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リアルに人と会う意味

昨日は、2つの有意義な打ち合わせがあった。やはり、Webではなくリアルだと思った。あくまでも、コミュニケーションの主役はリアルであり、Webは脇役でなければならない。

リアルとWebのコミュニケーションの違いは、相手の人のそれまでの人生の関わりを如何に深く知ることができるか、それを自らのビジネス&ボランティアに深く反映させることができるかなんだと思う。
すなわち、リアルな人との出会いが「豊かな生き方」をするための肥やしになると言うことだ。

Webミーティングは、ある目的を持って行なうものだ。そのため、Webでは、人間関係はさほど深くはならない。人脈もさほど拡がっていかない。敷かれた線路に沿って走るだけで、脱線をすることはほとんどないからだ。コスパを考えると、それは当然なことではあるが、面白くない。

しかし、私のような「人と人をつなぐビジネス&ボランティア」をしている人間にとって、人とのコミュニケーションで脱線することが、生きていくにあたり「生命線」になっている。「脱線する」ことが人間関係を深くする。そして、「血の通った人間」とのつながりが、いわゆる、ほんまものの「人脈」と言われるものになっていく。

「できる人間」と「できた人間」の違いを考える。
「できる人間」とは、「聡明才弁な人間」のことだが、これは味がない、人情味がない、人間の深みがない人が多い。それは、苦労をしていないからだろう。
人は、順風満帆な人生が続くことを願うが、人生には波があり、順風満帆だけの人生の人は稀であろう。もしそんな人がいたら、その人はあまり魅力的な人ではないのではないか。つまらない人間、いわゆる「味がない人間」なのではないか。

ほんとうの人脈を持っている人間は、「できた人間」であり、スルメのような噛めば噛むほど味が出る人間だ。
その人は「苦を磨き砂」にしている。そして、天真爛漫に苦を楽しんでいる。人生を前向きに生きている。人生を脱線しながらも、それを肥やしにして明るく生きている。NHK朝ドラ「らんまん」の槙野万太郎のような人だ。

人とリアルに会うことによって、相手の人生を垣間見る才能を磨くことができる。
話が脱線するなかで、想定外のビジネスの種やサスティナブルなボランティアのあり方のヒントを掴むことできる。
私は、ビジネス=ボランティアが理想の姿だと思っているが、コロナ禍が収束に向かい、多くのリアルな面会ができることは、ビジネス&ボランティアのヒントをそのなかで掴むことができるようになって、楽しく幸せである。

SGDsの時代だ。ダイバーシティ&インクルージョンが求められている。人材の多様性(=ダイバーシティ)を認め、受け入れて活かす(=インクルージョン)ことだ。

そのためには、全ての人が持っているアンコンシャスバイアス(=無意識の思い込み、偏見)を絶えず意識して、頭を柔軟にして、人の話に素直に耳を傾けることを心がけることだろう。

いろいろな人との出会いを持って、いろいろな「考え方」や「生き方」を聴き、それを認め、そんな考え方や生き方もあるのだと、頭を柔軟にすることだ。
そのような人は「深沈厚重の人」であり、SGDsの時代のリーダーになることができる人だろう。

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

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