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人生二毛作で生きる。

3月から月1回、経堂の楊梅桃李(ようばいとうり)に通っている。西櫻亭副社長の安藤裕美さんの紹介だ。約2時間の全身マッサージだ。
当初は五十肩の改善を目的としていたが、今は私にとって第二生の心身のメンテナンスには不可欠な施術ではないかと思っている。

昨日は、施術前に1カ月の体調について雑談した。

毎週日曜日、たまプラーザの横浜たまプラーザ運動器スポーツクリニックに通って、理学療法士によるリハビリをしている。
このリハビリと楊梅桃李の全身マッサージのおかげだろう。少しずつ五十肩の痛みは和らいできている。
身心一如と言われるが、身体と心は通じているのだ。身体の健康は心も健康にする。

最近は、草花とお香が心を穏やかにするように思い、よく花屋さんに立ち寄るようになったし、百貨店ではお香のコーナーにも自然に足が向く。
そして、事務所のベランダで草花を愛でるようになってきた。読書や思索の時間にお香を炊いている。

争い、諍いは良くない。戦いは人間を幸せにしないと心から思うようになった。ウクライナ危機にも心を痛めている。「たたかう」なら「自分と闘う」ことだ。

そんなことを話す。体調とは無関係ではない。心のありようが身体のありように多大な影響を与えるからだ。

施術前にこのような話をしたこともあってのことだろう。彼女は施術中に、還暦から古稀までの10年間に「人生に対する考え方」はどのように変わっていったのか、私にいろいろ質問してきた。

私は「人生120年と言っても、還暦の時の思いは『人生二期作』だったが、古稀になってみると『人生二毛作』が幸せな人生を生きる生き方ではないのかと思うようになった」と話した。
彼女はその言葉が腹落ちしたのだろう。納得した反応だった。

後半生、青春の心意気を世のため人のためにフルに活かすには、それまでの第一生と真逆の生き方や考え方で生きることだ。
ベースに第一生の経験と人とのつながりを持って。そして、素直な心で、ソクラテスの言う"汝自身を知り"、これからの主役である若者の足らずを補う"年の功"で、彼らに貢献することだ。
そうすれば、凸凹で角張った物体が、理想的な丸い球体になる。

昨日、事務所と青山通りを挟んだヴィル マルシェに出掛けたおり、入り口に並べてあった花束に目が行った。そして、芍薬と百合を買い求め、事務所に飾った。
ちょうど、NHKラジオの「昼の憩い」で、牡丹と芍薬の話が出ていたこともある。

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」を思い出した。

これは美人を形容する言葉だが、もともとは生薬の用い方をたとえたものだそうな。
イライラして気が立っている人には芍薬の根が。ペタンと座ってばかりいる意欲のない人には牡丹の根の皮が。ナヨナヨとして歩く心身症の人には百合の球根が、健康改善には効果があるのだとか。
まさに、健康第一。特に女性は、芍薬・牡丹・百合の花のように美しい健康美人が何よりだ。

私は第一生では、昔の応援団の男臭さで生きてきた。これからの第二生では、今様の応援団の女性軍団をサポートする応援団長を目指したい。
何せ、我が東大応援部の現役部員は7割以上が花の美女軍団で構成されているのだから。

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

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