした。
その結果、彼をけしかけ個人事業主として開業させ、業務委託契約を結び、参加してもらうことになりました。
彼は大学生なので、毎日出社することはできない。作業するのは講義や実験の間などの隙間時間が大半になる。そんな条件の中で適切に仕事を割り振ることが、自分の会社を存続させるための必須条件になりました。
普通だったら頓挫すると思いました。そこで思い出したのが、ポケパークのディレクターをやっていた10年前に覚えた開発手法です。
「ToDoチケットを極限まで細かくして渡す」
詳細はぼかしますが、当時の自分が「身につけなければ死ぬ」という状況に追い込まれた身につけた方法でした。
これ自体はCHAINMAN開発時も使ってはいたのですが、全面活用できてはいませんでした。なぜなら、この方法は、後述するようにマネジメントに大変な負担がかかるため、近くにスタッフがいると気持ちが緩む。渡すべきチケットの内容をしっかりと練り込むには時間の余裕も必要になるなどしたためです。CHAINMANのときは、比較的恵まれた状況だったので、それに甘えていました。
しかし今回、背に腹は代えられない。
彼に割り振る仕事のToDoの項目を可能な限り細かくして具体的な内容をチケットにし、Trelloに記入、Slackで連絡する。こうしてModernArcheryVRは1ヶ月半という短期間で完成し、OculusGOロンチソフトとなりました。
このやり方に手応えを感じた自分は、その後手伝ってくれるメンバーを徐々に増やしていきました。
その顔ぶれの中には、北海道のじゅーいちさんなど、地方在住の人も少なくありませんでした。そのメンバーを見ていた2018年10月ごろ、ふと「オフィス要らなくね?」と思ったのです。「日本中から遠隔で手伝ってもらえるなら、わざわざ出社してもらう必要はないんじゃない?」。
そこで「オフィスのない会社」を運営するための条件を考えました。一番の問題はスタッフ同士の情報の共有、要は「会議」をする場所です。当時、連絡に使っていたメインのツールはSlackとTrello。ただし、それだけではやはり不十分で、細かいニュアンスを伝えなければいけないときもあります。それで使っていたのがOculusRoomsでした。VR会議室の利点は、顔の向きやうなずきなどの非言語情報を表現でき、自分の話を相手が理解して聞いているのか、疑問があるのかなどを確認しながら進められることにあります。これはSlackなどの文字ベースのツールでは難しい。
しかしOculusRoomsは完成度の高いソフトでしたが、使い勝手が悪い面もありました。参加者が集まるまでに押すボタンの回数、待っている時間、情報の共有のしにくさなどなど仕事で使うには多数の問題がありました。
そこを解決するために自社用のVR会議ツールとして作ったのが「桜花広場」です。
つまり桜花広場ははじめから自社をVRオフィス化するために作ったコミュニケーションツールの一つで、真にやりたいのは「完全な誰も出社させないオフィス」なのです。
この文章も自分が信じているVRオフィスを文章化し、みんなに知ってもらうために書いています。
3章に分けて、経営者、マネージャー、エンジニアの視点からVRオフィスの可能性、VRオフィスによる働き方改革について追ってみたいと思います。
第一章 え! 我が社のオフィス代って高すぎ!!
