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ある6番目の選手の物語

名取高校を初めて取材した時、「いつかこの選手の記事を書こう」と思った。

その人の名は、馬場翔希(ばば・かずき)

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全国大会常連チームに初心者が

馬場君は、いわゆる「高校始め」の選手である。宮城県名取高校は全国大会常連チームだが、公立高校であるため学区外から優秀な選手を集めることはできず、全く新体操経験のない生徒が入部してくることもある。しかし彼らを待ちうけているのは、想像以上に過酷な練習だ。本多和宏監督は言う。「高校始めの選手にとっては、柔軟なんて地獄ですよ。

(写真下:右端が高校1年生の時の馬場選手)

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もちろん柔軟だけではない。徒手も、タンブリングも。クラブ育ちの仲間達の中に混じって「穴」に見えないレベルにまで到達しなければ、団体メンバーになることは難しい。

キューブ新体操教室生え抜きの選手で構成されている名取高校のメンバーを見れば、馬場君が歩もうとしている道が容易でないことは誰の目にも明らかだった。それでも馬場君は、とても楽しそうに、そして真剣に練習していた。

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当時の取材映像の中で、キャプテンの遠藤那央斗選手(現・青森大学1年)が「カズキにとって初めての全国大会なので、みんなでカズキの分も支え合って…」と語る場面がある。(2:20あたりから)

そして馬場君自身も、「新体操は楽しいか」とチームメイトに聞かれて「新体操は、楽しいです」と答えていた。

動画の中で、当時3年生だった氏家伸作君が馬場君にタンブリングを指導するシーンがこちら。

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「こうじゃなくて、こうや」とタンブリングの跳び方を教えている(4:44あたり)。この氏家君が、のちに馬場君の運命を変えるキーパーソンとなる。

馬場君が2年生の秋。
彼は団体メンバーに入っておらず、音楽係としてチームをサポートする立場になっていた。ジュニアから新体操を続けてきている強い1年生達が入学したためである。

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黙々と裏方に徹する馬場君を見ながら、今でも「新体操は、楽しいです」と言ってくれるだろうか、目標だった伸身一回半前宙伏臥は出来るようになっただろうか、と案じていた。今思うとその時の自分には、「馬場君は落ちこんでいるに違いない」という同情心があった。だが後述する出来事を見れば、それは傍観者の傲慢な思い込みにすぎなかったことがわかる。

コロナ、そしてオンライン選手権

2020年。馬場君は3年生になった。
コロナウイルスが猛威をふるい始めた。選抜も、インターハイもなくなった。

本多監督は、インターハイ中止のニュースを知ると同時に「代替大会」のことを考え始めたという。

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奇才・本多和宏

今年で44歳になる本多監督は、白石東中学を率いて全日本ジュニア準優勝、聖和学園高校では創部2年目にして選抜準優勝という、伝説的な実績を持つ。

2012年には、確率が1億分の1とも2億分の1とも言われる一卵性三つ子2組を揃えて団体を組み、全日本ジュニア4位に入賞した。そのうちの佐藤3兄弟は現在、青森大学4年生。全国トップレベルの個人選手として活躍するかたわら、イケメン三つ子としてブレイク中である。

名取の2019年度の演技では、アニメ「AKIRA」の音楽を使用した。この映画の舞台は2019年の日本、さらには東京オリンピックの延期を予言するかのような描写が話題になった作品だ。そして2020年度の演技は、感染症をテーマにした西野亮廣氏の絵本「チックタック~約束の時計台~」に基づいた振り付け・音楽を使った。この演技はすでに昨年の9月頃から練習を始めていて、まさか本当に感染症が拡大するとは夢にも思っていなかったという。本多監督には何か予知能力でもあるのではないかと疑いたくなるが、そのようなある種の「運」も含めて、奇才と言っていい指導者だと思う。

本多監督ら指導者たちの努力が実り、インターハイの代替大会として体操協会公認の「オンライン選手権」が行われることになった。

当日朝のメンバー変更

オンライン選手権の予選の前日、タンブリングの構成が変更された。馬場君はそれまで、常に単独で跳んでいた。それが、3人で同時スタートするタンブリングの真ん中になった。しかもタンブリングしながら他の選手とすれ違うという、今まで一度も経験したことがない構成だったのだ。

馬場君は、途端にタンブリングができなくなってしまった。予選では馬場君ではなく、タンブリングが安定している1年生を入れて撮影した。

本多監督は馬場君に「本番までにタンブリングができるようになれば、翔希で行く可能性はある」と告げたものの、内心では「無理だろうなと思っていた」という。なぜなら予選の撮影から決勝までの間、マットに乗れる練習はわずか2回しかなかったからだ。

