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あの時、僕たちは。④臼井優華(OKB体操クラブ/朝日大学)

男子新体操界でその名を知らぬ人はいないだろう。

臼井優華(うすい ゆうが)。

全日本ジュニア、ユース、インターハイなどのタイトルを総なめにしてきた。全日本インカレは3連覇。2016年には悲願のジャパンのタイトルも獲得し、大学卒業後も社会人大会で連勝を続ける、文字通り「王者」である。

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現在は同好会が新設された朝日大学の監督として、そして父、臼井俊範氏が経営するOKB体操クラブの社員として後進の指導に当たる。

臼井は中京大学を卒業後、大学院の修士課程に進学した。男子新体操の一つの大きな課題として、大学のチーム数が少ないという問題がある。大学というアカデミックな世界の中で仕事をするためには、修士を持っていることが最低ラインとして求められることが多い。

新しく新設された3つの大学チームの指導者(臼井のほかに倉敷芸術科学大学の菅正樹、日本ウェルネススポーツ大学の浪江誠弥)はいずれも大学院で修士を取得している。大学チームを増やすためには、大学でスタッフとして働ける人材を育てることが重要だが、男子新体操界は着々とその準備を進めてきている。

臼井は言う。「大学で残っていくためには、今後は最低条件がドクター(博士)になってくると思う。できれば今後、どこかのタイミングでドクターも取りたい。まだまだ道のりは長いです。常に勉強ですね。」

たった一人の部員

朝日大学に今年入学した高橋快季(たかはし よしき)選手は、宮城県名取高校出身。臼井が名取高校に指導に行った際、高橋と出会ったという。高橋は、新体操をやめて一時野球に転向した経歴を持つ。しかし、三つ子の佐藤三兄弟(綾人、颯人、嘉人)の演技をみて、また男子新体操に戻ってきたいと思ったという。

朝日大学とOKB体操クラブは、車で10分ほどの距離。高橋選手は誰よりも早く来て練習に励む。臼井は、「OKBは施設も完璧だし、僕や坂本コーチ、森澤コーチもいる。これで上手くならなかったら僕の責任」と笑う。

「めちゃくちゃポテンシャルがある。体が柔らかいし、足先も綺麗。教えがいがあります。選手が日々成長している姿を見ると、今はコーチの方にやりがいを感じます。」

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写真上:名取高校時代の高橋快季(中央)

後輩たちのこと

OKBの後輩で高校3年生の村地廉人(むらち れんと)。選抜直前の仕上がりはかなり良かったという。選抜中止が決定した時には、「大丈夫、次はインターハイがあるから頑張ろう!」と励ました。ところがインターハイも中止に。その知らせを本人にどう伝えるか、悩んだという。

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「目指していた大会がなくなり、そのまま(大学進学せずに)新体操を辞めてしまう選手もいると思うんです。廉人には、大学でも新体操を続けてほしかった。」

そんな時、一緒に練習している朝日大学の高橋の存在が、村地にとって良い刺激となる。大学生として成長している姿を間近で見るだけでなく、友人として話をする機会も増え、村地は大学進学を前向きに考えるようになる。そして高橋にとっても、村地の存在は大きかった。親元から離れてたった一人、見知らぬ土地で生活を始めたばかりの大学生。授業はオンライン、部活のメンバーは他にいない。村地らOKBの高校生たちとの交流が、高橋の心を温めたに違いない。

一方、中京大学の後輩たちもまた、厳しい自粛の波に翻弄された。部活動は完全禁止、外部での練習も禁止された。中京大学は新入生が1人増え、現在は4人で活動しているとのこと。

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(写真上:中京大学・大庭梨駆選手)

梨友は天才

数々の名選手を輩出し、全国大会での優勝を何度も経験してきたOKB体操クラブだが、ジャパン(全日本選手権)だけはOKBにとって因縁の大会だと臼井は言う。大学4年の2016年に悲願の優勝。次に期待がかかるのは、OKB出身で青森大学4年の安藤梨友(あんどう りとも)だ。

「梨友は天才ですね。あいつはちっちゃい頃から天才肌だったし、すごいなと思っていたんですけど…でも失敗するからなぁ〜(笑)」

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昨年の全カレ前には、安藤が臼井に「どうしたらノーミスで演技できるか」アドバイスを求めたという。臼井は自分が尊敬するメンタルトレーナーの言葉を伝えた。結果、安藤は全カレを制したが、ジャパンでは、圧倒的な動きの質の良さを持つ川東拓斗(国士舘大)に惜敗した。

「今年は大丈夫でしょう。プレッシャーが減って伸び伸びできると思います。時々ふざけて『1番の敵は優華君やわ〜』と言ってくるんですけど、『バカ言うな』と(笑)。採点するのは第三者、誰も敵と思わん方がいいよ、と言ってます。自分のベストなパフォーマンスをするためには、そういう邪念は必要なく、試合当日は無欲で挑むようにと。」