この文章を読んでいる中で、経営者や経理担当者がどれくらいいるかわかりませんが、この章で想定している読者はそれらの人たちになります。
社員の月給、年金や健康保険費、交通費、そしてオフィスの家賃や光熱費。会社は月々、何をしなくてもそれだけのお金が必ず流出していきます。
特にオフィス代と交通費は、例え社員の給料が0だったとしても、絶対に払わないといけない完全固定費用です。
私も毎月流れていくこの金額にどんよりとしてきたものです。
弊社の場合、シェアオフィスを使っているのでオフィス代が3.5万円/月。交通費は人によりますが、比較的近い池袋から来ていた社員には7000円/月。遠くに住んでいた社員だと2万円/月かかりました。
仮にそのとき取り組んでいる仕事がなかったとしても、社員一人会社にいさせるだけで交通費とオフィス代だけで5万円近い出費が発生していたのです。
自分も当時はそれが当然と思ってましたが、こうやって完全VRオフィス化をはたし、誰も出社させていない現在から考えるとずいぶん無駄な出費をしていたと思います。PlayStationVRソフト開発のためとはいえ、当時は出社もオフィスも当たり前のものだと思っていました。
たぶん今この世にいる大多数の人にとっても、「オフィスはあるもの。出社するもの」という考えが当たり前すぎて、疑う余地もないのでしょう。それは例えるなら「電話が発明されても、我々にはメッセンジャーボーイがいるから必要ない」と思っていた19世紀の人たちみたいなものです。
しかし現在急に電話(音声通話)がなくなったとして、人は不便を感じないか? 存在する前は存在するありがたさも、無くなる不便さも理解できない。でも一度その便利さを経験してしまうと、無くなったときに猛烈に不便さを感じる。発明とはそういうものだと思います。
オフィス代と交通費の話ばかりしましたが、経営者にとってVRオフィス化はもっと切実な問題を解決してくれると考えています。
それは人材獲得です。
例えば札幌に優秀な人材がいるとして、東京にいる自分が彼を雇いたいと思っても、雇われる側の彼にとっては数々のハードルが存在します。
・住み慣れた街を離れる、生活が変わるリスク
・引っ越し代金
・住居費が高くなる
・引っ越しまで働き始めても、3ヶ月の試用期間で解雇される危険性
・短期間で会社が潰れて路頭に迷う危険性
最後に挙げた倒産の例は2019年初頭に実際に起きた事件で、VR界隈の人も大きな被害を受けました。
このようなリスクを背負い込む彼に対して、経営者は何ができるのか?
そのリスクを上回るメリット=給料を提示することしかありません。
「いや東京にはいっぱい人が集まるし、ほうっておいてもうちは新入社員がいっぱいくるよ。東大や早慶の子が欲しいなー」とか言っている経営者、人事の人は「少子化」という大問題を思い出して欲しいと思います。
東京もそのうち人手不足になります。
例えばコンビニのバイトですら、都心は時給1500円でも人が集まらない。いわんやエンジニアなら時給1万円でも人が集まらないことだってある。
そんな状況を打開する方法は、自分が考えるに、二つしかありません。
「給料を上げてメリットを上げる」か、「今までの生活を変えずに新しい仕事につけて、引っ越しや転職に伴うリスクを可能な限り減らす」か。
前者はある意味ふつうの手で、わざわざ新規に開発する必要はない。では後者の「一歩も動かず、生活を変えず、どんな場所の仕事も気軽に参加して気軽に抜けられる」、そんな働き方を作ってみるのも企画者、開発者として楽しいのではないかと考えているところです。
そのために大きな威力を発揮するのが、どこからでも出社して働けるVRオフィスです。会社には打ち合わせをするための会議室が必須なので、「桜花広場」はVRオフィスのための会議室として作りました。
当然ながら、VRオフィス構想は、会議室だけで終わりはしません。これを皮切りに、VRオフィスに必要な思想、組織、ツール、コミュニケーション方法を開発していくことを視野に入れています。
たとえば、社員は自宅や住み慣れた街を離れることなく仕事ができる。
それどころか、一つの会社に縛られず、全世界から寄せられる仕事をこなし、報酬を得ることができる。
そのような世界に、そのような日本にしていきたいと自分は真剣に思っています。
