諸悪で良くない?


高校時代、よく仲の良い友人と下校していた。ある日、好きな女優とかいる?みたいな話になった。

私は少し考えてから、ある女優の名前を挙げた。友人は別の女優の名前を挙げた。そして、お互いに「その女優さん、いいよね」みたいなことを言い合った。中身のない会話だ。沈黙しているのと変わらない。

だが、高校生の会話なんて所詮その程度のものだ。友人と話せるなら、話題なんて何でもいい。ただ言葉を交わしているだけで楽しかった。

その後、友人は「(好きな)理由とかある?」と聞いてきた。理由か。高校生にしては、踏み込んだ話になってきた。好きな理由なんて考えたことがない。何だろう。理由。

数秒考えた。そして、見つけた。その女優を好きになった理由。笑い方だ。私は彼女の笑い方が好きだった。そして、頭の中に描いた彼女の笑顔を言葉に置き換えた。

「くしゃっと笑うところが好きだな」

探してみれば、案外理由は見つかるものだなと思った。ちゃんと答えられて良かった。一秒。自分でも気付いていなかったが、私は彼女の笑い方が好きだったのだ。二秒。くしゃっとした笑顔。なかなか周りにはいないな。三秒。そういう人がいたら、好きになってしまうかもしれない。四秒。


四秒?


四秒経って、何も聞こえないことがあるか?これは独り言じゃない。会話なんだぞ。コミュニケーションなんだ。五秒。そして、コミュニケーションというのはキャッチボールなんだ。どうしてボールが返ってこない?六秒。不審に思って、友人の方を見る。

七秒。無表情だった。

無表情なことがあるか?キャッチボールなんだ。ボールをどこにやった。グローブを無くしたのか? 八秒。そして、唐突にボールは返ってきた。



「人間に対して ”くしゃっと” という表現はおかしいだろう」





これ、ボールか?さっき俺が投げたボール?


「くしゃっと、がおかしい?」

そう聞き返してみた。


「折り紙とかに使う表現だろ」



これが高校生の投げる球か?

折り紙?たしかにそうかもしれない。だが、比喩というのはそういうものじゃないのか?一瞬、そう思った。

だが、そんなことはもはやどうでも良かった。キャッチボールがままならなくなったことも、どうでもいい。私が彼に言いたかったのはそんなことではなかった。私がその時言いたかったのは。


その怒りの矛先、諸悪で良くない?


これだ。諸悪で良くない?

いや、悪かったとは思う。不愉快な表現を使ってしまったのだから。でも、その内側からふつふつと湧いてくる精神エネルギーを練り上げることで具現化させた矛。その、鋭い先端。

これを向けるのは、あらゆる不条理に対してで良くない? 少なくとも、俺ではなくない?


そういえば、小学生の頃にも似たようなことがあった。

全校集会で体育館に集まった時のこと。当時私は学級委員だったので、クラスメイトが全員揃っているか数える必要があった。そして、人数を数えている最中に、担任の先生にこう言われた。

「早く数えないと」

私は思った。いや、数えてるんだけど。

私がまだ人数を数えようとしていなかったのなら、その指摘は理解できる。集会が始まってしまう前に、学級委員としての勤めを果たせと。それは当然の指摘だ。

だが、私は数えていたのだ。その私に対して「早く数えないと」はおかしいだろう。そう考えた私は、思わずこう口にしてしまった。

「いや、数えてるんですけどね」


すると、彼女は激昂してこう言った。

「お前、誰に向かって言ってんだ?」


いや

だから



諸悪で良くない?


数えてる俺が「数えてるんですけどね」と言っただけで、そこまで怒る必要はなくない? 数えてるんだから。怒るにしても、矛先は諸悪で良くない?

そして、彼女は怒りのままに私の胸ぐらを掴んだ。


いや

だからさ


戦争の胸ぐらを掴めば良くない?



その方が良くない?

俺ではなくない? 数えてるんだから。数えてる子供の胸ぐらを掴んで何になりますか。何が変わるんですか。胸ぐらを掴まれている間はクラスメイトの人数、数えられないんですけど。

もしかしたら、彼女は何らかの理由でフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。それで私に怒りをぶつけてきたのかも。たとえば「教師は仕事量に対して給与が低すぎる」とか、そういった。

ああ

しかし



だとしても



今は二十一世紀


投票によって、 政府の胸ぐらを掴めば良くない?


そういう権利が認められているんだから。それが民主主義だし、それが選挙制度なんだから。どう考えても、俺ではなくない? 数えてるんだから。






数えてるんだから










そう、私は自分が何かしらの失敗を犯すと、その責任から逃れるために、決まってこのような言い訳を頭の中でひたすら繰り返すのです


悪は私です


(おわり)

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