「俺たちの好きバレ観察日記」本編

 突然だが、聞いてほしい。

 俺、佐伯圭佑(さえきけいすけ)にはな……俺のことが好きすぎるクラスメートがいるんだ!

 名前は椎名由良(しいなゆら)。俺は彼女のことを「椎名さん」と呼んでいる。

 椎名さんはおっとりとした性格の美人で、誰にでも笑顔で優しく接してくれる。

 そんな彼女に憧れを抱く男子は結構多いんだけれど……でも彼女が好きなのは他の誰でもなく俺なんだなあ、これが!

 この事実に気付いているのは、今のところはおそらく俺だけなんじゃないかと思う。

 ……あっ、俺のことをちょっと優しくされた程度で勘違いするような、自意識過剰で超絶痛い奴だと思っただろ?

 失礼な! 謝れよ! ……とは言わないでおこう。

 俺が逆の立場だったとしてもそう考えてしまうだろうことは、想像に難くないからな。

 でも、俺だって別に何の根拠もなくこんなことを言っているわけじゃないんだ!!

 例えば、今日の放課後だって――。


「ねえ、佐伯くん! 佐伯くんが教えてくれたおかげでテストで良い成績が取れたよ! 本当にありがとう」

「そ、そんなっ。俺はちょっと手伝っただけで、良い成績が取れたとしたらそれは椎名さんが一生懸命頑張ったからだよ」

「私が頑張れたのは、佐伯くんのおかげ。だから良い成績が取れたのも佐伯くんのおかげってことで間違ってないよ! ほんっと、佐伯くんって優しいよねー。馬鹿な私に付き合って、何事も根気強く丁寧に教えてくれるんだから。佐伯くんのそういうとこ、私めっちゃ好きだし、佐伯くんと付き合える子が羨ましいな!」


 ……ねえ、分かってる?

 俺と付き合える人が羨ましいって、自分がそうなりたいってことと表裏の関係だってことを。

 そして最後に、とどめとばかりに椎名さんは心からの笑顔を浮かべて言い放つんだよ?


「あっ、もうこんな時間だ! 佐伯くんとおしゃべりすると楽しすぎて、時間があっという間に過ぎていっちゃうよ。じゃあ、また明日ね!」


 ……はあーあ。ねえ、これで好きバレしないとでも思っているのかな!?

 でも実際、バレていないと思っているはずなんだよね。

 だって椎名さん……自分が俺のことが好きだって、全然自覚していないみたんなんだもん!

 だからこっちが一方的に「あああっ、こんなことしていたら好きバレするぞ!?」ってヒヤヒヤする羽目になるんだから……。


「あーもうっ! 考えたら面白いと同時になんかすごい理不尽な気がしてきたな!?」


 まあともかく、こんな感じで俺は今日も椎名さんの動向を観察しつつ、いつ俺への好意に気付くのだろうとやきもきしているってわけなのだ。


***


 突然だけれど、聞いてほしい。

 私、椎名由良にはね……私のことが大好きすぎるクラスメートがいるの!

 名前は佐伯圭佑。私は彼のことを「佐伯くん」と呼んでいる。

 佐伯くんはイケメンで運動神経抜群で、しかも勉強にだって一切手は抜かない努力家だ。

 そんな彼に憧れを抱く女子は結構多いんだけれど……でも彼が好きなのは他の誰でもなく私なんだなあ、これが!

 この事実に気付いているのは、今のところはおそらく私だけなんじゃないかと思う。

 ……あっ、私のことをちょっと目をかけてもらった程度で勘違いするような、自意識過剰で超絶痛い子だと思ったでしょ?

 失礼な! 謝ってよ! ……とは言わないでおくわ。

 私が逆の立場だったとしてもそう考えてしまうだろうことは、想像に難くないからね。

 でも、私だって別に何の根拠もなくこんなことを言っているわけじゃないんだ!!

 例えば、今日の放課後だって――。


「んー」

「どうしたの、由良?」

「今日も佐伯くんが私のことを見てるなーと思って」


 友人と雑談をしていた時に視線を感じたので確認すると、その先にいたのは佐伯くんだった。

 実はこういうことって珍しくはないんだよね。

 でもついつい視線で追ってしまっているという感じだから、本人に自分の行動に対する自覚はないんじゃないかなーと思う。


「……ねえ。これってどう考えても、私のことを意識しているよね?」


 目は口ほどに物を言うって言うけれど、佐伯くんの視線に感じるのは紛れもない熱だ。

 しかも、私が話しかけるときょどったり、ちょっと耳元を赤らめたりもするんだよ?