第二章 物理に魂を引きずり込まれるな。
桜花広場をいろいろな人に体験してもらって、「これからは一回も顔を見ずに、小規模で仕事を発注し、成功したらお金を払う時代が来るんですよ」と説明すると多少は理解をしめしてくれても、
「でもやっぱり仕事は顔と顔を突き合わせてやらないと」
と反応されることが多々あります。たしかにIBMや米ヤフーなどのアメリカの会社はリモートワーク制度をいったんは導入しましたが、結果的にリモートワーク禁止になりました。
Forbes 2017/10/22 IBMが遠隔勤務制度をやめた理由
なぜ前の世代のリモートワークには失敗したのか? なぜ今の世代のVRオフィスは成功すると自分は思っているのか。その検証と解決の提案は必須でしょう。そうでなければただの絵に描いた餅です。自分はそれができると思います。
Forbesで報告された内容に加え、自分が会社経営の現場で経験した管理職を中心とした方々の体験を基に検証した内容を以下に記します。リモートワークの課題は、大きく分けて、「情報量」「イノベーションが生まれない」「不安」の三つがあり、それぞれ細かく検討していきます。
1.リモートワークでは情報量が少ない
1.1.ボディーランゲージが足りないよ派
これは確かにあります。専門的にいえばノンバーバルコミュニケーションとなりますが、我々がコミュニケーションをとるとき、言葉以外の情報は、質・量ともたいへんなものがあります。例えば仕様を説明しているとき、眉が微妙に動いているのを見て「こいつ理解してねーな?」と感じたらそこはもう少し詳しく説明したりといったことは日常的にあります。そういった情報が削ぎ落とされるのがチャットや電話の弱点だとも思っています。
また少し面白いのが、相手がなにか喋っている時に「ちょ、ちょっとまって!」とさえぎったりしたときですね。興味深いことに、対面だと相手はちゃんと止まってくれるのですが、電話だと止まってくれない事があります。
なぜこうなるのか、まだ謎ですが、一つに「音声だけでは伝わらない情報が相手を止めるのに役立っている」と考えられると思っています。
現状VRでは、ノンバーバルコミュニケーションのうち表情以外のものは全て伝送できます。おそらく表情も視線入力を併用することによって伝送可能になるでしょう。またそれができなくても声音から感情を読み取り、それを数値化して伝送することでも可能です。この項目はすでにクリアーできます。
1.2.感情の伝播ができないよ説
チャットやメールだとこの問題はよく取り沙汰されています。顔文字をはじめ、(笑)、www、m(_ _)mなどの記号のような表現を使って、言葉を丸く柔らかくしているわけです。こういうところは外交プロトコルと似ているのかもしれません。
自分もたまに「文章でニュアンスまで100%伝えるのはそうとう練らないといけない。いや、むしろ文章では伝わらないなー」と思う時があります。でも面白いことに会話で、「〇〇なんですぅよぉー」と演技や抑揚を声にこめたら、5秒くらいで伝えられる場合があります。
つまり、声には言葉以外のコミュニケーション機能もあり、それは本当にあなどれないものがあります。
VRでのコミュニケーションは現状リアルタイムに音声と動きを伝えるもので、声の抑揚などの感情ももちろん伝送可能です。さらに首の動き、身振り手振りも入るので、無言の時でも「なにか考えているのか」「本当に何も考えていないのか」がかなりわかるようになります。
VRではすでにこうしたことを解決可能な段階に入っています。
1.3.首の動きが無いよ説
これはよく自分が聞かれる「それってテレビ会議とどう違うの」という質問に対する明確な答えです。
首の動きなんです。
例えばスカイプで多人数音声通話をしているとき、誰が誰に何を喋っているのか解らなくなることがよくあります。だからトランシーバーのように誰かが発言すると他の人は黙る。他の人が発言するとみんな黙る。そんな風になってしまいがちです。
これは単に首の動きの情報が伝送されていないからです。この首の動き一つ、たった一つの情報が削られる事で、多人数での会話がとたんに困難になるのです。
また話を聞いているとき、うなずくだけで「今あなたの話をちゃんと聞いています」というシグナルになる。