指導者として

インナーゲーム」。「前後際断」。
インタビューの間、臼井の口からはコーチングの理論や仏教用語が次々に出てきた。こうした知識は、大学4年生のインカレが終わった後に身につけたという。「今までこんなことも知らなかったんだと、ある意味絶望した」と彼は言う。「全カレでは運よく3連覇してますけど、予選でノーミスだったことは一度もなくて。ジャパンでは何とかしないと、と思って恩師の先生にアドバイスを求めたんです。試合中、何を考えてる?と聞かれて。次の技のことを考えていると答えたら、それじゃダメだよ、と。」

そうした自分自身の経験から、きちんと理論を持って教えられる指導者を目指しているという。

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「指導者が怒ることには何の意味もない。自分のストレス発散なだけです。『怒る』は "for me" で『叱る』は "for you" 、という恩師の言葉を大事にしています。スポーツ界に残る古い指導方法は変えていかなければいけない。」

これからは絶対誰にも負けたくない

中学3年生の時、ジャパンの観客席で春日克之さん(当時青森大)の演技を見た。その時に受けた刺激を、今でも鮮明に覚えているという。何かがビリビリときて、「これからは絶対、誰にも負けたくない」と強く思ったのだそうだ。

その時、隣には佐能諒一(井原高校→国士舘大)が座っていた。臼井がインカレで4連覇できなかったのは、佐能が大学1年生で全日本インカレを制覇したからでもある。ライバルでもあった佐能や川西伸也(坂出工業→同志社大学)とは今でも仲が良く、同じ大学に同期がいなかった臼井にとっては大切な仲間なのだという。

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(写真上:社会人大会で、佐能と)

勝つためにルールを研究し、難度を取った

臼井の一年下には、永井直也(青森大学)や小川晃平(花園大学)がいた。臼井とは正反対のタイプと言ってよいこの二人と、どう戦ったのか。

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(写真上:OKB発表会での永井直也)

「大学2年の時、永井君や小川君が1年に上がってきて、まぁヤバイなと(笑)。新体操の動きの質としては自分より上だという危機感がありました。じゃあどうしよう、となった時に研究したかな、ルールを。これをやれば最低限これだけの点数が獲得できる、難度も人以上に取って、加点も取って、実施面では失敗しない演技、という構成を作っていたので、芸術面にはあまり目を向けなかった。永井君のような演技はめちゃくちゃカッコいいと思っていましたが、オレには絶対できん、と思った。だから違う方向から勝負を仕掛けていました。」

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(写真上:ロシアで団体演技をする小川晃平)

他の追随を許さぬ運動量と技術、ミスのない実施。この戦略で高得点が出せることをまずはロープで実感した後、他の種目でも同様の戦略で次々と高得点を叩き出していった。臼井は当時を振り返って「けっこうバクチなことをしていた」と言う。「うまく点数が出たから良かったですが、出なければ僕は路頭に迷ってたかも(笑)」

男子新体操と自分は切り離せない

去年の秋頃、臼井は「現役(選手)はもういいかな」と口にしていた。あらためて、選手を続けることについて聞いてみた。

「去年はもうこれが最後かな、という感覚でやっていましたが、新体操と自分は切り離せないな、と最近思うようになって…。僕の自己肯定感を上げているのは、男子新体操という環境だったんだなと。もう切ろうにも切り離せない状態になっているので、男子新体操を媒介としていろいろなことをやっていきたい。そのための手っ取り早い方法の一つは、自分が踊って魅力を提供すること。今年の社会人も出ます。引退という言葉は、今のところありません。」

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研究への意欲

「将来、大学に身を置くことになるのであれば、研究の積み重ねが必ず必要。仕事をしながら課題を見つけ、研究し、その知見を現場に反映させていければ、僕も新体操界もwin-win。男子新体操の指導書も作ってみたい。もう、ホント一生勉強ですね。」

臼井のように新体操での実績を持つ選手が、学問(研究の知見)を身につけ、そしてそれを実践する場(大学やクラブ)を持ち、ビジネスとしてのクラブ経営のノウハウを身につけたら、最強のすごい人ができるんじゃないか、という気がしてくる。

臼井優華なら…。
彼ならひょっとして。

そんな夢を見たくなってくるのだ。

大学の選択肢の一つとして

最後に読者にメッセージを寄せてもらった。

「高校3年生で進路に悩んでいる人、新体操をもう少しやりたい人、ぜひ連絡をください。新体操をする環境も整っていますし、北海道・沖縄からの学生は無条件で学費が半額になります。また、世帯収入が減少した場合にも学費免除があります。」

今後、コロナ禍の影響で選手たちの大学進学も厳しい状況になってくる可能性もあるだろう。「長い人生のわずかな一部分ではあっても、そこで情熱を燃やせた、という期間を作ってあげたいなと思っています。」

朝日大学の受験生用サイトはこちら。

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「あの時、僕たちは。」というシリーズで、コロナ禍に直面した男子新体操選手たちの思いを綴っています。これまで4つの大学を取材させていただきました。

① 花園大学
② 国士舘大学
③ 堀孝輔(同志社大学)
④ 臼井優華(朝日大学)

↓こちらのマガジンにまとめてありますので、どうぞご覧ください。


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