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石川裕平(いしかわ・ゆうへい) 国士舘大学

国士舘ジュニア第一期生。国士舘高校、国士舘大学と進み、黄金世代と呼ばれた。しかし彼は、大学4年の夏を迎える前に引退を決意した。

一枚の写真が語りかけた

私が石川裕平という選手のことを知ったのは、彼が高校生の時だった。スティックのラストポーズを写した一枚の写真。それを見て、「うわぁ、高校生にこんな選手がいるのか」と衝撃を受けた。大学生でさえ、こんな表情をつけて踊ることは難しいのではないかと思うような顔をしていた。

その時は表情にばかり気を取られていたが、今思うと、彼の指先や腕の角度、体全体から卓越した表現力が溢れていて、私はそれを感じたのだと思う。下の写真を見ると、顔は全く見えないにもかかわらず、なにか心震わせるものが伝わってくる。それが、石川裕平という選手の最大の魅力であり、武器であった。

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その存在に気づいて以来、「イシカワ・ユウヘイ」というアナウンスが試合会場に流れるたびに、気合いを入れて演技を見続けてきた。しっとりと表現したかと思えば、「おりゃあ!」と吹き出しを付けたくなるような見得を切り、観客をわかせ、マット上に「石川劇場」を作り出した。

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天性のエンターテイナーとして

インタビューするたびに彼の口から出てくるのは、「勝ち負けというよりは、観客に伝わる演技をしたい」という言葉であった。その彼の気持ちのありようが最も顕著になるのは、発表会や海外遠征における演技である。ゲストで呼ばれた日体大体操部の発表会では、会場から「カッコいい!!」という声がしきりに飛んだし、海外でも彼の演技の後にはヒューヒューと指笛が鳴った。観客から大喝采を受けて嬉しそうにする彼の姿を見るたびに、ああこの人は生まれながらのエンターテイナーだなぁと思ったものだ。

以前にも書いたことがあるが、アトランタでの出来事を再掲したい。

2018年2月のアトランタ遠征でのこと。本番演技がもうあと10分で始まるという時に、あるアクシデントのために演技内容の変更を迫られました。この時、まだ1年生だった彼が「僕が個人演技をして間をつなぎます。ただ団体演技のすぐあとに個人の演技をするのはさすがにキツいので、MCでなるべく時間を稼いでください。音楽も変更してもらうよう、もう頼んであります。」と言ってきたのです。その時の彼の表情には困惑や不安は微塵もなく、実に落ち着いたものでした。私は突然のMCの依頼にアタフタしながらも、ユーヘイ・イシカワ恐るべし、と内心舌を巻きました。幸い、演技の内容を変更することなく済んだのですが、海外遠征での緊急事態にそういうことを言える心臓を持っているのが、石川君という人です。

現役引退

彼は度胸があるだけではなく、「人前で演技する」ということが楽しくて楽しくて仕方がなかったのではないか。逆に言えば、石川裕平は稀代のエンターテイナーであるからこそ、コロナ禍による無観客試合という出来事に大きな影響を受けた一人だったのかもしれない。

これまで男子新体操を見続けてきた自分の推測なのだが、「絶対に試合に勝ちたい」という強い意志を持った選手と、「勝つことだけが目標ではない」というタイプの選手がいるように思う。また、同じ選手であっても、その時々の状況によって「絶対に勝ちたい」と「いい演技ができればそれでいい」という価値観の間で変化することもあると思う。これはどちらが良い悪いという問題ではなく、表現スポーツと言われる新体操ならではの多様性のように思われる。

石川君は、自分がどういう人間かをとてもよく理解している人だと思う。たったの20数年しか生きていない人にしては驚くほどに。だから現役を引退すると知った時、それが彼の決断であるならば、きっとそれが進むべき道につながっているのだろうと思った。いちファンとしては残念ではあるけれど、これまで本当にたくさんの演技を見せてもらってきた。そして幸運にも、その多くを映像に残すことができた。今後はそれらを大事に慈しむことにしよう。

頑張った証拠

この写真は、お母様が穴のあいた靴下を捨てる前に、「裕平が練習を頑張った証拠だから」と撮りためていたものである。

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こうして毎日靴下に穴を開け続けて、そして少しずつ上手になって、あんな演技を見せてくれたんだなぁ…と思う。

まだ新体操を始めたばかりの頃、小さい体で、一人で荷物を背負って体操教室に通っていた姿が瞼に浮かんで仕方ありません」とお母様は語りながら涙ぐんでおられた。

今後、男子新体操を見るたびに、彼がいないことを寂しく思うだろう。私は未練がましく「石川君のような面白い選手がまた出てきてくれないかなぁ」と思い続けることだろう。

石川裕平君、長い間お疲れ様でした。
でも、もし…。
もしまた観客の喝采を聞きたくなったら、石川劇場のアンコールの幕を上げてもらえないだろうか。

我が儘なファンの、独り言である。

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