もちろんVRでは、テレビ電話では伝えられない首の動き、「誰が誰に何を喋っているか」も伝送できます。
これもまたVRでクリアー可能な事です。
2.イノベーションが生まれないんだ説
2.1.リモートワーク社員と出社社員の情報量の差
リモートワーク社員と出社社員の間で情報格差が生まれるのは事実だと思っています。
例えば何気ないタバコ休憩中の雑談。ランチでのちょっとした無駄話。そういったものを蓄積していく出社社員と、そうでないリモートワーク社員の間では情報量の格差が起きてきます。
逆にいうと全員リモートワークにしてしまえばこの格差は起きません。今までの企業は「今までの働き方」と「新しい働き方」を混ぜて運用しようとするからうまくいかないのではないかと考えています。
この解決は、単にVRを導入するだけではなく、組織自体を変える事で達成できると考えています。
2.2.リモートワークを出社社員が羨む
これも意外に聞く話ですが、「今までの働き方」の人たちから見たらリモートワークの人たちは「ずるい」と映るようです。「自分たちは苦労して通勤しているのに、あいつらは楽をしている」と。
そう思ってしまう人が多いために、結果的に出社社員とリモート社員の間に溝が生まれ、うまくいかない可能性はありえます。
これらも全員がリモートになれば解消します。組織自体を変える事で達成できます。
3.さぼってないか不安
実をいうとここが一番大きな問題なんじゃないかと考えています。仕事を頼んだ相手が、いつやっているのか、いつできるのか、さぼらずきちんとやっているのか? 管理職の疑心暗鬼がリモートワークを阻害するのではないかと考えています。
ここに関してはVRという技術や、組織改革だけではどうにもできず、もっと別の発想の転換が必要じゃないかと考えています。その点も以下に詳述しましょう。
管理職が管理する方法は、目で監視するだけなのか?
サラリーマン時代、そして今現在社長になって痛感しているのが、「人事評価の難しさ」でした。
正直誰が上で誰か下か、誰が難しい仕事をして誰が簡単な仕事をしているのか。絶対的な指標が無いのでどうしても年功序列の人事評価になるし、同年の者の評価は「勤務態度」という謎の印象で決まってしまうのでしょう。
それは上司が部下を評価するのと同時に、部下同士が評価し合うのもそうです。嫉妬、といってしまえばそれまでですが、これがなかなか馬鹿にできない。自分もサラリーマン時代にうかつに同期の年収を聞いてしまった時にそれがおこりました。
当時PS3のロンチソフトを0から開発していて、社内全体の知見構築に貢献していたはずの自分と、別ゲームのリソースを使いまくって作られた新作を担当していた同期の間で年収が倍くらい差があり、頑張るのが馬鹿らしいと思ったもんです。
上記の例は評価基準を「プロジェクトの売上」にしたものですが、結局お互いがどんなスピードでどんな難易度の仕事をしているか、正確に測れていないために起きた不幸な出来事だと考えています。
非売上部門(人事総務部)に対してはその売上という疑似評価基準も使えないので、「がんばった見た目と時間」を疑似評価基準に使わざるをえなくなる。結果「定時に倍量の仕事を終わらせる人」よりも「残業して人並みの仕事をする人」が評価が高くなるという不幸が蔓延したりします。
細かく割ったチケットをばらまく
弊社はこれらの問題を「限りなく細分化されたチケット」によってクリアーできないかと考えています。
例えばカレーを作る。このとき普通なら
「カレー作って」
というオーダーになってしまう。でも弊社は
「お腹を満たすという目的で。カレーを作るという手段をとる」
1.人参の下ごしらえ
1.1.皮をむく
1.2.乱切りにする
1.3.皮を捨てる
1.4.炒める
1.5.鍋に入れる
2.肉の下ごしらえ
2.1.ビニールから出す
2.2.3cm大のキューブ状に切る
2.3.ゴミを捨てる
2.4.炒める
2.5.鍋に入れる
・
・
・
以下続く
という風に工程を徹底的に細分化します。こうすることによって生まれる様々なメリットがあるのです。
1.評価基準が解りやすい
チケットの消費量=仕事量なので、2時間しか仕事してなくても莫大なチケットをこなした人はその分給料も多くもらえる。
またエンジニア、マネージャーのトータル評価もわかりやすい。Uberのように、チケットを投げる人、チケットを受け取る人、双方に星をつけあえば優秀なマネージャーか優秀なエンジニアかすぐ解る。
