安藤梨友(あんどう・りとも)青森大学
男子新体操の演技のタイプとして、泣きやすい演技とそうでない演技があるとすれば、安藤選手は後者のタイプではないだろうか。いつも、めちゃくちゃ強かった。これまで獲得した優勝トロフィーの数は、一体いくつあるのだろうか。全国大会に限ってみても、実に12回。取っていない全国のタイトルはない。あまりにも強いので、演技を見て「泣かされる」というよりは、「さすがだよねぇ。強いねぇ!」と感嘆してしまうタイプの代表格が、安藤梨友選手だと思うのだ。
名曲は怖いか
そんな安藤選手のリング「愛の讃歌」を初めて見た時、「これだよ、これが見たかった!」と私は歓喜した。振り付けやダンス的な要素よりも「運動重視」で全国大会を制するレベルの選手が、壮大なクラシックやミュージカルの名曲で踊ったら、さぞかし迫力があるだろう…とずっと思っていた。「愛の讃歌」はシャンソンの名曲であるが、彼はさらにスティックの新作に、オペラ「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ」を選んだ。
歌詞が解禁になり、ポップス系の音楽をそのまま使う演技が急増したが、ジャパン優勝の安藤選手や準優勝の堀孝輔選手(同志社大)がクラシックを使ったことには、大きな意味があると思う。クラシック音楽とは、何百年も生き残ってきたメロディーであり、古今東西の人々が「良い曲」と認めた音楽だ。例えば今流行している音楽のうち、どれほどの数が300年後も残っているだろうかと考えれば、クラシックと呼ばれる楽曲がどれほど優れた作品群であるかがわかる。
ある時、試合会場で後ろの席の高校生たちが話しているのが聞こえた。
「ベタな曲でやるのって怖いよな」
そう、怖いことだと思う。誰もが知っている名曲で演技をするのは。
安藤梨友を見て、泣く
だが、今晩公開した安藤選手の演技を見たらわかる。高度な技術を持つ選手が「名曲」で踊った時、どれほどの衝撃を生み出しうるのかが。
ぜひ、ヘッドフォンをつけてこの動画を見ていただきたい。安藤選手から提供された映像には、音楽が後付けされていた。その、音楽の一つ一つの音を聞きながら、彼の演技を見ていただきたいのだ。
私は、これらの演技を見ながら涙をこぼした。安藤梨友が18年間の新体操生活の最後にたどり着いたものがここにある、と思った。男子新体操はスポーツだから、試合に勝つために演技は創られる。実は彼の4種目の演技には、全て違うタンブリングが使われているという。それはタンブリングを武器に戦ってきた彼の誇りであり、矜持でもあるだろう。
しかし、音符が一つも削られることなく耳に届く環境で見る彼の演技は、どこか神々しささえ漂い、もはや「芸術」に近いように、私には感じられた。
勝つ、というオーラ
「大学生活の4年間で、一番辛かったことは」と聞いてみた。「大学3年生のジャパンで負けた時」という答えだった。試合会場で川東拓斗選手(当時国士舘大4年)を見た時に、その体から出る「勝つために努力してきた」というオーラに圧倒された。それを自覚した時、彼は「悔しい」と思ったのだという。「そして、やっぱり負けました」と。
今年のジャパン。おそらく、去年の川東選手のようなオーラを安藤梨友は出していたに違いない。そして準優勝の堀選手もまた、4年生のオーラを出していたに違いないと思うのだ。その白熱した雰囲気を生で観戦することができなかったのは、残念極まりない。
4歳の時に始めた新体操。
ついに、日本一に。
梨友君、おめでとう。
そして何より、素晴らしい作品を男子新体操界に残してくれて、ありがとう。
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