その、やっとマットに乗って通し練習ができるという日。馬場君はなんと、一発勝負の通し練習で課題のタンブリングを見事にやってのけた。

「なんで?と思ったんですよ。」

本多監督にとって想定外のこの出来事には、実はこんな「ウラ」があった。

伸作先輩との絆

OBの氏家伸作君に、ある日馬場君から映像が送られてきた。

ロンダートからのバク転スワン切り返し。

本多監督が新しく構成に入れた技だった。馬場君はロンダートからのバク転が苦手で、手が床につかずに浮いてしまう状態だったという。実は馬場君は、入部後わずか2ヶ月でロンダート宙返りができるようになった人だ。ロン宙ができるために、かえって手を床につく「ロンバク」ができなくなる、という現象だという。

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馬場君の悩みを知った伸作先輩は、「じゃあ今度教えるよ」と応じ、馬場君のタンブリング練習をサポートしたという。しかし、これは特別なことではなかった。現役時代に団体リーダーだった氏家君は、その頃からずっと、馬場君と一緒にタンブリングの練習をしてきていた。部活がオフの日にも学校に行き、バレー部やバスケ部の練習がないことを確認し、二人でエアマットを出して練習した。タンブリングトラックがある所に行って練習したこともあった。

カズキは、人が見ていないところでものすごく努力する選手なんです」と氏家君は言う。

氏家君は現在、男子チア「はっくるず」の活動を継続しつつ、仙台大で経営学や教育学を学んでいるが、そのような進路を選んだのも、「カズキをずっとサポートしてきた経験が影響しています」と語る。「カズキとの出会いは、なんて言うんですかね、運命的というか笑」

監督の苦悩

馬場選手が伸作先輩と特訓を積んだことを知った本多監督。「だとしても、ですよ。一度も通してないんですよ。それなのにここまで持ってくるのか、コイツは…と。」

間近に迫ったオンライン選手権の決勝。タンブリングの安定感で言えば、やはり1年生。もちろん、1年生は1年生で努力を重ねていることも本多監督はわかっている。本番前日の夜、やはり1年生で行こうと決めたという。

しかし、ここまで努力して課題解決をしてきた馬場君を使わないとしたら、この生徒の将来への影響はどうなのか。指導者としてどうなのか、いや人間としてどうなのか。監督は悩みに悩んだという。

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そして本番当日の朝を迎える。

本多監督は言う。
本番の一本は、答え合わせをするだけ。試合会場でハイ!と返事をする時には、もう結果は決まっている。」

答え合わせの日。
オンライン選手権の本番で、馬場君は踊っていた。その姿を画面で追おうとした私は、彼の姿をしばしば見失った。それくらい、馬場君の動きは他のメンバーと遜色なく、「名取独特」と言われる緻密な動きを作り出していた。

6番目の選手として。
名取団体の、1/6として。

新体操は、楽しいです」と彼の姿が叫んでいた。

(↑馬場君のロンバクスワン切り返しは3:17あたりから。新体操フェスタ岐阜「全日本予選の部」より)

いざジャパンへ

今年、彼らはジャパン(全日本新体操選手権)に出場する。最後に部員からのメッセージを。

伊藤海晴(いとう・かいせい)3年 キャプテン
「3年生は受験もあり、練習に参加できないことも多いですが、ジャパンでは、絶対にノーミスで魅了できるような演技をしたいです。」

氏家透也(うじいえ・とうや)3年
コロナが流行ってる中でも大会に出場できるという事は、本多先生や保護者、学校側の協力のおかげなので、それに対しての感謝を忘れず自分たちにできる精一杯の演技をします。そして名取高校を応援してくださっている方々にも感動を届けます!」

馬場翔希(ばば・かずき)3年
「一回、3分間の演技を見ていただければ、面白いな、あっという間だな、と思っていただけると思います。」

星野太希(ほしの・たいき)2年
「今年の演技は去年とは違って静かな曲だったのですが、曲調に合わせた動きにするのに少し時間がかかりました。演技を作り始めた頃は、本当に感染症が流行るとは思っていなかったので、自分達も驚きました。」

櫻田晴己(さくらだ・はるき)2年
「今年は何ヶ月もの練習を飛ばして競技シーズンに入ったので、実施をまとめるのに苦労しました。名取らしさ、表現力を伝えたい。」

遠藤悠斗(えんどう・ゆうと)1年
「入学当初はコロナで学校に行けず不安が多かったのですが、新体操を一緒にやってきた先輩方がいるので、部活は充実していました。」

吉野武琉(よしの・たける)1年
「入学後、最初はただただ時間が過ぎていく感じでした。悠斗と同じクラスなので、二人で支え合い、馴染んでいくことができました。」

3年生達は、新体操は高校までと決めている。彼らの未来がどのようなものであれ、2020年の経験を踏み台として、大きく羽ばたいて行ってくれればと願わずにはいられない。

大会や取材の交通費、その他経費に充てさせていただきます。皆様のお力添えのおかげで少しずつ成長できております。感謝です🙏