今までだといわゆる「あれおれ詐欺」や「経歴ロンダリング」が横行していたが、全員がこの働き方になれば、悪行に走ることは困難になるはずです。VRオフィスはその後押しができると考えています。
2.出来ない人でもできることだけやれる
このように工程を細分化すると、たとえ包丁が使えない人でも、皮を捨てることだけできれば仕事になるわけです。むしろ皮を捨てることだけに特化して、皮を捨てるなら超高速でできるとすれば、全世界の皮捨てを一手に引き受け、いろんなプロジェクトの皮捨てだけをやって暮らすという生き方もできる。
3.目的と指示が明示されている。
日本人の欠点として、目的を明確にしない、それに伴い指示を明確にしないという問題もあります。堺屋太一は「組織の盛衰」という本の中でそう書いています。その日本人の悪癖が今日の様々な「日本企業的な悪癖」の原因となっているなら、オフィスがVRに移行するとき、その悪癖からも脱却しないといけないんじゃないかと思ってます。
まず目的の明確化。上の場合でカレーを作る目的が「お腹が減っているから」であれば、その目的を達成するために肉じゃがの方が効率的なら、肉じゃがを作ってもいい。エンジニアは肉じゃがを提案することができ、目的と合致するならマネージャーは許可をしないといけない。
もし肉じゃがじゃなくカレーでないとだめな理由があるなら、マネージャーは目的を例えば「お腹が減って、最近カレーを食べてなかったからカレーが食べたい」などと修正しないといけない。
そして指示は限界まで細かくする。だいたい弊社では1チケット1時間が平均。長いものでも1日。短いものなら15分。
これにより物量が多すぎてどこから手をつけていいか解らないなどといったことにならないのはもちろん、仕事の進行状況が把握しやすく、さらには、新たに仕事を頼んだ相手の能力が低かった場合に損切りが早く安く済むという利点も挙げられます。
ただこの働き方には問題が一つあります。チケットを割るマネージャーの負担がたいへん大きいということです。全ての仕様を細部まで理解しているのはもちろん、仕事の流れも必要なデータも把握していなければなりません。現状マネージャーと呼ばれている職種の人達では、おそらく不可能に近いと思われます。
自分もゲーム業界でこの働き方をしている人は一人しか知らないし、実際に10年前にその人のやり方を模倣したのですが、地獄のような日々でした。
ただその10年前の経験と、UNITYを自分で触ってプログラムの細部まで知る事ができるようになった結果、現在は前述のとおり遠隔で複数の人と仕事を回せているので、良い経験だった今では思います。
今後日本でも、VRオフィスに耐えられるマネージャーの育成が必要になると考えています。俗に言う「最高の軍隊は、アメリカ人の将軍、ドイツ人の将校、日本人の下士官兵」という状態を脱却し、日本人も良い将軍や将校を育てるべく文化改革を断行し、働く文化を0から作りなおすこと。昭和の働き方を捨てて令和の働き方を模索することが必要だと考えています。
第三章 地元で東京の仕事と給料を
最後の章は今から20年後。とある地方のエンジニアの話です。
なぜ20年かというとマイコンブームからオフィスにPCが入り込むまで20年かかったので、VRがオフィスに普及するのも20年くらいかかるだろうとの予測のもとです。ツール類も当然新時代のものが開発されているはずですが、わかりやすくするために今現在広く使われているものをそのまま例に挙げます。
50歳、Aさん。彼の仕事は深夜に始まる。
親の介護が一段落し、床に就かせた夜。彼は広い自宅を抜け出し、徒歩3分のレンタルオフィスに行く。
レンタルオフィスの彼のスペースにつくと、PCを起動。GitからPullしつつ、Trelloを開く。
今自分に託されたタスクを確認する。いくつか文章に不明瞭な部分があったので、Slackで打ち合わせの打診をする。
幸いなことにまだマネージャーは起きていて即VRで打ち合わせとなった。
VR空間で工程表や今書いているソースコード、UNITYの画面を共有しながら協議。
10分ほどのすり合わせを終え、議事録はそのままビデオにしてTrelloに貼り付ける。