 これで好きバレ行動じゃないってほうがおかしいでしょ!

 でもきっと、佐伯くんは好きバレ行動をしているだなんて欠片も考えていないんだ。

 だって佐伯くん……自分が私のことが好きだって、全然自覚していないみたんなんだもん!

 だからこっちが一方的に「あああっ、こんなことしていたら好きバレしちゃうよ!?」ってヒヤヒヤする羽目になるんだから……。


「あーもうっ! 考えたら面白いと同時になんかすごい理不尽な気がしてきたんだけど!?」

「……どっちもどっちだと思うよー」

「なんか言った?」

「んーん、なんでもないよー」


 なぜかすっと顔を背けて棒読みで呟いた友人を見て、私はどうしたのだろうと首を傾げる。

 でも本人がなんでもないって言うなら、きっとなんでもないんでしょうね。

 じゃ、これ以上はもう気にしないでおくわ!

 まあともかく、こんな感じで私は今日も佐伯くんの動向を観察しつつ、いつ私への好意に気付くのかしらとやきもきしているってわけなのだ。


***


「ちょっと、真莉(まり)ー、危ない発言はやめてよねー」

「そうだよー! こっちが不用意な発言をしたせいでもし気付いちゃったとしたらどうするのよ!」

「ごめーん! でも大丈夫だったでしょ?」


 由良のそばからそっと離れた私こと松浦真莉(まつうらまり)は、教室の後ろのほうに固まっていた人々の集団に加わった。

 するとすぐに、友人たちからのクレームが入ってきた。

 ……みんなの発言から察してもらえるかもしれないけれど、私たちはとあるCPを陰ながら見守っているんだよね。

 そう、私たちは「けいゆら」つまり佐伯圭佑×椎名由良CPを見守る会!

 「互いに相手から向けられる好意には気付いているくせに、自分が相手に好意を持っていることには気付いていない」というあの絶妙なもだもだ感を、柱の陰からこっそりと愛でている集団といえば分かってもらえるだろうか。

 もともとは私一人で観察していたところ、次々と入会者が現れて今に至っている。

 ……二人は自分だけが相手の好意に気付いていると思っているみたいだけどね?

 でもあんなの、気付かないっていうほうがおかしいんだからね!

 私たちにはとっくにバレているし、それどころか他クラス・他学年の子にも見守り隊がいるらしい。

 いつの日にか、ぜひ全校の同志たちと全員の気が済むまで語り明かしてみたいものだなあと思っている。


「あれ、みんな何してるの?」

「……由良!?」


 そんなことを思いながらぼそぼそと仲間内で喋っていたら、背後から快活な声が響いた。

 他でもない、椎名由良その人だ。

 私たちの活動は、あくまで密かにこっそりとが信条である。

 間違っても本人たちに知られるわけにはいかないと、私は急いで話題転換を図った。


「何でもないよ! それより、由良こそ何してたの?」

「グラウンドで佐伯くんがサッカーの試合をしていたから、窓から見てた」

「さっすが由良! 佐伯くんのことよく見てるよねー」


 見守る会の会員の一人が、思わずといった調子でぼそりと口を滑らせる。

 言って即「はっ」と口を手で覆ったのを見るに、まずいと気付いたようだ。

 私たちの信条は、二人をこっそりと見守ること。

 ただ見守るだけなので、なるべく私たちが二人の関係性を決定的に変えるようなきっかけを与えないように気をつけてきた。

 それなのに佐伯くんのことをよく見ているとはっきり指摘してしまったのは、由良が自分の気持ちに気付くきっかけを与えてしまったのではないかと危惧したのである。

 案の定、由良は――。


「そんなの、私が佐伯くんのことを好きみたいじゃん!」

「……っ!!!!!」


 私たち見守る会の会員の間に、すわ歴史の転換点を迎えたかとすさまじい緊張が走った。

 永遠にも思える一瞬の静寂の後に、由良の口から紡がれた言葉は。


「もー冗談はやめてよね!」


 平然とした口調。へらりと笑った顔。

 これは、気付いて……ない! 自分の気持ちに、まだ気付いてないみたいだわ!!


「はあ……っ」


 緊張から解放された会員たちが、詰めた息を一気に吐き出す音がぴたりと重なる。


「何、みんなホントどうしたの?」

「……何でもないよ、本当に……本当にね」


 ――どうやら、私たちの見守りの日々はまだしばらく続きそうである。


***

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