こういうときは、単位時間の情報量が文章よりも多く、即断できるVR会議が便利だ。テレビ会議だと、うなずいたりかしげたりといった「首で表現する情報」が無いし、トランシーバーのような一方通行の会話になってしまう。
もちろん欠点もある。今回はたまたま相手が起きていたので即対応できたが、寝ていた場合にはVR会議の時間のすり合わせをする必要がある。そのあたりは現実と同じで、会議の開始時間だけは皆であわせなければならない。VRによって場所はすり合わせなくても良くなったが、時間だけはVRとは違う別の何かの発明が必要になり、まだその発明は当分先のようだ。
深夜3時。今日は調子がいいのか、タスクがぽんぽんと進む。タスク完了とともにGitHubeにPushすると自動的に電子マネーが支払われる。
今日のタスクは6時間で設定されていたが、ちょうど別のプロジェクトで前にやっていた箇所だったので3時間ほど達成。時給6000円×6時間。実働3時間なので時給12000円。
予定より早く終わったので、つづけて別の会社のプロジェクトのタスクも確認する。
Aはこのプロジェクトも含め、合計4つの会社のプロジェクトをこなしている。
まだ締切前だったが、この調子ならこなせるとTrelloが自動で判断し、タスクをレコメンドしてくれた。
そのチケットを見てAは少し顔をしかめた。ちょっと癖のあるマネージャーでチケットの切り方が雑だったり、要領を得ないタスクや再提出などが多い人だったからだ。
賃金は悪くないがこうも相性が悪いと精神衛生上よくない。今回もらったタスクだけで、次回からはタスクを取りにいかないことにした。
4つ関わっているプロジェクトのうち、1つを切っても収入的には3/4になるだけだし、また別のプロジェクトを取りに行けばいいだけの話だ。
一昔前は、サラリーマンは上司を選べなかった。上司を代えたい場合、会社を辞めるか諦めて我慢するかの0か1かしかなかった。
だが今は複数の会社と同時に仕事するわけだから、一つの会社と関係を切っても他が継続しているので0にはならない。そのあたりは昔に比べて精神衛生的にも良くなったと思う。
一通りのタスクを提出し終わった。午後には受領確認があるだろう。確認が済んだらマネージャーへの評価を1にしておこう。もちろんこの評価はマネージャーだけではなく自分たちエンジニアにもつく。いい仕事をして評価が高くなれば、毎回呼んででもらえるのはもちろん、新規の会社からも声をかけられやすくなる。
お互い何度も仕事をして信頼関係がつけば、チケットを割り振るマネージャーの役目ももらえることがある。
Aはどちらかというと現場でエンジニアスキルを発揮したいほうだったので、マネージャータスクはずっと遠慮していた。エンジニアが出世すると、やりたくもないマネージャーをやらないといけない、という日本の悪習慣もこのシステムのおかげで一昔前のこととなっている。
深夜5時をまわり、AはPCの電源を落として今日の仕事をしまいにした。実質5時間の作業。しかし評価換算では9時間分働いたことになる。
明日はデイケアの人が来るので日中多めに休めそうだ。久々に郊外のショッピングモールにも行ってみよう。
まずは家だ。そろそろ親が起き出す頃だ。朝の介護をすませたら、少し寝よう。
Aは徒歩3分の家路についた。
最後に
自社をVRオフィス化することで、交通費とオフィス代を払うのが馬鹿らしくなった弊社が、今後まず目指すべきはVRオフィスの拡大化です。数十人規模のプロジェクトをVRオフィスだけで回すことができるのかを実験していこうと思っています。
次に目指すのはそのノウハウや文化を他社へ移植すること。一社、一社、少しづつ、このVRオフィスという仕組みと文化を広げていくこと。新しい働き方、新しいマネージャー像。既存のモデルケースを少しづつ壊しながら、ここで述べたような新しいモデルを作っていくこと。
そして最後に大多数の国民が奪われている時間と空間=金を取り戻し、みんなと山分けすること。
これらを20年くらいのロードマップで今後我々はやっていこうと考えています。
一人ではできない壮大な文化の作り直し。1代ではできないし一人でもできないのは解っています。賛同してくださる皆様の熱い力添え、お待ちしております。
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